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「待てる親」になりなさい【ママはキミと一緒にオトナになる vol.26】

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コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、10歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第26回。今回は、昨年亡くなった、さとゆみさんのお父さんのお話。長く教師を勤められたお父さんならではの、子どもを見つめる目線です。

「できない理由」を考える

昨年亡くなった父は、小学校の教員だった。

あれはいつのことだったか。
上京した父と一緒に公園の近くを歩いていた時のこと。少年野球をしているグラウンドのほうから、コーチらしき男性の大きな声が聞こえてきた。
「どうしてそんな大事なところで、ミスするんだよ!」

その声を聞いて、父は顔を曇らせた。

「子どもだって、ミスしたくてしてるわけじゃないよなあ。『どうしたらミスしなくなるのか、教えて、先生!』って言いたい気持ちだと思うよ」

父は、子どもたちが「できない理由」を、とことん考える人だった。

「昨日の遠足、どうだった?」と聞くと、クラスの子たちは我先にと感想を伝えようとするのに、それを作文に書いてというと、突然固まってしまう。
話し言葉と書き言葉にはどんな違いがあるのだろう。何が子どもたちを書けなくさせているのだろう。
そう考えた父は、独自の作文指導法を考えた。

以前kufuraの記事(今話題の「子どもの作文力が身につく」ドリル本。試してみたら…)でも紹介してもらったのですが、ゲーム的に語彙を増やすとか、助詞を使わないとか、型に当てはめてみるとか。子ども目線で考えられた作文メソッドは、物書きの私から見ても、とても斬新で本質的で勉強させられた。

「この子、左利きだぞ」

息子氏(10歳)が左利きであることを、最初に見抜いたのも、父だった。

あれは彼が3歳になるころのことか。実家に連れて帰ったときに、母と私で彼をテニスコートに連れて行ったことがある。私たち家族は全員ソフトテニスをするので、息子氏にもラケットを持たせてみようと思ったのだ。

ところが彼は、驚くほどの運動音痴だった。ボールが目の前をゆきすぎてからしばらくたって、ラケットを振る。いち、にっ、さん、と声をかけるが、タイミングが全然あわず、ラケットに当たる気配がない。

家に帰ってからそのことを父に伝えると、「へええ」と聞いていたが、次の日、父は彼をテニスコートに連れ出した。
私はその時、同行しなかったのだけれど、帰ってきた父は、
「ゆみ、この子、左利きだぞ」
と言ったのである。

父はどうしてラケットにボールが当たらないのかを観察していて、はたと、右手では打ちにくいのかもしれないと思ったそうだ。
ラケットを左手に持ちかえたら、突然ボールが打てるようになったという。

それまで、自分の子どもが左利きかもしれないなんて考えたこともなかった。
運動神経が鈍い子なんだなと思った私と違い、父は、できない理由はなんだろうと考えた。
さっさと子どもの限界を決めて見限った自分が恥ずかしくなった。

この頃から彼は、スプーンもクレヨンも左手で持つようになった。テニスラケットを振った感覚から、こっちのほうが楽だ、と気づいたのだろう。

一番大事なことは、待つこと

九九を教えている時もそうだった。

「かけ算が嫌いだと言って、やりたがらないんです。家でも勉強を見てあげてもらえますか」と担任の先生に呼び出されたくらい、彼は九九が言えなかった。

これまた実家に帰省した時、元数学教師の母が根気強く九九を暗記させようとしてくれるのだが、何日たっても覚えられない。
最後には癇癪をおこす息子氏を見て「私、これまでの教師生活で、ここまで九九が覚えられなかった子、はじめて。ひょっとしたら数字に対する認識に障害みたいなものがあるのかもしれない」と、母は言った。
「そっかー。じゃあ、今度専門のところにかかってみようかな。東京戻ったら、考えてみる」 と、私は答えた。

そんな私たちの様子を何日か見ていた父は、ある日、
「息子氏、じいじとかけ算やってみようか?」と、声をかけた。そして、
「にいちが?」
と、問いかける。
彼は、
「2」
と答える。
「ににんが?」
と聞くと、
「4」
と答える。
驚いたことに、彼は、そのまますらすらと2の段を答えていった。
3の段も4の段も同じだった。

父は、私を振り返って言った。
「この子、かけ算はわかってるよ。九九が言えないだけで」
と。

どうやら息子氏は、「ににんが」とか、「しろく」と言った特殊な言い回しが覚えられていないだけで、「2×2=4」「4×6=24」は、理解していたようなのだ。
母と私は、びっくりして顔を見合わせるだけだった。

じいじに認められたのが嬉しかったのか、彼はその日から少しずつ九九の暗唱に前向きになっていった。

父は、教育者ではあったけれど、私の子育てにはまったくといっていいほど口を出さなかった。
ただ、「待てる親になりなさい」という言葉は、何度か言われた。 「親にとって、一番大事なことは、待つことなんだよ」と。

お盆のころ、ふいに思い出した父の言葉の話でした。
「生まれ変わっても、また、教員になりたい」と言って死んでいった父でした。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第27回は9月5日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)

ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。

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