生き物の採集・飼育に没頭した少年時代。親はどこまで許してくれた?
null―吉川さんは、現在国立科学博物館で両生類・爬虫類の研究や企画展の監修などをされています。今日は、現在の職に就くまでの歩みをうかがっていきたいと思います。小さい頃から生き物が好きだったんですか?
吉川夏彦さん(以下、吉川さん):幼稚園の頃にはすでに生き物が大好きで、園庭でカナヘビ(トカゲの一種)を捕まえる方法を追究していました。小学生の頃は、いろんな生物を家に持ち帰って飼育していました。毒を持っていないヘビを捕まえて家に持ち帰って「飼いたい」とねだったこともあります。
―ヘビは怖くなかったんですか?
吉川さん:“怖い”より“好き”の気持ちが勝って体が動いてしまって、あんまり深く考えていなかったんだと思います。
―ご家族のリアクションはいかがでしたか? ヘビ飼育の許可は出たのでしょうか。
吉川さん:「元の場所へ逃がしてきなさい」と叱られました。親はほとんどの生き物を飼うことを許してくれましたが、ヘビを飼うことだけは絶対に許してくれませんでした。それでも「そんなものには触るな」とは言わずに「生き物が好きなんだね」と理解を示してくれていたと思います。
その後もあきらめずに、ヘビ飼育の交渉を続けましたが、最後まで許可は出ませんでした。「ダメなものはダメ!」という一線ははっきりしていました。家族で私以外全員そういう生き物は好きではなかったので……。
―ものすご~くヘビを飼いたかった気持ちが伝わってきました(笑) ご家族は「ここまではOK。ここからはダメ」という一線を守りつつ、“好き”に体が突き動かされる吉川さんを見守ってくれていたんですね。
博物館との「縁」がきっかけで、世界がどんどん広がって…
null―吉川さんは子どもの頃、両生類や爬虫類の情報にはどうやってアクセスしていたのでしょうか?
吉川さん:当時はインターネットが普及していませんでしたし、本屋に置いてある図鑑の種類は多くないので、小学生のときには限られた文献を大切に繰り返し読んでいました。
そんな折、徒歩圏内の博物館で爬虫類・両生類の企画展が開かれました。ものすごく充実した展示内容で、とにかく通い詰めました。小学生の入館料は無料でしたし。その企画展の冊子もおもしろくて、暗記するほど読み返しました。
それから何年も経った高校入学後、所属していた生物部の先生が「両生類に詳しい人がいるから紹介するよ」と言ってくれました。そこで紹介されたのが、小学生のときに通い詰めた博物館の企画展の学芸員の方だったのです。以後、この学芸員さんに弟子入りして博物館に通い、野外調査にも同行するようになりました。
―高校の先生が紹介してくれて、吉川さんがそこに飛び込んで行ったら、大好きだった企画展の担当者だったとは、なんてうれしい偶然!
吉川さん:その学芸員さんは、夜間のアオガエルの産卵の調査にも連れて行ってくれたりしましたね。今思えば、よその家の高校生を連れていくのは気を使っただろうな、と思います。
―素敵な縁と吉川さんの“好き”の融合で、新しい扉が開いていったんですね。子どもの成長とともに、家庭外の環境から得られる刺激ってどんどん増えていくんだな、と思いました。
進路決定の際に重視したことは?
null―高校時代には目の前の“やりたいこと”に打ち込みながらも、“進路”を真剣に考える時期がくると思います。進路を選ぶときには、将来のことを意識していましたか?
吉川さん:小学生のころの「生き物にかかわることをしたい」という漠然とした夢が、高校のときにはより具体的に「両生類・爬虫類の研究をしたい」という夢になっていました。
当時の学校の進路指導ではどうしても「何を学びたいか」より「どの大学に行くか」の話に傾きがちでしたが、博物館の学芸員さんは、「どの場所なら学びたいことを学べるか」という視点で両生類・爬虫類の研究ができる数少ない大学と学部について相談にのってくれました。
両生類の研究で有名な先生がいるいくつかの大学の中から、最終的に広島大学を受験し、無事、進学が決まりました。
―1人の学生の進路の相談まで乗ってくれるなんて、人生の師匠みたいな方ですね。
吉川さん:本人は“師匠”と呼ばれるのを嫌がりますけどね。今でも交流が続いていますよ。
両生類の研究に打ち込んだ学生時代から、現在の職に就くまで
null―大学進学後、現在の職に就くまでにはどんな研究や経験をされたのでしょうか?
