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【松山ケンイチさん】「もう遺書も書いてあります」と語る彼が考える、幸せな人生の終わり方とは…

今まさに脂が乗っている松山ケンイチさん。彼が、42人を殺めた介護士を演じる社会派エンターテインメント映画『ロストケア』。これは私たちにとってもそう遠くない「高齢者介護問題」に一石を投じる話題作です。この作品を通して、松山さんが感じたこと、松山さんの中で変化した事、子育て世代に伝えたいメッセージとは……。

僕の最終目標は“老衰”で死ぬこと

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映画『ロストケア』は、自らの信念に従って犯行を重ねる介護士・斯波(松山ケンイチさん)と、 法の名のもとに彼を裁こうとする検事・大友(長澤まさみさん)の、互いの正義をかけた緊迫のバトルが繰り広げられるストーリー。二人が対峙する場面のヒリヒリした緊張感、それぞれが抱える苦しさにも胸が締め付けられます。

ーかなりシビアなテーマでした。描写がリアルなだけに余計に重くのしかかるというか。

「長澤まさみさん演じる大友検事のセリフにあったように“人には見えるものと見えないものではなく、見たいものと見たくないものがある”。そしてこの作品のテーマは、見たくないもの、ですよね。ふだん僕たちが気づかないようにしている題材。

でもいつかは、我が身に降りかかることだし、自分達の子どもや次の世代に負担をかけたくなかったら、目を逸らさずに向き合ってほしい映画です。ちょっと過激な教科書になるかもしれませんが」(「」内松山さん。以下同)

ー作品を観た周りの方たちの反応はいかがでしたか。

「妻や友人からは、“自分はどうやって生きたいんだろう、どうやって死にたいんだろうと考えさせられた”という感想をもらい、何かを残す作品にはなったかな、と。そして僕自身も、この作品を通して感じたこと、考えたことをこれから活かしていこうと思っています」

ー松山さん自身は、介護される側になった時のことをどうイメージしているのでしょう。

「自分がいつどうやって死ぬかは選べませんからね。いかに覚悟を決めて、子どもに介護をさせない選択ができるか。山に入って野垂れ死んだらいいのかなとか、でも体力がなくなれば気持ちも弱くなるし、死を前にしたらきっと怖くなって意地汚くなると思います。

どうしたら介護してもらわなくて済むんだろう、と考えると、結局は健康でいること、自力で長く生きていける力を持つことなんです。だから、僕の最終目標は“老衰”。そのために、ストレスを溜めない生き方、仕事のペース配分を考えています」

ーなるほど。たとえば松山さんの人生を100とすると、今、仕事が占める割合はどれくらいですか。

「20:80くらいですかね。仕事が20、それ以外の生活が80。8割は田舎者の生活をして、ぎりぎりセリフを覚えられるくらいの2割の時間が仕事。それが一番自分にとっていいバランス。

結婚する前、生活の8割が俳優だった時代はめちゃくちゃしんどかったんです。でも子どもが生まれてから自分だけが生活の主人公じゃなくなって。脇役として“この人の隣にいたい”と思える家族中心の人生にシフトしたら、コレがいい。田舎者がふらっと現場にきて演技をする、今のバランスがとても楽しい」

自分の親が「当たり前のこと」もできなくなっていく、ということ

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今、演技することが楽しい……そう語る松山さんがこの作品『ロストケア』で演じたのは“42人を殺害した犯人”。その字面からは、かなり壮絶な人物を想像してしまいます。

ー“42人を殺害した犯人”というイメージと、松山さん演じる斯波の人物像がかけ離れていました。

©2023「ロストケア」製作委員会

「斯波は、快楽殺人犯でもサイコパスでもなく、どこにでもいる普通に生きてきた人間。父親と二人暮らしで、たまたま父親が倒れて介護を担っただけ。誰しもがなりうる状況で、孤独と絶望を感じている人なんです。

狂っているところなんて何ひとつない。そこは僕自身すごく考え、演じるときにも気をつけました」

ー演じるにあたって、実際に介護士さんに話を聞かれたとか。

「コロナ禍で実際の介護の現場には立ち会えなかったのですが、誰もいない施設を見せていただき、コミュニケーションの取り方や作業のやり方を教えてもらいました。その介護士さんに作品のストーリーを説明し、“物語の中で、家族が殺されたことで救われた、と答えた遺族がいたのですが、それも介護でしょうか。その気持ちわかります?”と尋ねたら、わからなくはない、と。

物理的な大変さもあるけれど、それ以上に、ご家族にとっては精神的な混乱が大きいんですよね。なんでもできていた自分の親が、当たり前のこともできなくなっていく様子を見ているのがつらい。子どもは、行動や知識をひとつひとつ獲得していくけど、それとは逆のことが起きるんです。

認知症などをかなり勉強していないと頭が追いつかなくなって、その状況がどんどん悪い方へつながっていく。どんなに大切な人でも、いや大切な人だからこそ、家族だからこそ、つらい。

どれだけ過酷な状況になっても、人間が生きる権利は保障されていて、でも死ぬ権利はないんです。そんなことも、僕たちはどこかのタイミングで考えなくちゃいけないな、と」

ー高齢化社会でますます深刻になる介護問題。最悪の状況を回避するために、松山さんなりの結論はありますか?

