娘とのプリキュアごっこが研究に!? 「音声学者とーちゃん」川原繁人先生
null大学で教えながら、研究者として本を執筆し、さらにTVやラジオにも多数出演している川原繁人先生。そして、現在8歳と4歳、2人の女の子を育てるパパでもあります。
川原先生(以下、敬称略)「2019年春のある日、娘たちと『フレッシュプリキュア!』(2009年のアニメ)の登場人物になりきって遊んでいたんです。
そこで気づいたのが、4人の主人公の名前の言語学的な共通点。『ベリー』『パッション』『ピーチ』『パイン』……どれも、両唇を使って発音する音で始まるんです。調べてみたところ、他のプリキュアにも両唇を使う音が多いことがわかりました。
本当のところはプリキュアを制作している人に聞くしかありませんが、私はその理由として“可愛いから”、そして“子どもたちが発音しやすいから”の2つがあると思っています。
もっと言えば、これは“赤ちゃんの音”なんです。6カ月あたりから赤ちゃんが発する“喃語”(なんご)に多く含まれるのが、両唇を使う音。そのため、これらの音を聞くと、“可愛い!”という印象を受けるのではないでしょうか。実際に、これらの音を“可愛らしい”と感じる、という実験結果もあるんです。
現在放送されている『ひろがるスカイ!プリキュア』も、下の娘が好きで見ていますが、『スカイ』『プリズム』『ウィング』『バタフライ』『マジェスティ』……『プ』『ウィ』『バ』『マ』と、実に5分の4が両唇で発音する音です」
「その他にも、ポケモンやアンパンマン、そして子どもの“言い間違い”……。子育てをしながら、たくさんの言語学的な発見があり、気づいたらそれが1冊の本になっていました。
私は教育の専門家ではないですし、日々、つい子どもたちの言動にイライラしたりもしてしまうので、“素晴らしい子育てをしています”とはとても言えません。
でも1人の親として、大変な子育てのなかに“こんな発見もある!”と気づけたら、ちょっとだけ子育ての大変さが軽減されるんじゃないかって感じるんです」
代表的な7種に分類!この「言い間違い」はどのタイプ?
null今回『kufura』では、子どものいる男女272人に「記憶に残っているお子さんの言い間違い」を聞いてみました。すると、楽しい回答やエピソードがたくさん! 川原先生にそれぞれを分類&解説していただきました。お子さんがいる方は、ぜひこれを見ながら、我が子の言い間違いを研究してみてくださいね。
(※この記事では、言語学で通常用いられる「音声記号」は使用せず、代表的な分類のみを、簡易的な方法でご紹介しています。より詳しい解説は、川原先生の著書『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』でお読みいただけます)
1:「子音」だけがひっくり返ったケース
null「『てれび』→『てべり』と言い間違えていた」(39 歳男性/技術職/お子さん・5歳)
「『へりこぷたー』→『へりぽくたー』。間違えたというより、そう口が動くようだった」(57歳男性/総務・人事・事務/お子さん・3~4歳)
「『こっぷ』→『ぽっく』。長女が幼稚園児のころ、よく言っていました」(54歳男性/会社経営・役員/お子さん・4歳)
(※お子さんの年齢は当時のもの)
川原「これらはどれも、“子音”(しいん)の位置が入れ替わったもの。今回のアンケートでも、多く見られたケースの1つです。五十音表でいう『か行』=『かきくけこ』なら、『k』の音が“子音”で、『a i u e o』の音が“母音”(ぼいん)。ここでは、そのうちの『k』にあたる“子音”だけが入れ替わっています。
例えば『てれび』→『てべり』なら、『れ』(ら行+e)→『べ』(ば行+e)になり、『び』(ば行+i)→『り』(ら行+i)になっています。『ば行』と『ら行』が逆転していますね。
こんな風に、子どもたちの言い間違いには、デタラメに見えて、ちゃんと法則があるんです! この言い間違いをした子に私が言いたいのは
子音と母音を区別して捉えられているなんて、すごい!