吉川さん:進学先の広島大学は郊外にあったので自然豊かで、地元の栃木にはいなかったいろいろな爬虫類・両生類が観察できました。
広島はサンショウウオの種類も多いのですが、地元とは全然種類が違いました。その中でハコネサンショウウオという種類だけは地元と共通していたのですが、背中の模様が違ったりしていて興味を惹かれ、次第にサンショウウオにのめりこんでいきました。
「もっとサンショウウオの研究を深めたい」と思い、大学院から京都大学大学院に進学しました。博士課程まで修了した後は、ポストドクター(博士学位を持つ任期付きの研究員)として研究を続け、研究者として独立する機会を“待つ”ことを選択しました。
その後、国立科学博物館の研究職と巡り会うことができましたが、運とタイミングによって叶った部分もあると思います。
大学院の友人たちのなかには企業に就職する人や、研究をあきらめて別の道に進む人もいて、私のように“待つ”ことが正解と断言することはできません。進路を狭めすぎると身動きが取れなくなる可能性もあるので、もっと選択肢があるといいな、と個人的には思います。
「両生類の研究を仕事に」の夢をかなえた現在
null―現在は研究職をされていますが、具体的にはどんな仕事をしていますか?
吉川さん:国立科学博物館の研究員として国内外で調査・研究をしています。研究の成果を発表する論文を執筆したり、博物館でおこなう企画展示の監修などを行っています。
―「生き物に関わる仕事をしたい」という小さい頃の夢がかなった今の日常、ズバリ楽しいですか?
吉川さん:今、毎日が本当に楽しいです。
特に、フィールドで生き物を見ているときは、子どもの頃のようにワクワクしています。採集をした生き物のDNAを調べるとき、思ったような結果が出るとうれしくて、予想外の結果が出てもうれしいのです。今、集中して取り組んでいるテーマも胸が躍ることばかりで、こうしている今すぐにでもフィールドに出たい気持ちです。
企画展や講演などの機会も多いのですが、そういった場で両生類や爬虫類に興味を持ってもらえたり、好意的な反応をもらえるととてもやりがいを感じます。
―なんだか目がキラキラしていて、子どもの頃の吉川少年が見えたような気がしました。最後に「何かをすごく好き!」という子と、そんな子どもが周囲にいる大人に向けてメッセージをお願いします。
吉川さん:もし、何かをものすごく好きな子が近くにいたら、周囲の大人はその子が好きなものを全否定はしないでほしいな、と思います。
私は子どもの頃から両生類と爬虫類が大好きでしたが、「気持ち悪いものが好きなんだね」と言われると、無性に悲しい気持ちになったのを覚えています。悪気がないのはわかっていましたが、自分が大好きなものを“気持ち悪いもの”などとひとくくりにされることが悲しかったのだと思います。
そして今、すごく好きなこと・ものがあるお子さんに言いたいのは「好きなものがあるのは、すごく幸せ」ということです。「それを見るとワクワクする」というものが1つでもあると、人生の彩りは豊かになります。これからも大切にしていってください。
【取材後記】
吉川さんは、小学生の頃に足繁く通った企画展の冊子を今も大切に保管しています。高校時代は、その企画展を監修した学芸員さんに大きな影響を受けたと振り返っています。筆者の12歳の次男(生き物が大好き。今のお気に入りはゴキブリの赤ちゃん)は以前、吉川さんが監修に携わった企画展『大地のハンター展』で大興奮し、『毒展』の公式本を学校の読書週間に持参するほど愛読しています。
こうやって誰かの“好き”が、別の誰かに伝播していくんだなぁ……と、今回のお話を聞いていたら、ちょっと胸が熱くなりました。
【取材協力】
吉川夏彦
国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ 研究員。
サンショウウオやカエルなどの両生類を主な対象として、種の分類や種内の地域変異の解明、その成り立ちについて研究を進めている。サンショウウオ類の生態調査や保全に関する研究にも取り組む。
最近は水田のカエルの研究のため全国の田んぼを歩き回っている。
2022年にはハコネサンショウウオ属というグループの新種で日本固有種の「ホムラハコネサンショウウオ」を発見。
『国立科学博物館』ホームページ:https://www.kahaku.go.jp/index.php