クタクタに疲れていても二時間くらいで目が覚めてしまう…
nullめまぐるしい毎日に追われて、体は疲れているけれど、いざベッドに入るとなかなか寝つけない、という人も多いのではないでしょうか。新刊『眠れないあなたに おだやかな心をつくる処方箋』は、そんな人に向けたメッセージが込められた本。松浦さん自身も、『暮しの手帖』編集長に就任した40歳のころに、睡眠障害を経験したといいます。
「特にこれといった理由はないのに、気がついたら眠れない日々が常態化していました。昼間は忙しく働いて、クタクタに疲れて床に就くのだけど、二時間くらいですぐに目が覚めてしまうんです。
今思うと、当時は管理職になって、自分のことを振り返る余裕がないような毎日を送っていました。日中の疲労や緊張が積み重なり、夜になってもなかなかそれが取れなくなっていたのでしょうね」(「」内松浦さん。以下同)
それほどの疲れや緊張状態になるまでに、どのようなプレッシャーがあったのでしょうか。
「年齢とともに、自分以外のことについて考えたり、解決したりしなければいけない問題が山のように増えていきますよね。仕事だけではなくて、生活や家族のこともそう。すると、どんどん自分のことが後回しになってしまう。
自分ひとりのことであれば『もうどうにでもなれ』と問題を放り投げてしまうこともできるけれど、他の人が関わっているとなると、なかなかそうはできません。僕らは社会の一員として、どこかに所属して、さまざまな約束を交わしながら生きているから。
そうやって人のことばかり考えて、自分と向き合う時間が減っていくことは、僕にとっては大きなストレスだったのだと思います」
「習慣」は続かなくてもいい。自分に合わせて「くふう」していく柔らかさを!
nullその後、松浦さんは試行錯誤をしながらライフスタイルを見直すことで、徐々に眠れるようになっていったそう。新著には、松浦さんが取り入れた方法が書かれています。その一つが、自分なりの最適なルーティンをつくること。
ただ、ひとことでルーティンをつくると言っても、なかなか難しく感じる人も多いのではないでしょうか。
“たとえば、毎朝走ろうと意を決して始めるも、すぐに続かなくなり、そんな自分をつい責めてしまう、なんてことがしょっちゅうで……”
と話すと、「僕も、そんなことは山ほどありますよ」と微笑む松浦さん。
「習慣をつくろうとするのは、自分が少しでも心地よい状態でいるため。でも、自分にとって最適な習慣は、すぐに見つかるものではないんです。
たとえば、健康のために朝起きたらストレッチをしよう、と決めたのに、ストレッチをしていたらむしろ肩が痛くなった、なんてことはよくあるじゃないですか(笑)。そのときに『自分で決めたこともできないのか』と自分で自分の頭を打っても、しょうがないです。
それに一度決めたことができなければダメ、というのは思考停止に近いですよね。自分の頭や心が、かちかちに固まった粘土のようになっている。
やってみて、うまくいかなかったとしたら、それは自分には合わないやり方だったのです。じゃあ、どんなやり方なら合うだろう、と他を試してみる。そういう柔らかさがルーティンづくりには必要。暮らしを“くふう”していく、ということですよね」
「そうやって試行錯誤しているうちに、あるとき『このやり方が自分にフィットするな』と感じるものがあれば、続けてみる。合わなくなったら、やめればいい。それでいいんですよ」
SNSで、気軽に人の暮らしを覗ける昨今。つい、素敵な人のルーティンを真似したい、自分も人から素敵だと思われるような暮らしをしたいと思ってしまいがち。でも、松浦さんは「家というのは本来、何をするのも自由な場所。人から素敵だなと思われたいという目的の色々で、自分の生活を埋めていく必要はない」とも話します。
信号待ちのたった数分でもスマホを見てしまう。そこまでして知りたい情報って…
null他人にどう思われるかではなく“自分にとって心地よい状態”をつくるための、試行錯誤=くふうが大切。……と頭ではわかっても、最近はSNSの影響もあってか、多数派の意見に流されてしまいそうな空気を感じたり、世の中の動きを追いかけずにはいられない焦燥感を覚えたりすることもしばしば。
自分の心を騒がせるものとの距離を、どのように取っていけばいいのでしょうか?
「今はスマホを通じて、いろんなことを簡単に知ることができてしまいます。でも『知る』ことと『理解する』ことは、全然ちがうと思うんです。ニュースでも何でも、ちょっと知ったくらいで、たいして自分の頭で考えなくても意見ができる気になってしまう。
でも、そうやって手に入れた情報は、自分にとって何かを“知らせているだけ”のもので、自分の人生にはなんら関係ない。『それを知ってどうするの?』と考えてみると、いろんなことをただ知っているだけでは虚しいと思うでしょう。
『知る』ことだけに自分が依存してはいけない、そういう自分にはなりたくないと僕は思う。
たとえば信号待ちをしている間にも、うっかりスマホを触ってニュースを見てしまうことがあるでしょう。冷静になると、信号の数分も待てずに退屈している自分にぞっとするんですよね。そこまでして得たい情報ってあるのかな。
『知る』ではなくて『理解する』という意識を持っていると、目に入ってくるものが少し変わってくるはず。スマホを少し遠くにおいて、じっとしながらぼんやり何かを考えている自分のことも、大事にしてあげてください」
松浦弥太郎さんへのインタビューは、次回に続きます。後編では、もうすぐ60代をむかえる松浦さんが「この年齢になって思う“ていねい”の意味」についてうかがいます。
取材・文/塚田智恵美
撮影/小林美菜子(特記以外)
松浦 弥太郎(まつうら やたろう)
1965年東京生まれ。エッセイスト、クリエイティブディレクター。(株)おいしい健康・共同CEO。「くらしのきほん」主宰。COW BOOKS 代表。2005年より「暮しの手帖」編集長を務めたのち、2015年にウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。著書に『着るもののきほん 100』『伝わるちから』『いちからはじめる』他多数。