ということ。“日本語は子音と母音に分かれているんだな”と、無意識に感じ取っている証拠なんです。音に対しての解像度がとっても高いんですね。
“言い間違い”はほとんどの場合、成長とともにいつか直るものなので、単なる“間違い”としてすぐに訂正してしまうのはもったいない! 我が子が試行錯誤しながら言葉を習得していく過程を、ぜひじっくり味わいながら楽しんでいただきたいです」
2:「母音」だけがひっくり返ったケース
null「『つまみぐい』→『つまむぎい』と言っていて可愛かった。8歳の今も、たまにわざと言っている」(41歳女性/主婦/お子さん・2~4歳ごろ)
川原「ここでは先ほどと反対に、“母音”だけが入れ替わっていますね。
『つまみぐい』『つまむぎい』と、全体の音のリズムはそのままですが、『み』(ま行+i)が『む』(ま行+u)に、『ぐ』(が行+u)は『ぎ』(が行+i)に、それぞれ変わっています。
こういった“母音の入れ替わり”は、実は“子音の入れ替わり”と比べて珍しいんです。この子には
とっても貴重なデータをありがとう。母音もひっくり返ることができるんだね!
とお礼を言いたいですね。
母音は我々の発音の土台になる重要なもの。一例として、「あ」「い」など母音だけの“拍”(音のかたまり)はあっても、子音だけの拍は「ん」だけ。しかも「ん」は基本的に、前の拍にくっついた形でしか存在できません。
もしかしたら子どもたちにとっても、母音は子音よりも安定しているため、入れ替わりづらいのかもしれませんね。『いるか』→『うりか』、『なおった』→『のあった』など、我が子の“母音の入れ替わり”を見つけたあなたは、とってもラッキーです!」
3:「子音+母音」がセットでひっくり返ったケース
null「『てれび』→『てびれ』。子どもがまだ幼稚園くらいの時に言ったのが面白くて可愛かった。すぐに正しい言い方に戻ってしまったので寂しかった」(43歳女性/主婦/お子さん・3~4歳)
「『ぶろっこりー』→『ぶっころり』。幼稚園のころに言っていた。子どもが高校生になった今でも、親の自分がたまに『ぶっころり』と言ってみる」(51歳女性/主婦/お子さん・5歳)
川原「この『てれび』→『てびれ』は、先ほどの『てれび』→『てべり』とは、似ているけどちょっと違う。“子音+母音”がセットでひっくり返っています。
『ぶろっこりー』→『ぶっころり』では、『ろ』『こ』が入れ替わっているのに加え、『っ』も『こ』と一緒に前の方に出てきていますね。どちらも
日本語では子音+母音が1つの固まりだ、ってわかってきたんだね。
と褒めてあげたい!
ちなみに、こういった入れ替わりは、実は大人でもよく見られるんです。例えば『ふんいき』→『ふいんき』といった言い間違いがそれにあたります。実際に、耳にした経験がある人も多いのではないでしょうか?
他にも『さざんか』は、漢字では『山茶花』と書きますが、そのまま読むと『さんざか』ですよね。……そう、これはもともと『さんざか』が正しくて、『さざんか』という言い間違いが定着して今に至ると言われているんです。
なので、うまく言えずに悩んでいる子がもしいたら、“大人でもよくあることだから、気にしなくてOKだよ!”と伝えてあげてください。
4:「母音」が同じもの同士でひっくり返ったケース
null「『かたつむり』→『かたむつり』と言い間違えていた」(37歳男性/研究・開発/お子さん・3歳)」
「高島屋の読み方を『たかしまや』→『たかしやま』とずっと言っていました」(55歳女性/主婦/お子さん・3歳ごろ)
「『えらばせて』→『えばらせて』。意味が変わってしまっている」(33歳女性/主婦/お子さん・2歳)
川原「こちらは、入れ替わっている文字同士の母音が同じ、というケース。一見すると前述の【3】(『てれび』→『てびれ』)と同じに見えますが、もしかしたら【1】(『てれび』→『てべり』)のように、子音だけが入れ替わっているのかも……?
