余裕を持って「1カ月、家の中で過ごせる準備」を
null関東から九州の広い範囲で強い揺れが予想される南海トラフ地震と、首都中枢機能への影響も大きいと考えられる首都直下地震。阪神・淡路大震災や東日本大震災とは桁違いの数の人たちが避難所に押し寄せると考えられ、東京都では自宅で居住の継続ができる状況であれば、在宅で避難することが推奨されています。
では在宅で避難生活をするためにはどれくらいの期間を想定して、備蓄をしておけばよいのでしょうか。
災害用の備蓄は「最低3日間、推奨1週間」とよく言われますが、辻さんによると「できれば余裕をもって、1カ月間は家の中で過ごすことのできる準備をしてほしい」とのこと。
「もちろん、その1カ月の間には給水所ができたり、救援物資が届いたりするだろうと思いますが、必要なときに、必要な救援物資が配られるとは限りません。コロナ禍で全世帯にマスクが配布されたときのことを思い出してみてください。地域によって届く時期が異なり、なかなか届かずに不満が続出するエリアもあったはずです。
たった1つのマスクでも、一斉に配布するのは難しいのです。人手もかかります。ましてや地震によって交通網も大きな被害を受けるとなると、救援物資がいつまで経っても届かないことがあると想定し、自分で準備しておくほうが早く、確実です」(以下「」内、辻さん)
水も食料も、防災用を買うよりローリングストックに
null家族に合わせた備蓄量の目安を知るひとつの方法として、東京都防災ホームページ「東京備蓄ナビ」があります。家族の構成や年代、性別、ペットの有無などを入力すると、必要な備蓄品と量の目安をリストで見ることができます。
東京都が提供しているサービスですが、内容は全国で使えるもの。ぜひ一度リストをチェックしてみてください。
ただし辻さんは「何がどれくらい必要なのかはそれぞれ。多くの場合、このリストは最低ラインの量です。これに加えて、それぞれの生活に合った備えを」と語ります。
在宅避難でまず重要なのは水の備蓄。断水してから給水所が設けられるまで10日間と考えると、それまでをしのぐには大人1人あたり1日5L、10日間で50Lは保管しておきたいとのこと。
「一般的に1日に必要な水は3Lと言われますが、髪の長さや衛生観念、介護に使う分など人によって必要な水の量は異なりますし、水は調理にも使用します。余裕をもって準備しておきましょう。
私は自宅のさまざまな場所に、分散してペットボトルを保存しています。一箇所に保存すると、万が一その部屋に入れなくなった場合に取り出せなくなるからです」
災害用の保存水である必要はありません。ミネラルウォーターを買って、使った分だけ買い足す“ローリングストック”がおすすめだそう。
「食料も防災食を備蓄するのではなく、日頃から10日分程度をストックしておき、賞味期限の近いものから食べて、その分を補充していくのが良いです」
「カンパンなどの防災食は、1食くらいなら良いですが、食べ続けるとなると気分も沈みがちになります。食材のバリエーションを広くした備蓄をおすすめします」
子どもと一緒に「災害体験」のイベント化をしよう
null食事や衛生面、睡眠などについて「自分が普段から大事にしていること、これがないとつらいというものについては、手厚く準備しておくといい」と辻さん。
「たとえば食事にこだわりがある人は、味変できるように調味料を多めに。音が気になると眠れない人は耳栓を……など、普段から大切にしている生活を守るための準備を。
防災というと“命さえ助かれば”と思いがちですが、実際はそれから長い避難生活が続くのです。すべて平時と同じように、とはいかなくても、自分が優先したい分野については手厚く備えておき、非日常の中でも心豊かに過ごせるように準備しておきたいものです」
ただし自分や家族にとって、災害時に何を優先したいか、どれくらいのものがあれば十分なのかはなかなかわからないものです。そこで辻さんは「月に1回、被災した状況を想定して一晩過ごしてみてほしい」と話します。
「“電気やガスを使わずに、家の中にあるものだけで夕飯をつくってみよう”“寝室に入れなくなったことを想定して、リビングで寝てみよう”など、イベント化して楽しくやってみるのがおすすめです。途中でリタイヤしてしまってもいいんです。“何を用意しておけばうまくいったのだろう?”と考えるきっかけになりますから」
特に子どものいる家庭では「ぜひ子どもと一緒に備蓄品を見直し、トライアンドエラーを重ねてほしい」と辻さん。
「つい大人にとって必要な備蓄品を用意してしまいがちなのですが、被災するのは子どもも一緒です。大人の視点だけで決めず、子どもにも意見を聞いてあげてください。それに何事も楽しんで取り組む子どもたちには“防災リーダー”になる素質があると私は考えています。あるものだけで工夫しよう、と声をかけたら、子どもから意外なアイデアが出てくるかもしれません。
遊びでも、一度被災を想定した体験をしてみるだけで『我が家に必要な備蓄品』の考え方が変わるはずです」
家にあるもので災害用トイレを作れるように
null備えは大事ですが、同時に「あるもので何とかする」ことも重要と語る辻さん。特に被災時に困るのがトイレの問題だそうです。
「停電や断水が長く続くと、長期間トイレが使えなくなることもあります。緊張でトイレが増える傾向もあり、1日8回と想定すると1カ月分の災害用トイレを備えるのは費用もかさみます。
ビニール袋やゴミ袋の中に吸水できるものを敷けば、災害用トイレを自分で作ることができます。敷くのにおすすめなのはペットシーツです。他にもサイズアウトしたオムツや新聞紙でも」
普段から家に置いてあるものを組み合わせて、何とかする方法を知っておく。すると備蓄品もわざわざ災害用グッズを買うのではなく“いつも使うもの”を少し多めにストックしておけば良い、ということになります。
停電したらどう過ごすか、断水したら……?
災害を想像するのは怖いですが、平時から家族みんなでシミュレーションしておくことがとても大切。まるで“楽しいイベント”のようにして子どもたちとトライし、備蓄品の見直しをしてみてくださいね。
取材・文/塚田智恵美
国際災害レスキューナース、一般社団法人育母塾代表理事。国境なき医師団の活動で上海に赴任し、医療支援を実施。
帰国後、看護師として活動中に阪神・淡路大震災を経験。実家が全壊したのを機に災害医療に目覚め、JMTDR(国際緊急援助隊医療チーム)にて救命救急災害レスキューナースとして活動。
現在はフリーランスのナースとして国内での講演と防災教育をメインに行い、要請があれば被災地で活動を行っている。
「地震・台風時に動けるガイド: 大事な人を護る災害対策」(発行:メディカル・ケア・サービス/発売:Gakken)、「レスキューナースが教えるプチプラ防災」「プチプラで『地震に強い部屋づくり』」(ともに扶桑社)など著書多数。