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シリーズ累計100万部突破!大ヒット絵本「大ピンチずかん」は作者・鈴木のりたけさんの次男のこんな「ピンチ」から生まれた

「ぎゅうにゅうが こぼれた」「たんじょうびケーキがたおれそう」……子どもならではの“大ピンチ”をユーモアたっぷりに描いた『大ピンチずかん』が、大人気です。2023年にいちばん売れた児童書にかがやき、この11月には続編も発売されました。

子どもも大人も一緒に笑い合える。そして、思わず誰かに紹介したくなってしまう魅力的な作品は、どのようにして生まれたのでしょう。作者である鈴木のりたけさんのアトリエにお邪魔しました。

「大ピンチずかん」はこうして生まれた

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中3の長女、小6の長男、小4の次男と暮らす鈴木のりたけさん。アトリエには、お子さんの作品もたくさん飾ってありました。

3人のお子さんの絵や工作、学生時代から愛してやまないギター、CD、本、ミニカーに、画材の数々など。たくさんのものに囲まれた賑やかな一室で作品づくりをする鈴木のりたけさん。さまざまな仕事の現場を取材・紹介する「しごとば」シリーズや、自身の子育てを記録したコミックエッセイ『そだてば』など。目の前の物事を観察して、独自の視点で描く作品でも知られています。

鈴木さんは「『そだてば』の続編が描ければいいなと思って」と、長男が小学校にあがった6年前から、日々の出来事をメモするようになったそうです。

「小1、小2あたりの男子は、おもしろネタの供給最盛期。大ピンチだけじゃなく、単純な言い間違い、友達とこんなことで喧嘩した、あんなことでケタケタ笑ってた。とにかく何でも、僕がおもしろいなと思った子育てネタを、携帯のメモ機能やノートにつけ始めました」(以下「」内、鈴木のりたけさん)

『大ピンチずかん』の登場人物のモデルは次男。マッシュルームカットだった頃を描いているそうです。

「ある日、当時小1だった次男が、『大ピンチずかん』と同じ姿で牛乳をこぼしたんです。牛乳パックをドドドドッてコップに注いだままフリーズして、目の前に座る僕をまっすぐに見つめながら“こぼれた”“どうしよう”。

親からしてみると、こぼれたって拭けばいいし、牛乳はもったないけど仕方ないし、とりあえず牛乳パックの口を上げればいいし(笑)。

でも、それで初めて子どもの実感に気づいたんですよね。子どもは経験値が少ないから、牛乳を入れるっていう大人からすれば簡単なことにもドキドキしたり、こぼれたときには思考停止したりしちゃうんだな。大人目線でおもしろくても、子どもにとっては違うんだなって」

当時の様子を思い出して、思わず吹き出す鈴木さん。

未経験なことが大人より多い子どもだからこそ、何気ない瞬間にふっと生まれるドキドキや不安、そしてワクワクする気持ち。成長する中で誰しもが通るであろう、今しかない子どものフレッシュな感覚に気がついたことで、「本当に大事なこととして伝えたい」という気持ちが芽生えたといいます。

「災い転じて福となすじゃないけれど、困難を乗り越えてすごい発明や成功を収めた人がいますよね。最初はそういうサクセスストーリーを織り込んで、へえ!ってなって、“ほら、ピンチなんて大したことないでしょ?”っていう本にしようと考えていました。でも、途中でなんか説教くさいと感じて。もっとシンプルに舵を切って、ぜんぜん違うところに着地しました」

大ピンチは時代を越える!

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紙パックの中にストローが入ってしまうこと、あるある!(『大ピンチずかん』より)
お湯の溜めそびれ、あるある!(『大ピンチずかん』より)

『大ピンチずかん』といえば、子ども同士はもちろん、子どもと大人、もしくは大人同士でも、一緒に「あるある!」と頷けるところも魅力。また、本の登場人物は男子ですが、性別を問わず笑ってしまいます。

「大ピンチ」と一口にいってもいろいろありますが、年齢や性別を超えて共感できるのはなぜ?

