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【言語学者・川原繁人さん】「“おスープ”はなぜNG?」「ポケモンは名前で強さがわかる!?」言葉のギモン5つ

言語学者として「ポケモン」「プリキュア」「ラップ」「言い間違い」「メイド喫茶」など、身近にあるさまざまな題材について研究・発信している川原繁人先生。大学で教鞭をとり、TV・ラジオへの出演も多い川原先生は、4歳と8歳の娘さんを育てるパパでもあります。

そんな川原先生に、全2回で“日常のなかの言語学”についてうかがうシリーズ。今回は、アンケートで寄せられたさまざまなギモンにお答えいただきました。

【ギモン1】「おみそしる」「おスープ」など、頭に「お」をつけていいもの、ダメなものの違いはなんですか?

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「名詞に『お』をつけるのを習った低学年のころの娘。 『おみそしる』は『お』がつくけど、『スープ』は『おスープ』って言わないの?と聞かれた。 ひらがなとカタカナで分けてるのかなぁと、曖昧に答えてしまった」(43歳女性/その他)

川原先生(以下、敬称略)「“ひらがなとカタカナで分けている”という説は、大変おしいですね! たしかに、カタカナで表記される、欧米言語などの“外来語”には『お』がつきません。

『お』がつくのは、『おみそしる』『おふろ』『おみかん』など、ひらがなの中でも特に訓読みの“和語”の時。音読みの“漢語”では、『お』の代わりに『ご』がついて、『ごはん』『ごあいさつ』『ごしんせつ』のようになります。

ただし、『おりょうり』『おべんとう』のように漢語に『お』がつくケースなど、例外もあります」

【ギモン2】英語の「up」は、なぜ「ウップ」じゃなくて「アップ」って読むの?

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「ローマ字表記を習いたての娘に、“英語の『up』はなんで『アップ』なの?” “今日学校で『u』は『う』って習ったよ”と聞かれた。言われてみれば確かに……!と、自分も音とつづりの対応がわからなくなった」(54歳男性/その他)

川原「英語の発音と表記の関係、混乱しますよね。

まず、『up』の音は『あ』の音とは違うもの。日本語の母音は『a e i o u』の5種類ですが、英語は『あ』に近い音だけでも『up』『apple』『box』『ago』があり、ゆうに10種類を超える母音をもつ言語です。

それを限られた数のアルファベットで表記しているので、そもそも全部の音を表しきることができないシステムになっているんです。英語圏の子も苦労するくらいなので、お子さんが悩むのも当然です。

スペイン語やヘブライ語など、5母音の言語は世界でも多いですし、英語には多くある不規則な動詞の活用も日本語やスワヒリ語にはほとんどありません。

そもそも英語が世界標準のようになっているのは、“覚えやすい言語だから”ではなく、乱暴な言い方をすれば“大英帝国が各地を支配したから”。どの言語にも、“優れている/いない”はありませんが、英語がもっている特殊性を知った上で学んでいくのがよさそうです」

【ギモン3】ことわざの「名は体を表す」って本当ですか?

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「“名は体を表す”ということわざがあると思うのですが、あれって言語学的には正しいのでしょうか? 今度生まれる子どもの名前を考えており、気になっています」(33歳女性/主婦)

川原「言葉の音が、与えるイメージに影響をもたらす、というのはその通りです。これは言語学的には“音象徴”と呼ばれ、1つの研究分野になっています。

例えばポケモン。ポケモンを知らない人でも、『ピィ』と『グラードン』だったら『グラードン』のほうがなんだか強そう……と感じませんか? 『ピ』のような両唇を使う音は可愛い印象を、『グ』『ド』のような濁点は強そうな印象を与えるのです。

また、名前の長さについても、短ければ親しみやすい印象に、長ければ強そうな印象に繋がります。実際に、進化前のポケモンと進化後のポケモンを比べたところ、進化後のほうが名前が長くなり、濁点が増えるというデータが出ました。(同じような傾向が英語話者、ポルトガル語話者やロシア語話者のポケモン名に対する感覚でも確認されています。)

