2017年、「ワンオペ育児」という言葉はなぜ多くの人の胸に刺さったか?
―家庭内の特定のメンバーが育児、家事の大半を背負う「ワンオペ育児」という言葉は、どのようにして広がっていったのでしょうか?
藤田結子教授(以下、藤田):某牛丼チェーンのブラックな労働を指した「ワンオペ」が社会問題となった2014年。その後、2015年ころからツイッターで「ワンオペ育児」という言葉が少しずつ使われるようになりました。
2016年9月に『毎日新聞経済プレミア』の連載で私がワンオペ育児をテーマに記事を書き、それが『Yahoo!ニュース』に掲載されたのがきっかけで広く知られるようになり、様々なメディアで取り上げられるようになりました。
―これまでも、歯をくいしばって家事、育児の大半を担ってきた女性は多いと思いますが、2017年の日本で「ワンオペ育児」という言葉が「これ、私のことだ!」と多くの人(主に母親たち)の胸に刺さったのは、なぜだと思いますか?
藤田:まずは、“共働き家庭が増えている”ということが大きいと思います。出産を機に1度退職しても、お子さんが小学校に入るころには、就業形態に関わらず、経済的な理由で何らかの仕事に就く母親が多い。
「仕事と育児を両立」という社会的な風潮も広がっていますが、実体としては、社会の仕組みも、会社もその変化に追いついていません。
「イクメン」という言葉も生まれ、「男性も育児をした方がいい」という理想は浸透しているけれど、実態が伴っていないのではないでしょうか。
結果として、仕事、家事、育児の負担が女性にのしかかる場合が多く、「こんなに大変なのに頼れない!」というときに「ワンオペ育児」という言葉を使いたくなってしまうのだと思います。
「専業主婦の全盛時代」に育ったのが今の親世代
―今、子育てをしている世代は、父親が勤めに出て、お母さんが家事・育児を担う家庭で育った人が多いと思います。今の“ワンオペ育児”と、昔の“ワンオペ育児”って何が違うんでしょうか?
藤田:今の30~40代を育てた母親たちが結婚し、子育てをした1960~80年代というのは、日本の歴史の中でもまれに見る“専業主婦全盛時代”でした。
歴史的に見てほんの一時期に急速な経済成長があって、そのときに自営業や農業を営んでいた男性がサラリーマンとして働きに出るようになり、女性が専業主婦として子どもを育てるという役割分担が主流になりました。
そのときは、それでうまく回っていたけれど、今は男性もなかなか賃金があがらないですし、教育費も高騰していますから、よほど男性の収入が高い場合を除き、共働きじゃないとやっていけないという家庭は多い。
それに、経済的な面だけでなくて、仕事に生きがいを求めている女性だっています。
また核家族化が進み、地域のつながりも薄れて、母親は孤独に陥りやすい。だから、社会の状況が全然違うと思います。
「ワンオペ家庭」で育った子どもの将来は…
―「カプセル育児」とか「孤育て」という言葉もありますが、現代の子育ては孤独な面もあるように思います。“お父さんはお勤め、お母さんは家”というのは、昔からあったわけじゃないんですか?
藤田:多くの人がサラリーマン家庭で育っているから、それがずっと続いてきたように錯覚してしまうかもしれませんが、それは違います。
第一次産業(農業、漁業、水産業、林業)が栄えていたころは、男性も女性も家や家のそばで働いていたから、「会社に行く」ということもないし、おじいちゃん、おばあちゃん、大勢の子どもが共存しましたから、母親が1人で育児を抱えて家事もこなすというのは特異な時代といえます。
―地域のつながりが薄れて他の家庭との交流も減ってしまうと、子どもにとって自分の家庭しかモデルがなくなってしまうのではないでしょうか。
藤田:男女の性別役割がはっきりと分かれたワンオペ家庭で育つことで、育児や家事を丸投げする男性を“再生産”してしまうということも考えられます。
実際、「女性に家のことをしてもらえない男性は不幸」と言うおじさん世代は本当に多い。
これからの若い人の人生は、みんなが結婚するわけでないし、いろんな人生があるから、とにかく自分がちゃんと自立できるようにならないといけないと思います。男性も女性も。
これから共働きが当たり前の時代になると、自分である程度、家のことをして自立できるようにならないと、なんでも母親に“やってもらっている”という男性、父親が母親になんでも“やってもらっている”姿を当たり前と感じている男性は、けっこうしんどくなるんじゃないでしょうか。
現代のワンオペ育児の特徴や、社会的な影響についてお届けしました。
次回も引き続き藤田結子教授にお話をうかがい、ワンオペ育児に対する男女の意識差についてお届けします。
【取材協力】
※ 藤田結子(ふじた ゆいこ)・・・明治大学商学部教授。東京都生まれ。慶応義塾大学文学部卒、米国コロンビア大学院社会学部で修士号を取得後、英国ロンドン大学で博士号を取得。2016年から現職。専門は社会学。日本や海外の文化、メディア、若者、ジェンダー分野のフィールド調査をしている。
撮影(人物)/横田紋子(小学館)