前回に引き続き、『kufura』では、幼い子どもを育てる家庭の実情を描いた『ワンオペ育児 わかってほしい休めない日常』(毎日新聞出版)の著者である明治大学教授、藤田結子さんにお話をうかがいました。
第1回、第2回とワンオペ育児の背景や男女意識の差についてお届けしてきましたが、今回は、ワンオペ育児のこれからを探っていきます。
「仕事も育児も自分の力でカンペキに両立」のスーパーウーマンはいない
―これまでのお話で、“ワンオペ育児”の背景や、男性のジレンマなどをうかがってきましたが、恵まれた女性を除き、まだまだ女性がしなやかに生きるのは難しいように思います。
藤田結子教授(以下、藤田):「仕事をするなら子どもを持たない」「子どもを持ったら、子育ては実家にまかせて男性と肩を並べて仕事をする」という選択を迫られることもあった男女雇用機会均等法(1985年)世代よりも、「仕事と育児を両立」が当たり前とされる今の30代~40代の方が葛藤は大きいんじゃないかなと思います。
伝統的な価値観、つまりお父さんは一生懸命仕事をして出世して、お母さんは手の込んだお弁当を作って、教育に時間も投資して子どもを育てて……というのは、今の時代ではしんどいと思います。
母親はもっとラクをしてもいいし、男の子にも料理や家事をさせて、分担意識を身に着けていくことは、高いお金を払って小さいころから外国語を習わせるより、ある意味、必要なことではないでしょうか。
メディアには、家庭も仕事も両方うまくいっている女性が取り上げられているから、「自分もできるかもしれない」と思っていた女性が、現実とのギャップに落胆するケースもあるでしょう。
―それはありますね。そして、ダメ押しのように雑誌で、キラキラママを見て「はぁ」ため息をつく……。
藤田:オシャレにして、仕事でも活躍して、子育ても手ぬかりなくという葛藤は確かにありますよね。
でも、意地悪な言い方をすると、カンペキに両立しているように見える人は、実家の母がバックアップしてくれたり、夫が毎日6時に帰宅できる職種だったり、豊かな資産があって人を雇えたりと“何か”がある場合も多いんですよ。
ですから、なかなか夫婦ともに実家が遠くて、共働きで、カンペキにできているという自信がある家庭はレアなのではないでしょうか。
育児と家事の両立意識の高い女子学生、空気を読む男子学生
―藤田教授は、いろんな学生を見ていらっしゃると思いますが、最近の学生はどんな仕事観、家族観を持っていると思いますか?
藤田:共働きの家庭で育った生徒の方が、家事、育児を男女間でシェアすることに前向きという傾向はありますが、「お父さんが家にいなかったから、僕は育児や家事をしたい」という男子生徒もいます。
男子学生に限って言うと、「出世したい」という強い意欲がなく、「みんなで楽しく過ごしたい」という学生、家族を大切にする学生も多いように思います。
10年くらい前と違って、ツイッターやインスタグラムといったSNSで常時つながって、友達や仲間とワイワイやることを楽しんでいますね。
―SNSの普及で、他人のライフスタイルが可視化された点は、大きい変化ですね。
藤田:高校のときからSNSの「いいね!」に慣れ親しみ、“共感ベース”の人間関係で生きているから、空気を読む力がある。そして、やはり若い子には、柔軟性があります。
女子が家庭と育児の両立志向が高いので、それに合わせざるをえないという側面もあるかもしれませんが、社会の風潮に自分たちが合わせていく柔軟性を持っていると思います。
―未来の展望が少しだけ明るくなってきました。ワンオペで苦しんでいる私たち子育て世代とはまた違った苦しみも生まれそうではありますが。
藤田:今の男の子たちは、空気を読む力があるから、育休をとって育児をもっとしていくようになると思うんですよ。
―でも、会社に入ったら、まだまだ古い価値観も残っていて、その空気を読む可能性だってありますよね。
藤田:会社をマネジメントする年配の男性には、「過去の成功体験を若い子たちに押し付けないで」と思います。
古い男女観は現代にも未だ残っている?
―女性学生のキャリアや育児への姿勢というのは、いかがですか?
藤田:女子学生も専業かパート主婦世帯で育った子が多く、お母さんに「あなたは働き続けて、子どもも持ちなさい」と言われるそうです。母親は自分が実現できなかったことを娘にたくすようです。
女性が働き続けられるような会社への就職を目指したり、専門職に就けるスキルを身に着けようとしている子は、「子育ても仕事もしたい」という両立志向は高いです。
ゆるく働いて、子育てして、家族で楽しく過ごしたいという女子学生が多いように思いますし、女子学生もまた、仕事で成功するために、私生活を犠牲にするという考え方はあまりないようです。
とはいえ女子は、「モテなきゃいけない」という思いにとりつかれている子も多いです。
―やっぱり10代~20代でもまだ“モテ”は大切なんですね。
藤田:授業でも、男子が発言するまで女子が発言しないという傾向はあります。他の大学でもそう。すごくやる気のある女の子は自分から発言するけど。
酒井順子さんが『男尊女子』(集英社)という著書を出されましたけど、あの(男性の方が上であると思っている女性の)メンタリティってまだ今の学生にも残っていると思うんですよ。
女子学生には、「自分を偽ってモテても意味がない」と言っているんですけどね。
今の男子って、そこまで自分を偽らなくても好きになってくれると思うんですけど、女子がマジョリティの空気を読んで自分を型にはめている感じはします。
―そこでも空気を読んでしまうんですね。でも、やっぱり伝統的な“男らしさ”と“女らしさ”は、まだまだ学生達にも残っているんですね。
藤田:学校教育や家庭を通して親や周囲から引き継いだ価値観がまた次の世代にと、循環していく傾向がありますね。
女性の活躍で経済を活性化させる“ウーマノミクス”という言葉がよく使われるようになりましたが、今回のお話を聞いて、男性も家庭で活躍し、また家庭や職場で良好な人間関係に安らぎを覚えるための“マンノミクス”も必要なのかもしれないと感じました。
企業の努力はもちろん、家庭内で男性が主体的に動き、女性も「しんどい」と感じたときに誰かに任せられる環境をつくり、「ワンオペ育児」という言葉が流行した2017年を変化の契機としたいものです。
【取材協力】
※ 藤田結子(ふじた ゆいこ)・・・明治大学商学部教授。東京都生まれ。慶応義塾大学文学部卒、米国コロンビア大学院社会学部で修士号を取得後、英国ロンドン大学で博士号を取得。2016年から現職。専門は社会学。日本や海外の文化、メディア、若者、ジェンダー分野のフィールド調査をしている。
撮影(人物)/横田紋子(小学館)