著者が魅せられた「ぬか漬け」の世界、ふだんの楽しみ方は?
null槇生が祖母のぬか床で作る“ぬか漬け”と、それをアレンジした伊吹の料理が評判を呼び、「ぬか漬けスナック」には様々な人たちが訪れます。
そこに描かれる人間模様は、空気によって、かき混ぜる人の手によって、ひとつとして同じ味わいのない“ぬか漬け”さながら。
ときには、水っぽかったり、酸味がとがっていたり……。
そんなときは、槇生が “美味しいぬか漬け作りの秘訣”を授け、余分なものを捨てたり、思い切って塩を足したりしながら、ひとり一人が、それぞれのちょうどいい塩梅を探っていきます。
「家庭によって味わいが違い、手をかけすぎても、放っておきすぎても駄目。そこがまるで人間のようで面白いんです」
ぬか漬け作りの魅力と、小説の題材にしたきっかけについて、前回、古矢永さんはそのように語ってくれました。(前回の古矢永塔子さんインタビュー)
インタビューの第2回目となる今回は、古矢永さんがこれまで“ぬか漬け”にして、美味しかった食材、ちょっと失敗したエピソードのほか、作品に登場する“変わり種ぬか漬け”のヒントについても伺います。
アボカドを敬遠していた家族もぬか漬けを絶賛!
null新たまねぎ、アボカド、ドライフルーツなど、作品には様々な食材のぬか漬けが登場します。
ご主人と中学生の娘さん、小学生の息子さんとともに高知にお住まいの古矢永さんに、プライベートでお気に入りのぬか漬けの食材についてお伺いしました。
「小説にも登場しますが、アボカドのぬか漬けは、ちょっと意外なくらいの美味しさです。
もともと、家族でアボカドを食べるのは私だけだったのですが、ぬか漬けにすると、子どもたちも喜んで食べてくれます」
(「」内、古矢永さん。以下同)
どんな味わいになるのかを尋ねると……。
「かなり固めのアボカドを漬けるんですが、ちょっとやわらかくなって、キュッとした歯ごたえになり、味がまろやかになります。
酸味や塩気も程よくのって、とろけるような食感になり、それがすごく美味しいんです」
漬け方や漬け加減でコツはありますか?
「半分に切って皮と種を除いた状態で、断面をぬか床に置くように漬けています。
もちろん、しっかり埋めても美味しいと思いますが、下半分だけ漬けて、レアな部分と漬かっている部分の違いを楽しむのもおすすめです。
2日目は塩気がしっかり入るので、マグロ丼の上にのせると、醤油いらずで美味しく味わえました」
作品の中でも、市場で買ったマナガツオに刻んだアボカドのぬか漬けを混ぜ、ご飯にのせて食べるシーンが登場します。こちらもかなり美味しそうです。
ほかには、どんなアレンジがおすすめですか?
「パンやクラッカーにのせて、蜂蜜をかけても。クルミなどナッツ類との相性もいいので、おつまみにしてもいいですね。子どもたちは、スライスしたものをそのまま食べています」
チーズは高級感アップ、鶏ささみは肉がしっとり、ゆで卵は贅沢な味わいに
nullほかに、ぬか漬けにおすすめの食材はありますか?
「チーズもかなりおすすめです。ベビーチーズや6Pチーズなどプロセスタイプのほか、モッツァレラ、クリームチーズなど、いろいろな種類で楽しめ、スモークしたような複雑な味わいになります。
リーズナブルなチーズも、ぬか漬けにすると、とても高級な味わいになりますよ」
それは、お得な感じがして、魅力的ですね。
「最近は、ゆでた鶏ささみが残ったので、漬けてみたら、すごく美味しかったです。
肉質がしっとりして、1日漬けただけで味がしっかり入り、酸味とスモークしたような味わいが、ささみの風味にとても合っていました」
ぬか床を肉用に取り分けてそこへ漬けるそうです。
小説に登場した、鶏むね肉のソテーは、生の状態から漬け、そのお肉を焼いていました。
「生の状態でも、火を通してから漬けても。残った食材をぬか床に漬けて、味を変化させると、残り物でも美味しくいただけます。
ほかには、ゆで卵もおすすめ。燻製したような味になるんです。
最初は少しやわらかく、1日、2日で、キュッと固くなった感じになり、水分が抜けて、白身がまるでチーズみたいに濃厚で、贅沢な味わいになります」
茹で加減は、どのくらいがおすすめでしょうか?
