前回に引き続き、『kufura』では、幼い子どもを育てる家庭の実情を描いた『ワンオペ育児 わかってほしい休めない日常』(毎日新聞出版)の著者である明治大学教授、藤田結子さんにお話をうかがいました。
今回は、それぞれに忙しい男女のジレンマについて掘り下げていきます。
女性に「稼ぎ」を期待される男の辛さ、自由に働けない女の辛さ
―家庭内の特定のメンバー(母親の場合が多い)が家事・育児の大半を担う“ワンオペ育児”の原因の1つとして、男性の長時間労働があげられます。「父親も育児を分担した方がいい」と頭ではわかっていても、夫が所属する組織で残業する人が評価されたり、逆にできない人の評価が落とされたりすれば、なかなか働き方を変えることが難しいですよね。
藤田:個人の努力にも限界があるから、会社側も長時間労働した人が評価されるという人事評価を変える必要がありますね。
男性が会社に身を捧げなくてもやっていけるように、妻が仕事を持っておくことは大切ですが、1つ問題があります。
それは、「夫の方により稼いで欲しい」という気持ちが女性の中に少なからずあるということです。
聞き取り調査をしていて、女性側は「(夫婦の)育児分担は50:50がいい」と言うんだけど、稼ぎは夫の方が多くあって欲しいということがよくあります。
―耳が痛いです……。女性の方にも、「男性に稼いでほしい」という期待や価値観がある、ということですよね。でも、女性が努力して得られる対価と、男性が努力して得られる対価ってやっぱり違って、女性に「努力しても限界がある」というあきらめの気持ちもあると思います。
藤田:家庭の中で主に育児を担っている母親は、パートタイマーなどの非正規雇用も多いですし、正社員の場合でも、“マミートラック”といって責任あるおもしろい仕事から遠ざかってしまう女性が多いのも実情です。
女性が育児を誰かに任せられて、「自分も稼いでもいい」という環境にならないと、男女の溝は埋まっていかないと思います。
少子高齢化でこれからどんどん人手不足になり、女性が働かないとどうしても社会がまわらないため、女性を労働力として活用しようというのが2014年に打ち出された“女性活躍”なのですが……。
「自由に働ける」というのは特権
―女性からも悲鳴が聞こえてきそうですが、男性としても、妻に育児の実権も財布のヒモも握られ、長時間労働をして「もっと家事と育児をして!」と言われツラいという声もよく聞かれます。
藤田:労働には、外で働いてお金を稼ぐ有償労働と、お金がもらえない家事、育児、介護、看護などの無償労働がありますが、それらを足すと共働きの女性の方が長く働いているというデータがあります。
無給の労働に時間を多く使わなければならないということは、その分、収入が低くなり、離婚も自由にできなくなる、ということです。
家事、育児を妻に委ねて一生懸命働く男性も大変かもしれないけれど、“賃金”という対価はもらっています。
男女格差ランキングの日本の順位が114位とまた下落していますが、男女間の賃金格差の背景にあるケアワークや無給の家事が評価されていないことが、女性の地位がなかなかあがっていかない1つの要因でもあります。
自由に働ける特権を持っている夫と、仕事と育児・家事の両立に苦しむ妻の「つらい」は、意味が違います。
女性は、自分のやりたい仕事に就く意欲を冷却させ、低い賃金で他の人からなかなかリスペクトを得られにくいハードな仕事をしているケースも多いのです。
―私の周りでは、子どもや夫が外に出ている間に家の近所でパートタイム勤務をして、家事も育児も学校の役員活動も担っている忙しいママは本当に多い。彼女たちは、介護や保育、流通業や小売業など、人手が不足している業界で15時や16時までの時短で働いて、子どもとの時間を優先させています。
藤田:パートタイマーの場合でも、女性が家事、育児を引き受ける前提の働き方だから、女性側の負担は大きいと言えます。
夫のやり方を尊重し「夫をあきらめない」
―『ワンオペ育児 わかってほしい休めない日常』に書かれた専業主婦の妻を持つ50代の上司と、共働きの子育て中の男性の世代間ギャップが印象的でした。男性だけでなく、女性にも「会社の組織では、働けるだけ働き、会社組織での競争に勝つのがいいこと」という価値観はまだ強く残っていると思います。
藤田:現役時代はそうだとしても、大出世して、会社の中で顧問とか、役員として残る場合を除いて、ほとんどの男性は仕事を終えた後、会社人とは別の長い人生が待っています。
思いのほか人生は長く、リタイアしてから何十年も生きる場合だってあります。
そうしたら、会社の中でどれだけうまくふるまうかばかり考えていた男性にとっては、まずい状況がやってきます。
女性の場合は、地域のコミュニティに参加したり、子育てを通じて近所に友達ができたりしていますが、男性は「やめたら何もなくなる」という風になるかもしれない。
これは男女共にですが、もう少し、自分の人生を長いスパンで見つめて、子どもを通じて地域と関わったり、家族との絆を強めたり、生きがいを見つけることも大切にしていかないと、例えば65歳でリタイアしたとして、それからの人生がつらくなる可能性もある。
―30代~40代の男性は、会社からは「がんばれ、がんばれ」と言われて、さらに家庭との両立もあり、若い世代ほど柔軟にもなれず、一番しんどい世代なのかもしれません。だとしても、育児を妻だけで担うのも、すごくしんどい。ワンオペ状態の時には、人の目がないし、子どもについ厳しくしすぎてしまったり……。
藤田:母親1人とだけ密に関わるよりも、“違う大人”と関わるということのメリットを伝えたいですね。
例えば、私の大学の男子学生たちも、男同士でつるんでいるときはすごく元気なのに、就職活動で年上の男の人との面接でうまく話せない。聞いてみると、「父親とほとんど話をしてこなかった」という子が見受けられます。
母親がシングルマザーであっても、専業主婦であっても、働いていても、「母親1人だけで育児をする」のではなく、子どもの頃に様々な大人とコミュニケーションをとらせることで、子どものコミュニケーション能力を高めることができます。
また、夫に家事や育児を任せてみる、一度任せたら夫のやり方を尊重する。そしてとにかく「夫をあきらめない」ということが大切です。
―確かに「夫は大きな長男」など、世の中にはあきらめの言葉があふれていますよね。
藤田:あきらめないで、感情的にならずに言い続けることです。
あとは、必要に応じて家事を手抜きしたり、ママ友や地域の支援サービス、親など、頼れる場合は頼っていった方がいいと思います。大事なのは、“抱え込まない”ことです。
海外をみると、中国やタイでは、もっと親戚同士で育児をシェアしたりしているし、欧米ではシッターに頼ったりしています。ここまで母親が育児を孤独に背負っている国も珍しいのですから。
今回は、1つ屋根の下に暮らす男女がなかなか分かり合えない背景をご紹介しました。
次回も引き続き藤田結子教授にお話をうかがい、「ワンオペ育児とこれから」についてお届けします。
【取材協力】
※ 藤田結子(ふじた ゆいこ)・・・明治大学商学部教授。東京都生まれ。慶応義塾大学文学部卒、米国コロンビア大学院社会学部で修士号を取得後、英国ロンドン大学で博士号を取得。2016年から現職。専門は社会学。日本や海外の文化、メディア、若者、ジェンダー分野のフィールド調査をしている。
撮影/横田紋子(小学館)