ぬか漬けって、すごくプライベートな食べ物
null作品を読むと、登場するぬか漬けや、ぬか漬けをアレンジした料理が美味しそうで、自分でも作りたくなります。
なぜ、“ぬか漬け”をテーマに小説を書こうと思ったのでしょうか。
「最初は、美味しい“ごはんもの”の小説を書こうと思っていました。構想していたのは、いろいろな種類の“漬け物”を出すショットバーを舞台に、仲の悪い母子が喧嘩をしながら、お客さんと関わるストーリーでした。
それが、漬け物のことを調べるうちに、“ぬか漬け”ってすごくプライベートな食べ物だなと、あらためて感じるようになりました。
人のてのひらにはたくさんの菌が棲んでいて、それがひとりひとり違うらしいのですが、素手でかき混ぜることで菌がぬか床にうつって味が変わっていく。だから家庭によって味が違う。そこが面白くて。
“親子代々で受け継がれているぬか床”をテーマにしたら面白いものを書けるのではないかと思い、“ぬか漬けスナック”へと題材が変わっていきました」
(「」内、古矢永さん。以下同)
わが子へ贈った絵本から小説家デビューへ
null学生時代までを青森で過ごしたのち、東京での社会人生活を経て、ご主人の故郷・高知にお住まいの古矢永さん。
2017 年に小説を書き始め、翌年デビュー、中学生の娘さんと小学生の息子さんの子育てをしながら執筆なさっています。
小説を書き始めたきっかけについて、教えていただきました。
「娘が生まれて、すごく絵本が好きな子だったので、娘自身が主人公の絵本があったら喜ぶかなという気持ちで、娘のために絵本を書き、毎年、誕生日にプレゼントしていました。
5、6歳ごろになって、ほかに欲しいものが出てきたようなので、“私もそろそろ絵本を描くのを卒業して、新しいことを始めようかな”という気持ちで小説を書き始めました」
娘さんのために書いたのは、どんな絵本だったのでしょうか。
「いちばん最初の絵本には、当時の自分の“育児に関する困りごと”みたいなものをダイレクトに描きました。
たしか1歳ごろ、娘がお気に入りの傘を大事にしていて、散歩のときは、晴れでも雨でも、絶対にその傘を持っていき、公園などに忘れてきてしまったりするので、そのことに結構困っていました。
なので、“晴れの日は傘を持っていかないでね”というメッセージを込めました。その絵本を贈ってからは、わりと傘を置いていくようになりましたね」
効果があったのですね!(笑)
ぬか漬けと子育てには、通じるものがあります
nullぬか漬け作りの工程である“足し塩”“水抜き”“捨て漬け”などが、章ごとのタイトルになっていて、それぞれのキーワードが「ぬか漬けスナック」を訪れる人に、大切なことを気づかせてくれます。
これは、どんなふうに着想したのでしょうか。
「あらためて、ぬか床の手入れ方法を調べたときに、ぬか床って、生き物みたいだなって思ったんです。
放っておいたら駄目になるし、かといって手間をかけすぎても駄目になるし……なんだか“子育て”にも通じるものがあります。
ぬか漬け作りのステップのひとつひとつがエピソードになるかなと、書きながら、ぬか漬けを漬けながら、思いつきました」
子育てとぬか漬けづくりに共通点があるとは、面白い発想ですね。2児のお母さんの視点から、そう思われたのか聞いてみると……。
「はい。ぬか床についてはそれほどでもないのですが、子育てについては、私は“かき混ぜすぎ”だなと(笑)。夫からも言われるんですが。
たとえば、子どもが疲れて暗い顔で帰ってくると、そっとしておかなきゃいけないんだろうなと思っても、つい“どうしたの? どうしたの?”って聞いてしまいがちなんですよね。
逆に、自分に余裕がないときには、きちんと聞けていないなぁと感じたり。やっぱり、ぬか漬けと似ているなぁと思います」
母親は子どもに尽くすべき?
