書こうとして初めて、さざ波のような子育ての機微が見えた
nullもともと親交があるお二人。「さとゆみさんが執筆する本はいつも文章が読みやすくて、活字が苦手な私でもすらすらと読める」と語る海老原さんですが、この本だけは例外だったそうです。その理由は?
海老原葉月(以下、海老原)「読み終わるまでにすごく時間がかかりました。なぜなら、エピソードの一つひとつを読むたびに、自分の子どもの顔が浮かんでくるから。息子たちとのできごとを思い出し、笑ったり泣いたり、ほっこりしたりと気持ちが忙しくて(笑)」
佐藤友美(以下、さとゆみ)「読みにくいという理由ではなくて、よかった(笑)。嬉しいです」
海老原「去年、離婚をしたんです。本の中に出てくる離婚にまつわる話(『「キミを守る」と誓ったけれど』)を読んでいたら、つい涙が。さとゆみさんの目に映る息子さんの振る舞いや言葉を読んでいると、そういえばうちも離婚のあとで長男が甘えてきたな、あのとき彼はどのように変化を受け止めていたのだろう、と息子の心をもっと知りたくなりました。
子どもと過ごす時間は、あまりに日常的だからさらさらと流れていってしまう。でも本当は、その中に大事にしたい瞬間がたくさんあるのですよね」
さとゆみ「私も、隔週の連載の締め切りがなければ、息子との会話や日常のできごとをここまで観察しなかったかもしれない。書こう書こうと目を凝らして見つめることで、息子との暮らしにある、さざ波のようなささやかな喜びや迷い、驚きといった心の動きが見えてきました。
『夜ごはんのときの会話、なんだか面白かった』『今日はちょっとだけ仲良くなったな』程度のことだけれど、それくらいの幸せが日々ちゃんとあるんだって」
「それってママの都合だよね」と子どもに言われて
海老原「本に出てくる息子さんは、『僕には僕の気持ちがある』とはっきり言いますよね。私の長男も、大人が自分の考えやルールを押しつけることに対して敏感なので、重なるところがあるんです。さとゆみさんは息子さんに対して、自立した大人として接していますね。親の私が答えを教えてあげなきゃ、といった態度ではない」
さとゆみ「以前から『子育て』という言葉に違和感があって。私、はたして子どもを教え、育てているのだろうか。もちろん、小さな頃からおむつを替えたりご飯を食べさせたりと、『お世話』をたくさんしてきました。だけど、それは子どもの考えを導いたり、あるべき姿を教えたりするのとは少し違う。
もうすぐ6年生になる彼の周りには私のほかにさまざまな人たちがいて、多種多様な考え方を示してくれています。それに触れながら、息子は勝手に育っている。親の影響は少なくはないけれど、彼の人生を決めるすべてではない。たとえ将来息子が素敵な人になったとしても、それは私の手柄ではないと感じます」
海老原「同感です。それにしても最近、うちの子は口が達者になってきて、しょっちゅう私が論破されるんですよ。正直、なぜわが子にここまで言われなくちゃいけないのだろう?って思うこともあるくらい(笑)」
さとゆみ「大人になると、うっかり自分の考えに自信を持ってしまうようなところがあるじゃない? 絶対間違いがないと思っているわけではないけれど、少なくとも誰かを傷つけたりおとしめたりするような気持ちは微塵もないです、って。
そうやって考えたことを伝えて、子どもから『でも、それってママの都合だよね』と返ってきたときの衝撃たるや(笑)。 たしかに私、自分の立場からもっともらしく正当化した考えを主張していることがある。自分のほうが間違っているかもしれない。子どもとの会話でそのことに気づいてからは、仕事相手や友人の言うことも素直に聞き入れられるようになった気がします」
海老原「うちは息子2人だから、もし今、親の力を使って無理やり言うことを聞かせるようなことをして、数年後『母ちゃんに復讐しよう』なんて本気を出されたら怖いって思う(笑)。できるだけ子どもたちと良い関係を築けるように、耳を傾けるようにしています。親の都合で言うことを、子どもはしっかり見抜きますね」
さとゆみ「本当にそう。今回の本について、息子には発売前に原稿をすべて読んでもらったんです。彼が『出版してほしくない』と言ったら、彼の気持ちを尊重しようと思っていたのですが、事実と違うところを二カ所だけ指摘されて、『あとは、ママの好きにしたほうがいいと思う』と言われました。
