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「この一冊」が、悩む私の背中を押してくれました【わたしの美しい戦場】

自分ではどうしようもない問題に巻き込まれたとき、私はいつも「本」に救われてきました。そんな「味方になってくれる本」がまた一冊増えたのでご紹介します。

「やり直すならいまだ。」

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仕事や友人・人間関係、家族の色々……。自分ではどうにもならない大きな問題、状況に巻き込まれること、ありますよね。そんなやり場のない気持ちを抱えたとき、私はこれまで「本」に手を伸ばしてきたように思います。

大学を卒業後、新卒で入った会社の3年目。転職を迷っていた時期に背中を押してくれたのは、向田邦子さん作『夜中の薔薇』に収録されている「手袋を探す」というエッセイ。

私は何をしたいのか。 私は何に向いているのか。 なにをどうしたらいいのか、どうしたらさしあたって不満は消えるのか、それさえもはっきりしないままに、ただ漠然と、今のままではいやだ、何かしっくりしない、と身に過ぎる見果てぬ夢と、爪先き立ちしてもなお手のどとかない現実に腹を立てていたのです。 「手袋をさがす」(『夜中の薔薇』向田邦子/著 より)
これは本気で反省しなくてはならない。 やり直すならいまだ。 今晩、この瞬間だ。 「手袋をさがす」(『夜中の薔薇』向田邦子/著 より)

「やり直すならいまだ。」
この一節に背中を押され、辞表を書いて会社を辞め、縁あって今の会社に辿りつきました。この本のこのエッセイを心に、転職生活を乗り切ったことを今も覚えています。

40代、仕事の大きな渦と家族の大病、両方に同時に巻き込まれたとき、友に相談する気力もなかった時期に頼ったのも、また本でした。沢村貞子さんの『私の献立日記』と高峰秀子さんの『台所のオーケストラ』。

どちらも、家族の毎日の献立を軸にした「ごはん日記」のような内容で、その日課の端々に「地に足をつけて、毎日をきちんと暮らしていくのだ」という、シンプルで清潔な著者の生き方の“芯”が感じられるのです。

食事や睡眠もグチャグチャになりがちだった当時の私に、「何があっても、毎日のごはんはきちんと食べること」と語りかけてくれる、お守りのような存在だったのかもしれません。

「私はいつだって自分を保てる。」

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そして最近、勇気をもらったのが『わたしの美しい戦場』(寿木けい/著)。またもや仕事で大きな波の中にある今、この本に出会ったのはなんとも不思議なタイミング。

著者の寿木(すずき)けいさんは、東京で編集者として働きながら執筆活動をスタート。山梨県に購入した築130年の古民家をリノベーションして移住、2023年に「遠矢山房」という宿をオープンしました。オーナーシェフとして、薪割りからお客様に出す食事づくりまで、すべてを手がけています(宿のインスタグラムで、その様子を覗けます)。

この本は、宿の開業準備からオープンして1年間ほどの、「遠矢山房」をめぐるできごとを綴った、暮らしのエッセイ集。

(序文にあるのですが)古民家を購入したあと、宿を開業する前に寿木さんは離婚されています。その大きな変化の中で、タケノコを堀ったり柿を干したりと季節の手仕事をし、近所の人々や宿のお客様と触れ合い、二人の子育てをする日々の様子が、なんとも美しい日本語で書かれています。

離婚してからしばらくは、こうした家族の輪に入ることを避けていた。 夫婦を継続している人たちの間にいると、失敗したのは自分だけのような気がした。「うちもとっくに家庭内別居だよ」といった相づちも、「自立していてえらいよ、私には無理だな」といった類の言葉も、素直に受け取れなかった。そんなこと言ったって、つまりは別れてないじゃないか。
 でもそれは未熟な反応で、たとえあるカップルが幸せなように見えても、不幸せそうに見えても、それで私の幸せが半分に目減りしたり、逆に増えることはない。私はいつだって私を保てる。大切なのはその場を楽しむこと。楽しい人でいられるように心がけることだ。しかしこう思えるようになるまでには時間が必要だった。 (『わたしの美しい戦場』寿木けい/著 より)

「私はいつだって私を保てる。」
ーーー中でもこの一節が、ズン、と刺さりました。
うん、そう、そうだった!周りがどうであろうとも、私は私として立っていればよいのだ。

周囲で起こる、ままならない色々にくじけそうになる自分を奮い立たせてくれるのは、本の中に見つけるこういう一節。その時の自分にぴったりな「ことば」に巡り会えるのが、読書の大きな愉しみです。

1月、2月……と、月ごとに章になっているエピソードを読んでいると、遠くに戦友を得たような気持ちにも。みんな、自分の人生をなんとか乗りこなしながら過ごしているんですよね、と改めて。

もちろん「オーナーシェフ」である寿木さんの本だけに、それぞれの章には、その月のお客様に振る舞った「献立」が載っていて、旬の野菜や果物をこんな風に?という、驚きのある組み合わせが並びます。

たとえば1月の章にある「大寒を味わう献立」の一部を紹介すると……
・ぶりの生ハム風
・春菊とパルミジャーノの蕎麦
・いちごの抹茶糖
どれも、その味や盛り付けを想像するだけで、とても楽しい。

「私がいいと思ったものを人と分け合いたい……」と語る寿木さんの毎日を、一章ずつ、何度もゆっくりと味わいたい一冊です。


 

『わたしの美しい戦場』(寿木けい/著 新潮社 税別 1,800円)

知らない土地に築130年の古民家を購入、リノベーションをして宿に。オーナーシェフとして、各地から訪れる人をもてなすようになった著者。

春はふきのとうを摘み、竹の子を掘る。夏は草を刈って桃をかじる。秋は柿を干して鹿肉を焼き、冬は薪を割って柚子を蒸す……二人の子どもを育てながら、季節の手仕事を愉しみ、お客様との時間を大切に整える、12か月の味わい深い物語。

書籍の公式サイトはこちらから(一部試し読みも可能です)。

編集長・佐藤明美
編集長・佐藤明美

趣味は料理、スポーツ観戦と旅に出ること。食いしん坊。『Oggi』や『美的』で美容やファッション担当として20年ほど女性誌を編集、2018年からkufura編集長に。2021年4月〜2022年10月にはラジオJ-WAVEで毎朝の生番組のナビゲーターも。インスタグラム@sizukuishii

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