nullまた、槇生自身の親子関係も含め、彼女と交流する女性たちの母親としての生き方も多種多様です。
子どもを想うあまりぶつかり合ったり、自分の追い求める人生と子育ての間で揺れたり……こうした個性豊かな母親像はどのように生まれたのでしょうか。
「登場人物については、自分の中の一部を切り取って育てていくような方法でしか描けないと感じています。
例えば、他県で化粧品販売の仕事をするため、たまにしか家族のいる島へ帰らない晶(あきら)という女性が登場します。
私は、ずっと小説を書いてきて小説家になったわけではなく、あるとき書き始めてみたら、すごく面白くて、何もかも忘れてのめりこんでしまう瞬間というか、のめりこみたくなることがあるんですね。
“家族のため”にしているわけではなくて、自分の楽しみを追求するための仕事として捉えているので、熱中することに後ろめたくなってしまうことが最初はありました。
女性が働くことに対して、自分の育った地方の上の世代などには、“家族のために働くのはいいのに、自分の楽しみを追求するとは何ごとだ”というような感覚が残っていました。
時代は変わってきているし、それが正しいことではないと思っているのに、どこか無視できなくなってしまっている、そんな気持ちをはねのけたいという思いを“晶”に投影しました」
母と子の物語に込めた想い
null作品の中で、親と子、男女、女性同士など、身近な存在だけれど、うまく伝えられない感情をそれぞれが抱えている様子が巧みに描かれます。
ふだん、お子さんにどんな眼差しを注いでいるのですか。
「親が思うより子どもって、いろいろ考えているものですよね。
生まれたときから一緒にいるので“全部わかっている”ような気持ちになりがちですが、“ああ、そういうこと考えていたんだ”と驚かされることもあります。“わかりたい”という気持ちがすごくあります。
自分の本当の気持ちをうまく表現できなかった、私自身の子ども時代が影響しているんじゃないかなと思います」
物語が進むにつれ、生前、わかり合えないと思っていた母親の知られざる一面を知り、槇生の気持ちに変化が訪れます。
「槇生というヒロインは、顔がきれいと言われていた母親と“似ていない”と言われることに、平気そうなふりをしつつコンプレックスをもっている、という設定ですが、やがて新たな事実が明らかになっていきます。
子育てをして不思議だったのは、自分がコンプレックスだと思っていた部分が、それを受け継いだわが子を通して見ると、可愛かったり、愛しかったりして、自分のコンプレックスさえも打ち消してしまうところです。
そういう自分の経験も、作品に重ね合わせています」
インタビューのあいだ、古矢永さんは言葉を選びながら、作品への想いを丁寧に語ってくれました。
慣れない土地で、ぬか漬けを通して温かな人と人とのつながりを描く『今夜、ぬか漬けスナックで』。
読み終えたあと、家族や大切な人たちにいっそう思いやりをもって接したくなったり、ちょっと苦手だなと思っていた人の違う面を探してみたくなったり……あたたかな読後感がじわりじわりと続く物語です。
また、ぬか漬け作りのハウツー本としても楽しめる1冊。次回は、古矢永さんがこれまで“ぬか漬け”にして、美味しかった食材、ちょっと失敗だった食材のほか、作品に登場する“変わり種ぬか漬け”のヒントについても伺います。
さらに、最終回では、作品に登場する“ぬか漬けを使ったアレンジレシピ”をご紹介。
全3回にわたるインタビューを、作品とあわせて“美味しく”お楽しみください。
<著者>
古矢永塔子(こやながとうこ)
1982年青森県生まれ。弘前大学人文学部卒業。2017年より小説を書き始め、2018年、『あの日から君と、クラゲの骨を探している。』(宝島社)でデビュー。2020年、『七度笑えば、恋の味』(小学館)で小学館主催の第1回「日本おいしい小説大賞」を受賞。2022年10月21日に『今夜、ぬか漬けスナックで』(小学館)が発売。
ライター、J.S.A.ワインエキスパート。札幌の編集プロダクションに勤務し、北海道の食・旅・人を取材。夫の転勤で上京後、フリーでライティングや書籍の編集補助に携わる。小学生のころから料理、生活、インテリアの本が好きで、少ない小遣いで「憧れに近づく」ために工夫し、大学では芸術学を専攻。等身大の衣食住をいかに美しく快適に楽しむか、ずっと大切にしてきたテーマを執筆に生かしたいです。小学生のひとり息子は鉄道と歴史の大ファン。