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「ボクは、勉強の才能がないと思う」【ママはキミと一緒にオトナになる#30】

コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、10歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第30回。今回は「自分には勉強の才能がない……」と話す息子とのやりとりから。

「好きでやっているわけないじゃん」

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「ボクは勉強が好きじゃない。すごく辛いし、向いてないと思う」
と、涙目で言われたら、なんて答えればいいんだろう。

夏休み中のことだ。
息子氏(10歳)が、「ボクは、パパやママのように、勉強の才能がないと思う」と訴えてきた。

「小学4年生の夏休みは、中学受験のスタートライン」などと言われる。周りのお友達も、夏休みは塾通いをしている子が多かったようだ。
中受の塾から離脱した(連載#23「進学塾、その後。」)我が家はというと、北海道の実家に帰っていた。そこで息子は、「ばあばと一緒に、毎日3時間勉強をする」という約束をして、オリンピックをちらちら横目で見ながら、宿題やらワークやらをやっていた。

どんどんできる問題も増えていたし、今日は朝のうちに3時間終わらせた。今日はここまで進んだと報告してくるので、少しずつ勉強が楽しくなっているのかな、と勝手に思っていた。
どうやら、そうではなかったらしい。

「好きでやっているわけないじゃん。今だって、3時間の約束を守らないと、スイッチもユーチューブも見せてもらえないから、イヤイヤやってるだけだよ。勉強しなくてもいいなら、絶対にしないよ」
と、のたまう。

「でも、ママは、勉強しなければゲームさせないと言ったことは一度もないよね?」
と答えると
「じゃあ、1分も勉強しなくても、ゲームしていいわけ?」
と聞いてくる。

「うーん……そうねえ……」
と口ごもると
「ほら、やっぱりそうでしょ。いいんだよ。『3時間やらなきゃ、ゲームさせない』ってはっきり言えばいいんだよ。ボクちゃんと勉強するから」

ぐうの音も出ない。

それを言う母親になりたくない

「勉強しないなら、遊びに行かせません」
と、のび太のママのようにきっぱり言えたら、話は簡単だ。だけど、それを言う母親になりたくないという気持ちが、話をややこしくする。

逆に
「勉強なんかしなくていいよ。好きなだけ遊べばいい」
と心の底から言えたら、それはそれで幸せだと思う。でも、そうはっきり言い切れるほど私は肝が座ってない。

私も元夫も、しずかちゃんや出木杉くんのように、何も言わなくても勝手に勉強するタイプだった。だから、のび太くんにとって、何が一番よいアドバイスなのか、見当がつかないのだ。
しかも、助けてくれるドラえもんはいない。

この私の葛藤は、解決策のないまま、この夏休みの間じゅう、ずっと続いた。
その間も、彼は「3時間の勉強、それ以外はゲームとユーチューブ、そして私と行くプール」という生活を淡々とくり返していた。

後ろ髪引かれる思いだったけれど、出張が入っていたので、私はそのまま北海道の実家に彼を残して帰京した。
ときどきばあばに悪態をつきながら、それでも毎日、勉強をしながら(ときどきサボり)過ごしていた夏休みだったらしい。

そっちで勝負しなくていいんだ

私には弟が一人いる。彼も、出木杉くんタイプだった。
というか、当時弟と同じ学校に勤務していた父が言うには、父親の教員人生で一度も見たことがないほどのIQを叩き出していたらしい。

私たちが育った家には、父の趣味である西村京太郎さんのミステリーが100冊近く並んでいたのだけれど、小学校低学年の弟は、それを全部読破していた。背表紙を指差すだけで「この本の犯人の名前は○○で、トリックはコレ」と、そらんじる。

うっかり同じ本を読んでは、最後の10ページになって「あれ? これ読んだことあるな」と気づく私とは、脳の作りが違うと思った。

当時のことで、鮮烈に覚えていることがある。母が、あらためて話があると私を正座させたのだ。

「あのね、お父さんとお母さんは学校の先生だから、人間はみんな平等だと学校で教えます。でも、平等ではあるけれど、それぞれの能力には差がある。あなたも気づいていると思うけれど、同じように育てても、あなたと弟はずいぶん違った能力があると感じています。でも、弟のように頭が良くなくても、ゆみにはゆみの別の素敵な才能があると思うから、それでいいんだよ。弟と比べることはないからね」

そんな話だった。私が小学校5年生、弟が2年生のときだった。

ちなみに
「別の素敵な才能って?」
と聞くと
「明るいところとか、元気なところとか」
と言われた(笑)。

後年、この話を母にしたところ、「全然覚えてないわー」と言っていたけれど、私ははっきりと覚えている。このときに、大げさかもしれないけれど、人生全般に対してすごく肩の荷がおりたというか、すっと気持ちが楽になったのだ。
別に、それまで辛かったわけではないし、弟と自分を比較して落ち込んでいたわけでもない。でも、母の言葉で、私は楽になった。

そっか。
別に頭の良さだけが才能じゃないんだ。
私、そっちで勝負しなくていいんだ。
そんな感じ。

勉強を、なんでしなきゃいけないのか問題

ひるがえって我が家の話です。
「ボクには、勉強をする才能がない」
と言った彼は、いったいどんな言葉を待っているのだろうか。
いや別に、何も待っていないのかな。

「勉強が嫌いなのに、なんでしなきゃいけないのか」
問題は、まだ棚上げされたままだ。
私もだんだん「やりたくないなら、やらなくていいんじゃないかな」という気持ちになっている。
やりたくない状態でやる何かほど、身にならないものはない。

「勉強以外で、何か、面白いと思えるものができるといいね」
と言うと
「うん、スイッチは面白い」
と言う。まあ、それはそうであろう。

なんとなく我が家では、宿題が終わったら、スイッチをやっていいという空気感だけが残ってずるずると小学4年生の2学期がスタートした。

4年生の後半戦、どんな時間になりますやら。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第31回は10月31日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)

ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。

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