これまでに、プリキュアやディズニー、鬼滅の刃などのキャラクター名や、秋葉原のメイドさん、そしてお菓子の名前など、さまざまな題材を研究してきましたが、やはり名前とそのイメージには相関関係が見られました。

お子さんの名前をつける際、1つの要素として“その音からどういう印象を受けるか”を意識するのも、素敵な考えかただと思います」

【ギモン4】子どもが言葉を好きになってくれるような、楽しいゲームを教えてください!

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「3歳の息子は最近、言葉に興味が出てきたようで“しりとり”や“山手線ゲーム”にはまっています。他に親子でできる、言葉に親しめるような遊びがあったら教えてほしいです」(31歳男性/営業・販売)

川原「例えば、“わざと全部の濁点を無くしてしゃべってみる”というようなことでも、子どもたちはきっと楽しんでくれると思います。

私がよくやっているのは、娘たちに絵本を読むとき。その場の思いつきで、音程を全部平たく読んでお経風にしたり、『ふふふっ』という笑い声に半濁点をつけて『ぷぷぷっ』としてみたり。気に入った絵本を何度も読んでくれと言われて、もうさすがに飽きてきたな……という時におすすめです(笑)

それともう1案、“お子さんと一緒にラップをつくってみる”のはいかがでしょうか。韻を踏んだり、リズムに合わせたりするなかで、言葉をより深く楽しめるのに加え、ラップだと普段は話しづらいことも不思議と言葉にできるんです。

慶應大学の授業にゲストとしてラッパーの晋平太(しんぺいた)さんをお呼びして、学生たちに自己紹介ラップをつくってもらったことがあったのですが、その時もおおいに盛り上がりました。初対面にもかかわらず“昨日、彼女と別れました”とラップで告白した学生までいたほど。

晋平太さんには、11月20日に出る新刊『言語学的ラップの世界』でもインタビューさせてもらっています。小学一年生から80代まで、さまざまな人に向けてラップ教室をしている晋平太さんの話を聞いていると、誰にでも開かれたラップカルチャーの可能性を実感しますね」

【ギモン5】英語の発音は、子どもが小さいうちから学ばせた方がいいのでしょうか?

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「子どもが英語を読む特、いつもローマ字読みに引っ張られてしまっています。英語の発音は、小学校入学前の小さいうちから学ばせるべきだったのでしょうか?」(46歳男性/その他)

川原「私は言語教育の専門家ではないので、あくまで私自身の感覚としてですが、無理に焦って早期教育をする必要はないと思います。

私は今でこそ、アメリカの大学で教えたりするくらいには英語を話せていますが、小さいころから英語が好きだったわけではありません。好きになったのは、中3の時に行ったドイツでのホームステイで、“なんとか言葉が通じた!”という嬉しさを経験してから。それからやっと、しっかり勉強し始めましたが、それでも十分に間に合ったと感じています。

幸い妻も同じ考え方なので、我が家では子どもたちへの早期教育はしていません。信念を持っての早期教育であれば反対はしませんが、英語教室などの宣伝文句のような“発音がうまくなる!”という言葉に踊らされてしまうのは、親にとっても子どもにとってもストレスになってしまう可能性があります。もちろん、お子さんが楽しんでいるのであれば、それはそれでとても素晴らしいことです。

人間、最後はやっぱり人間関係がいちばん大事。幼年期・少年期は、受験のような“他者との競争”よりも、たくさん遊んで、お互いに助けたり助けられたりする経験こそが必要なのではないでしょうか」

正しい日本語なんてない!川原家の子育てで大事にしていること

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いちばん大事なのは人間関係!という川原先生。最後に、そんな先生が娘さんの子育てで意識していることを教えてもらいました。