「選んだ大ピンチは、息子たちを観察したり、僕の子どものころを思い出したり、周りの人から聞いたり、いろいろ織り交ぜています。共通するのは、シンプルで肌感のあるようなものですね。そうすることで、年齢や性別が違う誰かとも一緒に笑えたり、大人が自分の子ども時代を思い出したりっていうふうに、時代を越えると思うんです」

『大ピンチずかん2』の表紙に出てくる「たんじょうびケーキ」。鈴木さんは実際に写真を撮って、絵の参考にしているそう。
『大ピンチずかん2』の表紙はこちら。
自撮りすることもかなりあるそうです。

また、絵はお子さんにモデルになってもらったり、スマホやパソコンで自撮りしたポーズをもとに描いているのだとか。

「『大ピンチずかん2』の表紙は、買ってきたケーキを切って、完全に倒れないよう後ろに支えをつけて撮りました。ほかにも冷凍庫を閉めている次男とか、コレとか、コレも……」

愛らしく、こころが和む、鋭くもあたたかい観察眼で描かれる絵は、ご家族の協力もあって生まれていたとは!

「おもしろがると世界は広がる」

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アトリエの様子。絵本作家になり、子どもたちに講演をする機会が増えたことで、改めて自分の大事にしたいことと対面したそう。

日々の生活でも、作品づくりでも、鈴木さんが大事にしているのは「おもしろがると世界は広がる」という考え。ここに至るまでは、過ぎたことや起こってもいないことで悩むクセがあったそうです。

「自分の性格を受け止めて、一人で嫌な気持ちになるのはやめよう。負の方向に想像を広げるんじゃなく、よい方向に広げていこうって考えるようになってから、何事もおもしろがれるようになりました。

僕は、作品のために取材することもあるんですけど、なるべく心をパカンと開いて、目の前の物事へ真摯に対面することを大事にしています。もちろん事前に準備することも必要だけど、想定通りのことって現実ではほぼ起こりません。それに、用意した型にはめてゆくだけでは、世界が広がりにくいんですよね。

何事も、なんで?どうしてこうなんだ?ウケる〜!っていうミーハーな興味の持ち方は、すごくいいですよ。おもしろがれると心の余裕も生まれますし、なんでこれ、こんなにおもしろいんだろう?ってさらに踏み込む原動力にもなるんです」

「大ピンチずかん」シリーズを通して伝えたいこと

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世の中にはさまざまな絵本がありますが、鈴木さんは「大ピンチずかん」シリーズが「大人と子どもが対等な目線で話し合えるような、コミュニケーションの助けになれば」と続けます。

「大人から子どもに伝えるだけじゃなく、“僕もこういう大ピンチあったよ” “へえ! お父さんもあったな”とか、“お父さんもそんな失敗するの?”とかって言い合う。それから、本から離れても“こんな大ピンチがあってね”って大人同士でも誰かと自分の経験談を分かち合う。そういう時間を楽しんでもらえたらいいですね。

同じ大ピンチで共感しても、人間は一人ひとり別の人間です。だからこそ、語り合うって素晴らしいし、人生の貴重な価値になると思うから。このシリーズを通して、そういう広がりが自然派生することを願っています」

撮影/五十嵐美弥(小学館)

鈴木のりたけさん

1975年、静岡県浜松市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、絵本作家になる。『ぼくのトイレ』(PHP研究所)で第17回日本絵本賞読者賞、『しごとば 東京スカイツリー®』(ブロンズ新社)で第62回小学館児童出版文化賞。第2回やなせたかし文化賞受賞。『大ピンチずかん』(小学館)で第15回MOE絵本屋さん大賞2022 第1位。ほかの作品に「しごとば」シリーズ、『たべもんどう』「おでこはめえほん」シリーズ、「しごとへの道」シリーズ(ブロンズ社)、『ぼくのおふろ』『す~べりだい』『ぶららんこ』『ぼくのがっこう』(PHP研究所)、『おしりをしりたい』(小学館)、『かわ』(幻冬社)、『とんでもない』『なんでもない』(アリス館)、『うちゅうずし』(角川書店)などがある。千葉県在住。2男1女の父。

https://noritakesuzuki.com/

『大ピンチずかん2』作/鈴木のりたけ(1,650円税込み・小学館)

2022年に発売されて大ベストセラーとなった絵本『大ピンチずかん』の第二弾が、満を持して2023年11月に発売に! 進化した『大ピンチずかん2』では、子どもが陥りやすい大ピンチを、大ピンチレベルの順に掲載するのはそのままに、新たに採用した「大ピンチグラフ」で、6つの要素からその理由を解明しているぞ!
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ニイミユカ
ニイミユカ

兵庫県出身、浅草在住。一児の母。主に食や体のことなど、生活にまつわる地に足のついた企画を、雑誌や書籍、WEBメディアなどで編集・執筆する

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