「ゆるゆるの半熟でも試してみたいのですが、つぶれる心配があるので、卵を切っても黄身がしたたり落ちない程度の半熟の状態で漬けています。
家族は、普通のゆで卵には、マヨネーズをモリモリのせてしまいがちなんですが……(笑)、ぬか漬けはそのまま食べています。
野菜スティックなどにもマヨネーズをつけたがりますが、ぬか漬けにした野菜はそのまま食べてくれるので、体にも優しいですよね」
ぬか漬けにすることで、ご家族の好きな食べ物の幅が広がり、食卓がますますゆたかになった様子がうかがえました。
美味しく、しかもヘルシーな“ぬか漬け生活”、とっても魅力的ですね。
作品にも登場!気になるドライフルーツやりんごの味は?
null作品に登場するなかで、どんな味がするのかな?と気になったのが、ドライフルーツのぬか漬けでした。
「ドライフルーツのなかで、最初に漬けたのはマンゴーです。ちょうど夕飯がカレーだったので、添えて食べてみたら、薬味のような感覚で美味しかったです。
酸味と塩気がプラスされて甘味が増したように感じました。2日ぐらい漬けたので、ドライ感がなくなり、しっとりして、トロッとやわらかく、ジャムみたいな食感になりました。
ほかには、レーズンのぬか漬けも。ヨーグルトに入れたときのように、食感がふっくらとします」
作品には、りんごのぬか漬けが登場しますね。「酸味と塩気が増して、爽やかな甘さが際立った」と記される紅玉のぬか漬けが、とっても美味しそうです。
「フルーツのなかでも、柿とりんごは特に美味しかったです。
りんごを漬けると、しっとりとした食感になり、ぬかの風味がうつって、まるでラ・フランスのような独特の風味に。
紅玉やふじなど、程よく酸味のあるタイプが向いているように感じました。皮のまま漬けると、見た目にもきれいです」
青森出身の古矢永さんがおすすめする、りんごのぬか漬け。ぜひ作ってみたいですね。
ぬか漬けのアイディアは、どんなときにひらめくのでしょうか。
「1日じゅう食べ物のことを考えがちで、“秋になったから、この食材を漬けてみようかな”とか、ふと思いつく感じです。
高知に暮らしているんですが、いつも行くスーパーの一画に“地産地消コーナー”があって、地元の生産者の農作物がカゴにこんもり盛られ、安くて美味しいんですよ。そこでヒントをもらうことも多いです。
東京に暮らしていたときは、野菜が高いなと思っていたので、嬉しいですね」
これからの季節におすすめはありますか?
「この前は、柿を漬けてみました。ガリっと固めの柿をぬか床に漬けると、程よくやわらかくなり、生で食べるよりも甘味が増したように感じました。
皮を剥いて漬けましたが、皮ごと漬けても。“皮がぬか床の味を良くする”という説もあるそうです」
はじめての「ぬか床トラブル」実は期待していた!?