子音だけひっくり返ったのか、母音と一緒にひっくり返ったのか、ミステリアス
なのが面白い言い間違いなんです。
母音が同じもの同士だと、互いに影響を与えやすい傾向があるようで、【3】と比べても、より多く見られる言い間違いです。
そういえば『となりのトトロ』の登場人物・メイちゃん(4歳)も、『とうもろこし』→『とうもころし』、『おたまじゃくし』→『おじゃまたくし』と言っていましたね!」
5:前後の音に影響され「同化」したケース / 6:難しい発音を「置き換え」たケース
null「『ふらみんご』→『ふらりんご』。そういうキャラクターがいそうで笑ってしまう」(34歳女性/主婦/お子さん・4歳)
「息子が西松屋のことを『にしまつや』→『にしまつま』と言ってて、聞くたびに笑ってました」(43歳女性/主婦/お子さん・8歳)
川原「ここまでは子音や母音の位置が入れ替わったケースだったのですが、今回はちょっと違いますよね。これは“同化”という現象で、前後の影響を受けて子音や母音が変化するというもの。
『ふらみんご』→『ふらりんご』だと、『み』(ま行+i)がすぐ前にある『ら』(ら行+a)に影響されて、『り』(ら行+i)に変化したのです。
同じく一部だけ音が変わるものとして、
「うちの子は『おさんぽ』→『おたんぽ』と言っている」(32歳女性/その他/お子さん・2歳)
という例が寄せられていましたが、こちらは“同化”とは別。
『さ』のsの音は“摩擦音”と呼ばれ、舌と上顎の間を、摩擦が生まれるくらいギリギリまで狭めて発音する“発音しづらい音”なんです。それが難しくて、発音しやすい『た』に置き換えたんですね。
『さ行』の発音って、とっても難しいよね……!
と、頑張る姿を優しく見守ってあげてください。
その他にも“置き換え”にはさまざまなケースがあり、例えば『あいす』→『あいしゅ』などがあげられます。こちらは“硬口蓋化”(こうこうがいか)と呼ばれ、世界各地の言語でよく観察される現象です。
ちなみに、そもそも小さい子は母乳を飲みながら呼吸できる必要があるため、口の中が大人とは違う形なんです。同じ音が出せなくてあたりまえなんですよ」
7:言葉が「省略」されて短くなったケース
null「『しーとべると』→『しーべると』という言い間違いが、なんだか記憶に残っている」(41歳女性/その他/お子さん・3~5歳ごろ)
「『おやすみなさい』→『しゅみさい』と言っていた」(25歳女性/その他/お子さん・2歳)
川原「言葉が省略されて、縮んでいます。
大人が『パーソナルコンピューター』を『パソコン』と言うのと同じ!
と言ってもいいかもしれません。
言い間違いは、複数の現象が同時に起こることもよくあって、『おやすみなさい』→『しゅみさい』は
『おやすみなさい』→省略→『すみさい』→置き換え→『しゅみさい』
という複合技ですね。
いかがですか? だんだんと、言い間違いのパターンが見えてきたのではないでしょうか」
「その他」のいろんな言い間違い
null最後に、【1】~【7】に当てはまらないケースをご紹介!
A:「『すりっぱ』→『くすりっぱ』。『くすりっぱ』が言える時点で『すりっぱ』は言えてるはずなんですが、どうしても『くすりっぱ』になってしまってました。私:す!→娘:す!→私:り!→娘:り!→私:っぱ!→娘:っぱ!→私:すりっぱ!→娘:くすりっぱ!……謎に面白かったです」(46歳女性/主婦/お子さん・3歳)
川原「このエピソードのように、“省略”とは逆で、何かが足されるケースも見られます。
彼女にとって『すりっぱ』は、どうしても『くすりっぱ』だったんですね。
これもいつか直るので、無理に直そうとする必要はありません」
B:「『かにさされた』→『かににさされた』。蚊に刺された、のはずが蟹に刺されたと言っている」(44歳男性/総務・人事・事務/お子さん・10歳)
川原「これもとっても興味深い“言い間違い”です!