©2023「ロストケア」製作委員会

「まずは孤立化させないことですよね。僕が演じた斯波も、介護する僕と介護される父親(柄本明さん)の二人だけで、そこには助けてくれる行政も親族もいない、逃げ場所がないんです。この状況をなくすことが大事。

そのためには、近所など横のつながりをコミュニティ化することがいいと思っています。最近は、つながりよりも“個”を重視する流れがあるけれど、これからの時代は家族以外で補完し合う関係が重要になると思います。

他人とつながっていくには、どうやったら周りの人が喜ぶんだろう、どうすれば人を好きになるんだろう、と考えるコミュニケーション能力も必要だし、それがいつか自分にプラスになって返ってくる。苦しいことも共有する人がいるだけで、最後のところで踏み止まれる可能性があると信じています」

「家族の絆」がどれだけ人を追い詰めるか

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ーkufuraの読者である、子育て中の30代・40代が、今からできることってなんでしょう。

「一人ひとりが備えをしておくことです。地域でのコミュニティ作りも備えのひとつですが、自分が介護を背負う立場になったときにどうすればいいかを、今から知っておいた方がいい。

社会には、穴だらけでもセーフティネットは存在していて、たくさんの人が網に引っかかる仕組みはあるんです。でもそれを教えてくれる場所が少ないし、ここがダメならここに、と紹介してくれるシステムがない。この映画の中でも、僕が演じる斯波が、生活保護の申請を断られるシーンがありますが、その後どうすれば……を教えてくれるわけじゃない。

だから、自分たちで勉強しなくちゃならないんです。社会のシステムを変えるのは難しくても、自分が動くことなら、すぐにできますよね」

ーこの作品は、見た人が介護を“自分ごと”として本気で考えるきっかけになりそうです。ところで、作品の中で印象に残っているセリフはありますか?

「“家族の絆が美しくない”という言葉には、ハッとさせられました。それがどれだけ自分たちを苦しめているか。愛情とか繋がりって、いい部分もあれば、足かせになる側面もあって。それを第三者が美しいものとして訴えかけると、逃げられないんです。

斯波の“逃げたっていいんじゃないですか。家族を辞めさせてあげてもいいじゃないですか”というセリフも、本当に現実を知った人にしかわからない部分ですよね。結婚に憧れている人と、結婚して10年、20年経った人の価値観や考え方が全く違うように、それぞれ見えてる景色も認識できている世界も違う。

絆とか真面目とかストイックとか。耳障りよく聞こえる褒め言葉が、人を追い詰める可能性もあるんです」

ー“家族の絆”に縛られて、身動きがとれなくなっている人は多いかもしれません。

「欧米では、家族にアイラブユーは言うけど、介護を抱えこんだりはしない、という話を聞いたことがあります。日本だと親の介護から距離をおくと“ひとでなし”とか“親不孝”とか言われそうだけど、でも実は、そういう考え方も大事なんじゃないかな。それは、自分の人生を犠牲にしない勇気でもあるから」

僕たち世代がやるべき準備。それを考えるきっかけになれば

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この映画『ロストケア』のような凄みを感じる静かな演技をはじめ、最近の松山さんは話題の恋愛ドラマから大河ドラマのような時代劇と、幅広い役柄を自在に演じ分けています。

ーたくさんの出会いや経験で人間的な容量が広がり、それは松山さんの演技にも影響を与えているような気がします。いい意味で力が抜けているというか画一的ではないというか……。

「そうかもしれないですね。もちろん現場では、いろいろな表現の可能性は探ります。せっかく田舎暮らしで面白い人たちの生き方を見ているので、それをどうやって俳優という仕事に応用できるだろう、という遊びも入れながら。

ただ、そういうチャレンジは、面白いと言われることもあれば、それはない、と却下されることも(笑)。でも、この役だからこれはある、これはない、というジャッジを先に自分では下しません」

ー最後に、同世代の人たちにメッセージをお願いします。

「僕の周りにも、自分の両親が高齢化して、どちらか一方の認知症が始まったというケースが増えています。本人は施設に入りたくないというし、なんとか最後まで夫婦だけで暮らしたい、と頑張っている。子どもとして何をどうすれば、と対応に悩んでいる人も。

でもそれって、僕からしたら危険でしかない。介護は愛情だけで乗り切れるものではないんです。そこは行政やプロの力を借りた方が絶対にいい。カラダも元気で判断もしっかりしている僕たちがやるべきことは、高齢者や障がい者、認知症の人が安心できる居場所づくりです。そして、介護される側としての備えも、していく必要があると思います。

僕ももう遺書は書いていますし、子どもにも“自分は先に死ぬから”と話しているんですよ。子どもたちはまだ小さいので、“えーそんなの嫌だ〜”と泣かれますけど(笑)」

 

与えられた役を演じるだけでなく、この作品『ロストケア』が投げかけている日本の介護の闇について、そして、そんな日本で生きていく私たちのこれからについて、自分のコトバで真摯に語ってくれた松山ケンイチさん。まずはこの映画で、彼が伝えたかったことを受け止めてみてください。

 

取材・文/片岡えり  撮影/深山徳幸

【作品情報】

『ロストケア』

3月24日(金)全国ロードショー

出演:松山ケンイチ 長澤まさみ 鈴鹿央士 坂井真紀 戸田菜穂 他

©2023「ロストケア」製作委員会

配給:⽇活 東京テアトル

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