川原「子育てをしていると、『わんわん』など幼児に合わせた言葉を使う場面もありますよね。以前、“幼児語を使うと、正しい言葉の習得が遅くなるのでは?”と聞かれたことがあるのですが、我が家では気にせず使っています。また、子どもに対して“正しい日本語を使うように”、と注意することもありません。

幼児語には、“子どもにとってわかりやすく、発音しやすい”という、れっきとした役割があります。小さい子に伝えるなら、『いぬ』よりも『わんわん』の方が向いているんです」

「同じように若者言葉にも役割があって、例えばそれは“友達と同じ文化を共有している”ということの表現だったりします。”正しい日本語”にこだわって無理してみんなと違う言葉遣いをするのは、“泥だらけになって遊ぼうよ!”と誘われているのに1人だけスーツを着ていくようなもの。遊ぶのを拒否している、とも受け取られかねません。

こんな風に、どんな言葉にもそれぞれの存在意義があって、それも時代とともに変化するもの。“間違った日本語”なんてないんです。この例に限らず、我が家ではできる限り子どもたちを尊重して、親の考え方で縛ってしまわないようにしたいと思っています。

親としても、言語学者としても、子どもたちにはいつも教わることがたくさんあります。子どもたちの指摘がきっかけで、新しい視点に気づけたことも。

我が身を振り返っても、大人だって、日々間違えてばかり。“大人が教えてあげる”のではなく、子どもも大人も対等な関係で、お互いにいい影響を与え合っていけたらいいですよね」


 

【教えてくれた人】

川原繁人(かわはらしげと)

慶應義塾大学 言語文化研究所教授。2007年にマサチューセッツ大学で博士号(言語学)を取得し、ジョージア大学・ラトガーズ大学にて教鞭をとったのち、現職。専門は音声学で、義塾賞(2022)、日本音声学会学術研究奨励賞(2016、2023)などを受賞。

現在は慶應義塾大学や国際基督教大学などで教えながら、「日本語ラップ×言語学」「ポケモン×言語学」などの斬新なテーマで研究・発信を続け、言語学の裾野を大きく広げている。書籍のほか、TV・ラジオへの出演も多数。

【ラップ好きの人にも、ダジャレ好きの人にもおすすめの最新刊!】

『言語学的ラップの世界』川原繁人・著(2023年11月20日発売・税込み1,870円・東京書籍)

日本語はラップに向いてる?向いてない? 韻に込められた「言葉遊び」を深掘り。これを読むと、きっと日本語の歌詞を聴くのがもっと楽しくなる!

Mummy-D(RHYMESTER)、晋平太、TKda黒ぶちといった、ラップ界の第一人者たちへのインタビューも収録。川原先生自身の「ラップが好き!」という気持ちが詰まった、「ラップ×言語学」の決定版。

【小学生のギモンに、言語学者が全力でお答え! 子どももママ&パパも、一緒に楽しめます】

『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか? ~言語学者、小学生の質問に本気で答える~』川原繁人・著(税込み1,870円・ディスカヴァー・トゥエンティワン)

言語の本質に迫る、小学生からの素朴な疑問の数々。「パピコ、ポッキー、アポロ、チョコパイ……お菓子の名前にパピプペポが多いのはなんで?」「習っていない『あ゛』を発音できる理由は?」

著者が実際に小学校でおこなった授業をもとにしているので、子どもはもちろん、大人にとっても読みやすい本になっています。子どもたちの目線ならではの、純粋で的確なギモンが面白い!

編集部・関口
編集部・関口

音楽&絵本&甘いものが大好きな、一児の父。文具や猫もとても好き。子育てをするなかで、新しいコトやモノに出会えるのが最近の楽しみ。少女まんがや幼児雑誌の編集を経て、2022年秋から『kufura』に。3歳の息子は、シルバニアファミリーとプラレールを溺愛中。

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