「チョングッチャンって言いたい」。心の声がレシピ名に
null「みんないい生姜焼き」「これ『筑前煮』っていうのね」……。『楽ありゃ苦もある地味ごはん。』でまず目に飛び込んでくるのは、その秀逸なる料理タイトルです。
「レミさんに最初に食べてもらった私の料理が筑前煮だったんですが、そのとき初めて、実家の母が作っていた煮っころがしには、“筑前煮”という名前があった!と知ったんですよ。さらに、大根を入れるのは珍しいとレミさんが面白がってくれてうれしかったです」(以下「」内、明日香さん)
またレシピに添えられている「ASKA’S COMMENT」という欄には、明日香さんならではの軽妙洒脱な料理名の由来や料理エピソードなどが載っていて、たとえば「チョングッチャンって言いたい」にはこうあります。
【韓国のスープ料理『チョングッチャン』。初めて食べた時、初めて食べたような気がしなくて、驚きました。味噌汁のバリエーションのひとつとして、キムチと納豆を具にすることがよくあるのですが、その味にすごく似ていたのです。厳密には全然違う料理だけど、それを知った日からは、わたしの納豆キムチ汁も『チョングッチャンだよ』と言って出しています。家族は『そうですか』と食べてくれています】
内心では(いつもの納豆キムチ汁だよね、これ)と思いながらも「そうですか」と答える和田家の微笑ましき食卓を想像して、吹き出しそうになりました。このほか「魚のソテー 大親友の彼女の連れソース」などは湘南乃風ファンなら「ナニナニ?」と思わず手が止まるでしょうし、「味噌ラーメンの麺なし」にいたっては、「あー、これ分かる!」とうなずく人も多いはず。
「正確には“チョングッチャンだよ……ママが、言いたいだけだけどね”って言い訳つきですが(笑い)。タイトルはほとんど勢いです。コメントは、前作のときに、どういう料理かを説明するために担当編集者の方に書いたメモが“ここがおもしろいんです!”ということになって掲載決定。今回は、さらにタイトルのフリーダム感が増しているかもしれません(笑)」
定番おかずのレシピは世の中にあふれているけれど…
nullタイトルでニュアンスを、コメントでリアルな実感を。そして材料と作り方はごくシンプルに。明日香さんが続編でしっかり伝えたかったのは、「料理は人を選ばない」ということでした。
「料理が苦手だと思っているみなさんに私ができることは何か。それはやはり、10年前にレタスとキャベツの違いも分からなかった私が、こうして“料理家”として本を出版するまでになった過程を伝えていくことなんですよね」と、明日香さん。
「“ありそうでないもの”を作ろうと思わなかったからできたのが、私の料理です。北海道から沖縄まで、どこのスーパーへ行ってもほぼ買える食材と、使い慣れた調味料をアレンジしやすい比率で。もし失敗してもお直ししやすいレシピです。
とくに生姜焼きやハンバーグなどのいわゆる“定番おかず”って、すでにレシピは世の中にあふれていますけど、レシピ通りに作れば必ず自分が作りたかった味になるかといえば、そうとは限らない。でも、そこからどう味を調整すればいいかも分からない。そんな時に、私のレシピが、自分の味を見つける道しるべになればいいなと思っています」
たとえば、「かけたら美味いやつ」。行きつけのおそば屋さんで必ず2皿頼むトマトサラダで、子どもたちが親の目を盗んでドレッシングだけ食べようとするぐらい、ドレッシングがおいしい。そこで何度か調合を変えてたどり着いたのが“美味いやつ”だとか。
「トマトって、切って塩をかけただけでも充分おいしい。でも、ふとこの本のことを思い出して“今日は、玉ねぎドレッシング作って、カリカリに揚げ焼きしたしらすをジュッとのせちゃおうかな”って、手に取ってもらえる本であってくれたらいいな、と。作ってみて、私がそうして自分の味を見つけてきたように、足し算、引き算しながら、みなさんだけの味に進化させていただけたらうれしいです」
一部食材欠場ながら「師匠の酢豚」を作ってみました!
