6歳の娘の寝顔が『ちいさなあなたへ』のはじまりでした
nullいまから22年前、ある夜のこと。3児の母であるアリスンさんは、当時6歳だった一番下の娘さんの寝顔を眺めながら、彼女のこれからの人生に思いを巡らせたと言います。そしてキッチンで書いた詩が、この本のはじまりです。
母が子の寝顔を見つめるように、その昔には母も祖母から見つめられ、わが子もやがて未来の子どもの安らかな寝息に安堵する日が来る。この世で、決して変わることのない母と子の連綿とした命の営みと絆。やがてアリスンさんの詩は、温かな挿絵とともに“Someday”(原題)という絵本になり、いまでは20言語以上に翻訳され、世界中で愛されています。
「私も3人の子どもを、ほぼひとりで育てました」
null私には、高校2年生の娘がいます。娘が5歳の時に離婚し、以来、小学校を卒業するまでは、その日その日を無事に乗り越えることで精一杯。娘の寝顔を眺める余裕もなく、ゴールの見えない障害物競走のような毎日でした。正直言って、当時のことは記憶もぼやけています。
そんな私が『ちいさなあなたへ』の表紙を開き、「ああ、これは……」と思いつつ、<いつのまにやら あなたは おおきくなって、わたしのあかちゃんは、わたしのこどもになった。>と書かれたページにたどり着くと、涙腺大崩壊。忘れていた“あのころ”の記憶と複雑な感情で胸がいっぱいになり、うぉんうぉん泣いてしまいました。
アリスンさんにそのことを話すと、「ええ、よくわかります。私も3人の子どもをほぼひとりで育てましたから」と、なだめるような柔らかい声が返ってきました。
「現在、この絵本は20言語以上に翻訳されていますが、“書店で立ち読みして泣きました”というメールや手紙が世界中から届きます。子どもとの人生は美しいけれども、とにかくめまぐるしくて毎日ヘトヘト。“Days are long, Years are fast(日は長く、歳月は短い)”とよく言われますが、まさに子育てはそれを実感します。自分に厳しくなりがちだし、逃げ道がないのよね」(アリスンさん)
「まず、自分の人生を愛すること。子どもはあくまでその一部です」
nullだからこそ、子育てに頑張る自分にやさしく接してあげてほしい、とアリスンさん。
「母はみな、この世でもっとも重要な任務を果たしているのです。そうでしょう? 住民がいなくなったら、国、引いては世界というものは存続不可能なのですから。私たちが育てているのは子どもという名の“未来”。本来、母の仕事はもっと評価されるべきなのに、実際は、十分な助けすら得られないのが現実です。だから、少なくとも私たち自身は、誇りをもって、ひとりの人間、女性、そして母としての自分を愛してあげないといけない。
私はいつも自分にこう言い聞かせていました。“アリスン、子どもたちにどんな母の姿を見せたい? つねに子どもたちの世話に追われて疲労困憊の姿? それとも情熱をもって自分の仕事ややりたいことに打ち込んでいる生き生きとした母親?”と。
子どもには“子ども達も含めて”自分の人生を愛している母の姿を見せることが、とても大切だと思うのです」
母にもひとりの人間、そして女性としての人生があり、子どもはあくまでその一部だということ。その姿勢をきちんと見せることで、子どもも自分の人生を全力で愛することを学ぶのだと、アリスンさんは言います。
「子育て全盛期は、時間ができるとキッチンやリビングでも執筆していたんですが、そうすると子ども達が“ママ、原稿をタイピングするの止めて!”って。私は“あら、そうですか。じゃあもう1日3回、食事ができなくなってもいいわけね”と返していました(笑)」
心にいまも生きる“ちいさかった私”を大切に
null『ちいさなあなたへ』は、母と子のための絵本と思われがちですが、アリスンさん曰く「性別や年齢を問わずすべての人々」が読者対象とのこと。だからこそ、<かなしい しらせに みみを ふせぎたくなるひもあるだろう。><ほのぐらい もりへさまよいこむことも あるかもしれない。>と、“人生の影”を含めることは不可欠だった、と語ります。発売から15年以上、全世界でロングセラーを続けている理由も、そこにあるのかもしれません。
「私は児童書を書くとき、必ず人生の明暗両方を伝えることにしています。なぜなら、私たちはみな、困難を跳ね返す強さをもち、切り抜け、傷を癒す力をもって生まれてきたから。どんな苦境にあっても、必ずそこには“希望”があります。深い悲しみを知るからこそ、人生の美しさもわかるのです」(アリスンさん)
基本的に大人のための絵本は手がけないという翻訳者のなかがわちひろさんは、原書を読んで「これは私のことだ。知人にも読ませたい」と、引き受けることに決めたと言います。
「最初は、この本は子育て中の女性向けの本だと思っていたのですが、いざ発売となったら、出産未経験のかたや“孫育て中”のかた、中学生や男性など、幅広い読者のかたから予想外の反響があって驚きました。
最近印象的だったのは、3歳児のお母さんの話です。『うちの子のお気に入りで、“ママ、読んで”と持ってきます』と。お母さんは、読み聞かせているうちに胸がいっぱいになって言葉に詰まったりするのだけど、そんなママの顔をお子さんがじーっと見つめているんですって、絵本の絵じゃなくて。そして最後はふたりで必ず“大好きよ”とハグ。そんな親子時間、素敵ですよね」(なかがわさん)
また、読者からの声として、「子どもが独り立ちするときに、この本を持たせます」というママも多いようです。
「私たちもかつては母の手にしがみつく子どもでした。そんな自分は、きっといまも心のどこかに生きていると思うのです。どうか、“ちいさかった私”を大切にしてあげてくださいね」(アリスンさん)
【作品情報】
『ちいさなあなたへ』(主婦の友社)
アリスン・マギー 著 ピーター・レイノルズ 著
なかがわちひろ 訳
1,320円(税込)
アリスン・マギー(Alison McGhee)
作家。アメリカ・ミネアポリス在住。絵本、児童書、YA、大人向け小説、詩と、あらゆる年代の読者を対象とした創作活動を行う。本書『ちいさなあなたへ』をはじめ、『きみがいま』(ピーター・レイノルズ/絵)、『たくさんのドア』(ユ・テウン/絵、いずれもなかがわちひろ/訳、主婦の友社)などがある。
なかがわちひろ
1958年生まれ。東京藝術大学卒業。子どもの本を中心に翻訳家として活躍するとともに作家・画家として絵本や童話作品を数多く手がける。『どうぶつがすき』(あすなろ書房)で日本絵本賞翻訳絵本賞、『天使のかいかた』(理論社)で日本絵本賞読者賞、『かりんちゃんと十五人のおひなさま』(偕成社)で野間児童文芸賞を受賞。翻訳作品に『ちいさなあなたへ』(主婦の友社)をはじめ、『せかいでいちばんつよい国』(光村教育図書)などがある。
フリー記者/編集者。これまで『女性セブン』(小学館)はじめ、