null反対に、ぬか漬け作りで、これはちょっと失敗だったという経験を伺うと……。
「はじめてチーズを漬けたときに、とても美味しかったので、いろいろな種類のチーズを試し、その後、基本に戻ろうと、きゅうりを漬けてみました。
すると、なんだか味が薄いような、ちょっと変な味になったことがあります。しばらく野菜を漬けていなかったことが原因ではないかと……」
ぬか床の状態が変わってしまったのでしょうか。
「ぬか床の状態は、見た目には普通だったんですが、乾燥もしていなかったですし、でも味は、何とも言えない、何かが足りない感じでした。
その後、昆布を漬けてみたりして、ぬか床の調子を戻しました。それ以来、チーズと野菜は交互に漬けることにしています」
ぬか床の管理が難しくて、途中でほったらかしになってしまう、という話も聞きますが、元に戻そうと試行錯誤されたようです。
「やっぱり、ぬか床に対して愛着がわいてくるんですね。“自分が育てているもの”という感覚があって、すぐに捨てようとは思えませんでした。
それに、なんだかちょっと面白いなと。味が変わったのも、思い通りにならなかったのも、逆に面白いと感じました。
ぬか漬けを始めたときから、何かトラブルが起きないかな? とワクワクしていたと言うと、おかしいかもしれませんが……。
“美味しくないきゅうりのぬか漬け”ができたときに、“これだこれだ!”って思ったんです。それまでは、“うまくいきすぎているな”と思っていたので(笑)」
それが、今回の小説に生かされているそうです。
「小説を書くようになってから、かもしれないです。うまくいかないことに対して楽しもうという姿勢になったのは。“題材になりそう”という気持ちも、たぶんどこかにあったと思うんですが」
「美味しいぬか漬け」のために心がけていることは?
nullそんな古矢永さんが、ぬか床の管理で気を付けていることは何でしょうか。
「きゅうりの一件からも、やっぱり見た目の状態だけでは、わからないと学びました。なので、ぬか床自体をちょっとつまんで食べて、味を確かめるようになりました。
しょっぱすぎたら、かき混ぜないといけないし、味が薄すぎたら、昆布など乾物を入れるようにしています」
作品中で評判を呼ぶ「ぬか漬けスナック」のぬか漬けも、ベストな味わいを保つには、絶えずぬか床の状態を見守ることが欠かせない様子。
槇生が、まるでぬか床の声を聞くように、状態を確かめどうやって手を差し伸べたらいいのかを試行錯誤するシーンが印象的です。
小説『今夜、ぬか漬けスナックで』は、ぬか漬け作りの工程である“足し塩”“水抜き”“捨て漬け”などが、章ごとのタイトルとなっているのがユニーク。
ぬか漬け作りのハウツー本のように楽しめるのに加え、それぞれのキーワードが「ぬか漬けスナック」を訪れる人たちへ、人生に“前向きな一歩”を踏み出すためのアドバイスにもなっています。
ちょっとだけ、ご紹介すると……。
都会から小豆島へ移り住んで、周囲のママ友とうまく関係を築けず、泣きながらスナックを訪れた梨依紗(りいさ)。りんご、チーズ、アボカド、レーズン、ひとつずつ味わいの違う、槇生特製のぬか漬けをほお張って、ある勇気をもらいます。
今回ご紹介した、古矢永さんおすすめのぬか漬けが登場するシーンを、ぜひ小説のなかで楽しんでみてください。
インタビューの最終回となる次回は、作品に登場する“ぬか漬けのアレンジレシピ”をご紹介します。
「食べることが大好き」という古矢永さんが、作ること、食べること、それらを人と共にすることの意味について、作品に込めた想いについても語っていただきます。
<著者>
古矢永塔子(こやながとうこ)
1982年青森県生まれ。弘前大学人文学部卒業。2017年より小説を書き始め、2018年、『あの日から君と、クラゲの骨を探している。』(宝島社)でデビュー。2020年、『七度笑えば、恋の味』(小学館)で小学館主催の第1回「日本おいしい小説大賞」を受賞。2022年10月21日に『今夜、ぬか漬けスナックで』(小学館)が発売。
ライター、J.S.A.ワインエキスパート。札幌の編集プロダクションに勤務し、北海道の食・旅・人を取材。夫の転勤で上京後、フリーでライティングや書籍の編集補助に携わる。小学生のころから料理、生活、インテリアの本が好きで、少ない小遣いで「憧れに近づく」ために工夫し、大学では芸術学を専攻。等身大の衣食住をいかに美しく快適に楽しむか、ずっと大切にしてきたテーマを執筆に生かしたいです。小学生のひとり息子は鉄道と歴史の大ファン。