小学一年生などの学年誌を題材に、歴史と自分のつながりを描く
null『百年の子』は、小学館の『小学一年生』をはじめとする「学年別学習雑誌」(以下、学年誌)の歴史を題材にして描かれた小説で、架空の出版社に勤める若手社員・明日花(28歳)が主人公。
明日花はある時、今は認知症になっている祖母が、戦時中、自分と同じ会社で学年誌の編集をしていたことを知ります。令和と昭和、2つの時代を交互に描きながら、明日花が祖母の歴史をひもといていく過程を追った、壮大な物語です。
みなさんは、自分の祖父母がどんな時代を生きたのか、どう育ったのか、どれくらい知っていますか? 恥ずかしながら、私はあまり詳しく聞いたことがありませんでした。
今年の6月に祖父が亡くなり、その少し前から、病床の祖父にあれこれ尋ねて少しは知ることができたものの、未だに「あれを聞いておけばよかったなぁ」と思うことばかり。
祖父母が生きた時間や経験が、確実に父母に影響を与え、今の私をつくっているのだ……と頭ではわかっていても、戦時中に幼少期を過ごした祖父が何を考え、どんな風に暮らしていたのか、想像するのはなかなか難しいことでした。
そんな時、この『百年の子』を読んで、はじめて自分が生きる今と、祖父が子どもだった時代が1つにつながったように感じたのです。
「子どもの人権」の歴史は、まだたったの100年
null作中では、主人公の祖母・スエの視点で、第二次世界大戦の禍中を生きた人々の生活や葛藤が描かれます。登場する出版社は架空のものですが、綿密な取材に基づいて書かれており、描かれるできごとには史実、なかでも小学館の歴史とリンクする部分が多数あります。
小学館は1922年に『小学五年生』『小学六年生』を刊行したところからスタートしていて、今年で創立101年目。学年誌は、戦時中も低学年向けの『良い子の友』、高学年向けの『少國民の友』に統合しつつ、刊行を続けました。
「ウレシイナア、セウネンヘイニ ナル日ガ ダンダン チカヅイテクルゾ」……その頃の誌面には、戦争を賛美し、少年兵になることを是とする言葉が並びます。
子どもたちに「一人で学ぶことの楽しさ」を教えるために誕生したはずの学年誌が、軍部から発禁にされるのを避けるため、国策に協力してでも発行を続けた、その裏にあった葛藤。そして戦争が終わったあと、その反省を胸に、新しい時代の価値観を子どもたちに伝えていったこと。
そんな時代の移り変わりが、生々しく描かれます。
作中に、ある児童文学作家のセリフとして、こんな言葉があります。
「子どもを一人の人間として認める近代的な考え方が生まれてきたのは、世界的に見ても、ここ、たった百年くらいのことだ。
(中略)その百年も、社会情勢によっては簡単に覆るのが現状だ。未熟も未熟。近代的子ども観については、我々自身がまだ赤子であることを認めざるを得ない。
(中略)だからこそ、俺たちは考えなければいけない。鋳型にはめられないよう、自分の頭でしつこく考え続けなければならない。それが児童文学の仕事だと、俺は思っている」
戦時中に何が起きていたのか。自分の祖父母はどんな時代を生きてきたのか。それを知ることではじめて、自分自身や子どもたちが生きていく未来を「自分の頭で考え続けること」ができるのではないか、そんな風に感じました。
著者・古内一絵さんより
null記事化にあたって、著者の古内一絵さんに、この本に込めた想いを教えていただきました。
「『百年の子』は、学年誌百年に挑んだ作品です。実は学年誌は、日本にしかない形態の雑誌です。世界でも稀な学年誌の百年の歴史を追っていくうちに、その変遷は、そのまま日本の子ども文化史を映し出していることに気づきました。
太平洋戦争時、大政翼賛会監修の下、“死してのち生きる”と子どもたちに教えていた事実は恐ろしいばかりです。また、戦後以降は、民主主義に則り、子どもの人権を考える“近代的子ども観”に挑んだ先人たちの奮闘の記録もありました。
多くの方から当時の貴重なお話を聞かせて頂き、一年間かけて執筆した、久々の書下ろし作品です。一人でも多くの方に、この物語を楽しんで頂ければ幸いに存じます」
もちろんこの物語は、歴史の細部を描く大河小説であると同時に、あっと驚く仕掛けの詰まった仕事小説でもあります。そして、自分や家族のことをもっと知りたいという気持ちにさせる、家族小説でもあります。ぜひ、多くの方に手に取っていただけたらと願っています。
戦後78年目の「終戦の日」。これからの未来は…?
null『百年の子』を読んでからむかえた8月15日、78回目の「終戦の日」。私はJR御茶ノ水駅で電車を降りました。
向かったのは神田明神。
作中にも登場するこの神田明神は、1923年の関東大震災に伴う火災で当時の建物が倒壊・消失したのち、日本初の、耐火性を重視した鉄骨鉄筋コンクリート造の神社として再建。
そのため、1945年3月10日の東京大空襲では、周辺の地区の多くの建物が燃えてしまったなか、神田明神の社殿は焼失をまぬがれ、神田明神に避難してきた町内の住民たちも無事だったといいます。
戦後、町の復興のシンボルになったともいわれるこの神社を、この日に訪ねてみたいと感じたのです。
1923年の関東大震災から、今年の9月1日で100年が経ちます。そして、もう20年ちょっと経てば、第二次世界大戦の終戦も、100年前の出来事になります。
先人たちのつないできたバトンを、少しでもいい形で子どもたちに渡していくために。私自身も、家族や町で目にする建物といった「身近にある歴史」に目を向け、考え、そして伝えていけたらと思っています。
【取材協力】神田明神
『百年の子』古内一絵・著
(2023年8月4日発売/税込み1,980円/小学館)
誕生から100年を迎えた学年誌を題材にした大河小説。令和と昭和、2つの時代を行き来しながら、出版社に勤める28歳の主人公・明日花と、その祖母の目線を通して、過去から今につながるもの、そして現在や未来を生きるうえでの希望を描いていく。
人類の歴史は百万年。されど、子ども(の人権)の歴史はたった百年。
(中略)それは、女性の場合も同じだろう。戦後にようやく選挙権を与えられた女性の歴史は、まだ百年も経っていない。近代的子ども観と同様に、近代的女性観もまた、赤子同然だ。
(中略)しかし、子どもと女性に対する近代化が本当に実現すれば、百万年の悪しき循環に風穴があき、今を“戦前”とあきらめることも、必要がなくなるかもしれない。だから、考え続ける。格闘し続ける。この先もずっと。
(本文より)
『鐘を鳴らす子供たち』古内一絵・著
(2023年8月4日発売/税込み803円/小学館)
戦後の混乱期、復興の希望となった伝説のラジオドラマ『鐘の鳴る丘』に出演した子どもたちを描いた物語。彼らが演じたのは、当時、社会問題となっていた戦争浮浪児の役。戦争への負い目を胸に抱えた大人たちとともに、作り手側に立つことになった子どもたちが見た世界とは……?
『百年の子』に重要人物として登場する児童文学作家の男性の少年時代も登場します。
音楽&絵本&甘いものが大好きな、一児の父。文具や猫もとても好き。子育てをするなかで、新しいコトやモノに出会えるのが最近の楽しみ。少女まんがや幼児雑誌の編集を経て、2022年秋から『kufura』に。3歳の息子は、シルバニアファミリーとプラレールを溺愛中。