だけど、あらためて後日『この本を出してもいいけど、僕が、みんなに読んでほしいと思っているわけじゃないからね。ママが、この文章を僕だけじゃなくて、他の人たちにも読んでほしいんでしょ。その気持ちはわかるから、僕は優しい気持ちでいいよって言ったんだよ』と彼が言ったのです。
『この本は彼のための記録でもある』と都合よく考えていた私の気持ちを、見事に指摘されました。その上で『本を出していいよ』と言ってくれた」
海老原「子どもとはいえ、親とは異なる一人の人間なんだなと感じますね」
さとゆみ「息子には『あなたの言う通りだね。ママのしたいことを、優しい気持ちで許してくれてありがとう』と言いました。 つくづくタイトルの『ママはキミと一緒にオトナになる』のとおりで、一緒に育って、一緒にオトナになっているなって思います」
ドラマにならない幸せはある、今の世の中だからちゃんと言いたい
子育てしにくい時代と言われることが多い昨今。しかし本書の中で、息子さんのちょっとした言葉や行動を受けて、さとゆみさんが考えを巡らせたり、気づかされたりする様子は、「大変」だけではない子育ての一面を照らしています。
さとゆみ「ママ友たちとランチをしながら『こんなに大きくなったんだね』『大人めいたことを言うようになってきたけど、まだまだかわいいね』と話している内容って、わざわざSNSで発信するようなことではないんですよね。だからあんまり公に出ない」
海老原「私は朝、子どもたちが学校に行っただけで『今日もこの子たちは元気だ、ハッピー!』って思っています(笑)。疲れたときは『ちょっとハグさせて』と言って、エネルギーを回復してる。子どもが応じてくれたら『よし。これでご飯つくれるぞ』って。 子どものためだけに、私は生きているわけじゃない。仕事はもちろん大切。だけど、子どもがいてくれるから頑張れることもある。子どもたちのおかげで、今、私は生活を楽しめているのかなって思います」
さとゆみ「わかる。子育ての幸せな瞬間ってたくさんあるんだけど、大してドラマチックではない。だから、子育てが辛い、苦しい、孤独だといった声や、否定的なニュースのほうが拡散されていく力を持っている。
もちろん、いま辛い人、悩んでいる人の声はちゃんと取り上げられるべきです。それに、子どもを持たない人生を否定したり、子どもを持つべきだと主張したりする気はまったくありません。だけど、同時に『大変なこともあるけど、いいこともあるよね』くらいの幸せが子育てにあるということも、声に出して言っていいんじゃないかと思うんです。
息子に指摘されたように、私はこの本の文章を息子のためだけにこっそりしまっておくのではなく、世に出してみたいと思いました。『分断』が煽られがちな今の社会で、闘うための言葉ではなく、優しく日常を包むような言葉を、玄関先にそっと置くように同志のみんなへ届けかったから。そして、ゆるやかに手をつなぎたかった。
毎日お疲れ様です。いろいろありますよね。うちには今日こんなことがありました。そちらはいかがですか。そんな気持ちで書いた文章を『知ってる、知ってる。子育てってこういう感じ。そういえば我が家でも、いろいろあったね。でも、まあ悪くないし、結構楽しいよね』なんて思いながら、読んでもらえたら嬉しいです」
撮影/深山徳幸 取材・文/塚田智恵美
『ママはキミと一緒にオトナになる』佐藤友美・著(1,650円税込・小学館)
kufuraでの3年間の連載が書籍になりました!
息子(連載スタート時には9歳)と二人暮らしのシングルマザーが、彼との会話や子育てを通して見えてきた世の中のこと、家族のことを綴った3年間の記録。
実際に子どもが生まれてわかったのは、
「たしかにできなくなったこともあるけれど、
それ以上にできるようになったことの方がずいぶん多い」
ということだった。これは、私にとって、驚きの誤算だった。
(本文より)
佐藤友美さん(写真左)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学5年生の息子と暮らすシングルマザー。
海老原葉月さん(写真右)
元汚部屋の住人から整理収納アドバイザーへ転身し、現在ではテレビ出演多数。仕組みを整える節約術を発信中。
Instagram(@hazuki39home)