「ここ、わかってたのにミスった」
null出張帰り、駅に着く時間が同じくらいになりそうだったので、ご飯でも食べようと、塾帰りの息子(小5)と待ち合わせした。
改札を出ると、それらしき子がいない。キョロキョロしてたら、「え? あれ、うちの子か?」ってなったのが、壁にもたれてテストの問題を見直してる少年だった。うちの子やん。 え、うそ。待ち時間に、テスト見返してるなんて、となった。
過去に一瞬進学塾に通って大変な目にあった息子氏は、それ以来、「中学受験は絶対しない」「塾にも行かない」と主張していた。
まあ、私自身も、中学受験するとなると親が大変だって聞くしなあ、とちょっとホッとし、ここぞとばかり息子と旅行したり遊びに行ったり映画を観にいったりしていた。
中学生になったら、親と出かけることを嫌がるようになるかもしれない。今のうちに堪能し尽くそう。そんな気持ちもあったと思う。
とはいえ、お出かけdayは良いとして、普段のキミ、あまりにも毎日ゴロゴロSwitchと YouTubeの行ったり来たりなのもいかがなものかなあと思っていたところ、お友だちのママが、うちから一駅のところにある塾を勧めてくれた。
「すごくアットホームで、のんびりした塾だから、マイペースで勉強したい息子氏に合うかもしれないよ」と。
そこで試しにと、5年生になってすぐに体験授業に行ってみると、クラスには彼の他に1人しか生徒がいなかった。ほぼ、マンツーマンだ。そういう空気もよかったのかもしれない。「国語も算数も面白かった。続けてみたい」と言う。
へええ、と思ったのだけど、以前通っていた塾に比べて信じられないくらい良心的なお値段だったこともあり「うん。じゃあ、いいんじゃない」と、伝えた。それが、待ち合わせの数ヶ月ほど前のことだった。
このときは、塾で小テストがあったようだ。駅で「久しぶり、ただいま」と言ったら、「ここ、わかってたのにミスった」と言いながら、テスト用紙をバッグに戻す。
「へええ、勉強楽しい?」
と聞くと
「いや、それほどでも」
と答える。
その日は久しぶりに一緒にご飯を食べた。
「勉強は面白い?」「いや、そうでもない」
自分の子どもを馬に喩えるのはどうかと思うが、こと、息子と接していてよく頭に浮かぶ言葉は、
「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」
ということわざだ。イギリスのことわざらしい。
よかれと思って環境を与えても、本人にその気がなければ始まらないといった意味だという。
そうか、彼にとっては、今がそのタイミングだったのかと感じる。
水辺に連れて行ってくれたのは、多分、塾の先生やクラスのお友達だろう(その後クラスは5人になったと言っていた)。
それ以降、リビングで勉強をしている姿をよく見るようになった。
学校の宿題をやっているのか、塾の宿題をやっているのかはわからないけれど、なにやら鉛筆を走らせている。
家に帰ってきたらすぐに宿題に手をつけるのは、私と真逆の性格だ。まずは気に掛かることを終わらせてしまい、そのあと存分にSwitchやYouTubeにいそしみたいようだ。
彼は昔から、好きなものを最後に食べるタイプだけれど、そういうのが普段の生活にもあらわれているのかもしれない。
「塾、楽しい?」
と聞くと
「うん、楽しい」
と言う。
「どんなところが?」
と聞くと、
「友達が」
と答える。
最後にもう一度
「勉強、面白い?」
と聞くと、
「いや、そうでもない」
と言う。
「勉強してもいいかなーって思った」
この夏休み、息子氏は北海道のおばあちゃんの家に行っていた。
1週間くらい向こうで過ごした頃だっただろうか、突然、LINEがぴろんと鳴って、「ねえ、家庭教師の先生に来てもらいたい。無理?」と連絡がきた。
びっくりした私は彼に電話をかけ、
「え? どうしたの?」
と聞くと
「あ、まあいいや。東京に戻ったら話す」
と言う。
北海道で彼は、いとこたちと過ごしていた。
勉強好きのいとこたちの影響を受けたのだろうかと思っていたら、どうやらそうではないらしい。
「暇すぎて」
と、東京から帰ってきた彼は言う。
「なんか、予定があったほうがいいかなと思って」
と。
どうやらSwitchとYouTube三昧の夏休みに飽きたようだ。あとから、Switchの見守り機能を見たら、1日10時間もゲームをしていたみたいだ。まあ、それは飽きるかもしれない。
そっか、わかったと私は、ネットで検索をしてみる。
「勉強嫌いな子のための家庭教師」という売り文句が目に入ってくる。こういうのがいいかもしれないな。そう思った私は、早速問い合わせをしてみた。すぐに、オンラインで面談をしてくれるという。料金は、覚悟していたお値段の半分くらいだった。
zoomに現れたチューターさんは、テンションの高いお兄さんだった。
「ママに勉強しろって言われたの?」
と質問されて
「いや、この人は、今まで僕に勉強しろって言ったことがない」
と答える息子。
「じゃあ、自分で勉強したいと思ったの?」
と聞かれ
「うーん、勉強したいわけじゃない。してもいいかなーって思った」
と答えている。
横で聞いていて、ちょっと笑ってしまう。
「あ、中学受験はしないです」
と、付け加えている。
無事に面談を終えた彼に、チューターさんは「一番合いそうな先生をご紹介します」と言う。 後日、メールで送られてきた先生候補のプロフィールを見ると、10代だった。そうか、大学生って10代か。
「ちょっと緊張するね」
と、彼は言う。
「うん、いい先生だといいね」
と、私は答える。
我が家に家庭教師の先生がやってきた。
画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉
◼︎連載・第51回は9月25日(日)に公開予定です。
佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。
著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学5年生の息子と暮らすシングルマザー。