null“レシピ”と聞くと、つい「同じ材料を揃えなきゃいけない」「レシピ通りに作らないとおいしくならない」と思いがちです。そして、調理に四苦八苦した挙げ句に、出来上がりが想像と違ってガッカリしたり、「もう料理はヤダ!」とストレスになったり。
でも、明日香さんのレシピには“幅の広いのりしろ”があるのです。基本の味つけがやわらかいので、濃くも薄くも調整できるし、作り方も「味噌汁やお吸い物の具をわざわざ買うことはあまりなく、1本だけ残ったちくわとかしなしなの白菜でOK」とか「魚も肉も一斉に照り煮しちゃおう」など、「あとはお任せしましたよー!」的な大らかさを感じます。
「そうか、それでいいのか!」と、『楽ありゃ苦もある地味ごはん。』から、今回は「師匠の酢豚」を作ってみました。豚角切り肉の代わりにしゃぶしゃぶ肉を丸めて使ったレミさんのレシピで、<師匠の大発明、リスペクトを込めてパクらせていただいています。好きな野菜や冷蔵庫の残り野菜を合わせてみんなでパクリましょうね>(『楽ありゃ苦もある地味ごはん。』より)とのこと。
ただ、このレシピの大事なアクセントであろうトマトはうちの娘(16才)がこの世で忌み嫌う野菜。トマトは諦め、野菜庫でしょんぼりしていたにんじんやピーマンなどの端っこ野菜を投入し、お酢とケチャップをちょっとだけ足して仕上げました。これが!もうサイコーにおいしかったのです。まろやかなソースに豚肉と野菜それぞれのうまみが絡み、めくるめくコクを生み出していたのでした。
長男の「どうやって作るの?」にレミさんが感激
null多忙を極める明日香さんですが、基本的に仕事は午後5時まで。午後7時には、家族揃って食卓を囲むことにしているそうです。さぞかし賑やかな食卓かと思いきや—-。
「一昨日の夕食はお好み焼きだったんですね。焼きたてがおいしいから、私はせっせと焼き続けていたんですが、ふと気づくとテーブルがしーんと静まりかえっているんですよ。なにコレ!と思って、“おいしい?”と聞いたら、“うまいよ”と夫がひと言。子どもたちは、ただ黙々と食べているわけです。
ようやく自分の分が焼き上がって、私がお皿を持って自分の席につくと、口々に“今日、学校でね……”と始まる。“おいしい?”って聞けば、“うん、あっさりしていておいしい”“口に入ると、ちくわの味がしておいしい”って、ちゃんと感想を聞かせてくれる。そうかぁ、彼らにとっては、私に感想をフィードバックすることも大切な連絡事項なのかも…….とうれしく思いました」
レミさんも、よく晩ごはんを食べに来宅するそうです。ときには、料理もお任せするときもあるとか。
「この間、レミさんが作ってくれた『しいたけのポタージュ』を食べた長男が“これ、どうやって作るの?”と聞くので、“たーたん(レミさん)に直接聞いてごらん”と。そうしたらレミさん、“そんなこと聞いてくれるなんてうれしい!おいしいって言われるよりうれしい!”と、もう泣き出さんばかりに喜んでいました。
その気持ち、すごーくよく分かります。自分の作った料理を食べて、それがあまりにおいしくて、孫がどう作ったらこんなにおいしくなるのかと質問してくれた。将来、自分で作ってくれるようになったら、もうこんなにうれしいことはないですよね」
和田家の優れた味覚と愉快痛快な料理センスは、次世代へと着実に受け継がれつつあるようです。
撮影(人物)/小松士郎 写真(料理)/『楽ありゃ苦もある地味ごはん。』より
『楽ありゃ苦もある地味ごはん。』
発売日:2023年3月3日(金)
1496円(税込)/ 主婦の友社
2021年に発売された『10年かかって地味ごはん。』の続編。「今回は、私が伝えたいことをしっかり強化して掲載しています」(明日香さん)。「明日香風の定番料理」「35分で晩ごはん」「今日も主役は名もなきおかず」「広がれ!地味ごはんの輪」の4部構成で、料理ごとのタイトルやコメントがさらにパワーアップ!
フリー記者/編集者。これまで『女性セブン』(小学館)はじめ、