日本語では通常、単語は『はち』(蜂)、『かに』(蟹)のように2拍以上で構成されています(※1拍=ひらがな1文字に相当する音のかたまり)。『み』(実)、『き』(木)、そして『か』(蚊)などは数少ない例外です。
その証拠に、『蜂に刺された』→『はちさされた』というように、助詞『に』を省略して言おうと思うと、『蚊に刺された』→『かーさされた』と、1拍ではなく2拍になりますよね。本来なら『かさされた』となるはずが、それでは収まりが悪いのです。
おそらくこの子は、日本語の単語は“2拍以上”、という法則に気づいている
ので、無意識に『かにさされた』→『蟹(に)さされた』の省略形だと認識したのではないでしょうか? 大人にはデタラメに見えても、間違いなくこの子は、日本語の本質に迫っていると言えますね!」
C:「数字を数えているときに『いっこ、にこ、さんこ、しっこ!』と『よんこ』→『しっこ』になっていた。最初はふざけていると勘違いして、思わず“こりゃ!”と怒ってしまったのですが、本人は真面目にやっていたようで申し訳なかったです」(40歳女性/その他/お子さん・3歳)
川原「なんと論理的な娘さん!
いち、に、さん、し……なんだから、いっこ、にこ、さんこ、『しっこ』に決まってますよね。
大人はつい“汚い単語”と思って怒ってしまいそうになりますが、これも、子どもたち自身にはちゃんと本人なりの理屈がある、といういい例だと思います。ちなみに私の娘も、ひとり、ふたり、さんにん、『しにん』と言っていました(笑)」
どんな言い間違いもポジティブに捉えながら、子どもたちが持っている感覚や可能性を肯定する川原先生の姿勢が素敵! なんだか、日々の子育てに新たな楽しみが生まれそうです。
次回は“英語教育”から“ポケモンの名前”まで、さまざまな言葉のギモンを川原先生にぶつけていきます。そちらもぜひお楽しみに!
【教えてくれた人】
川原繁人(かわはらしげと)
慶應義塾大学 言語文化研究所教授。2007年にマサチューセッツ大学で博士号(言語学)を取得し、ジョージア大学・ラトガーズ大学にて教鞭をとったのち、現職。専門は音声学で、義塾賞(2022)、日本音声学会学術研究奨励賞(2016、2023)などを受賞。
現在は慶應義塾大学や国際基督教大学などで教えながら、「ポケモン×言語学」「メイド喫茶×言語学」などの斬新なテーマで研究・発信を続け、言語学の裾野を大きく広げている。書籍のほか、TV・ラジオへの出演も多数。最新の著作は、日本語ラップをテーマにした『言語学的ラップの世界』(2023年11月20日発売・税込み1,870円・東京書籍)。
【子どもの言い間違いをもっと楽しみたい!と感じた人へのイチオシはこの本】
『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む 〜プリチュワからカピチュウ、おっけーぐるぐるまで〜』川原繁人・著(税込み1,925円・朝日出版社)
パパが全力で「キュアベリー」(プリキュアシリーズのキャラクター)を演じていたら、言語学の本ができちゃった!? 子育て真っ最中の音声学者が解き明かす、最も身近で不思議な音とことばの世界。
「人はどうやって声を出しているの?」「赤ちゃんはどうやって言葉を身につけるの?」かつて子どもだった人、子どもにかかわる人なら誰もが楽しめる、言語に関する素朴なナゾが解ける一冊。
【言語学を学びたい!と思った人にはコレ。楽しくてわかりやすい、音声学の入門書】
『「あ」は「い」より大きい!? ~音象徴で学ぶ音声学入門~』川原繁人・著(税込み1,980円・ひつじ書房)
「ワマナ」さんと「サタカ」さんは、どちらが優しく、どちらが気が強くサバサバしていると感じますか? 聞いたことの無い名前からでもその印象を感じる……それはどうして?
「メイド喫茶のメイドさん」「ポケモン」「ピコ太郎」などの身近な題材を例にしながら、言葉の音と意味を考えます。
音楽&絵本&甘いものが大好きな、一児の父。文具や猫もとても好き。子育てをするなかで、新しいコトやモノに出会えるのが最近の楽しみ。少女まんがや幼児雑誌の編集を経て、2022年秋から『kufura』に。3歳の息子は、シルバニアファミリーとプラレールを溺愛中。