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「いたまらない」でいられる理由【ママはキミと一緒にオトナになる vol.25】

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コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、10歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第25回。今回は、北海道に帰省して改めて感じた方言ならではのニュアンス、そして息子が「陽キャ」になったきっかけのおはなし。

北海道ならではの、おおらかさ

この夏休みは、息子氏(10歳)と二人で、北海道の私の実家に帰省している。

私を幼稚園の頃から知っている近所のおばちゃんたちと話すと、北海道弁のあたたかさを感じて、帰ってきたなあという気がする。

普段、「北海道弁」を意識することはあまりない。方言の強い地域に比べると、北海道の言葉は比較的クセが少ないと思う。それでも、帰省すると、ときどき「ああ、この言葉懐かしいな。この感じはこの言葉でしか表せない」と思う瞬間がある。

たとえば、北海道では、お米を炊く前に吸水させることを「うるかす」という。「お米、うるかしといて」みたいな感じで使う。
北海道は寒いので、しっかり給水させないとお米がぱっさぱさに炊き上がる。これは私の勝手な予想だけれど、日常に欠かせない行動だから、必要に迫られて「うるかす」という動詞が誕生したのではないか。

手袋は「はめる」ではなく、「はく」という。靴下や靴と同じです。手袋もやはり、冬は毎日使うものだから、指輪のようにときどき「はめる」ものではなく、靴下のように日常的に「はく」ものとみなしているんじゃないかな、なんて思っている。

「したっけ」という接続詞も、多分、北海道特有のものなのではないか。「そうしたら」とか「〜したら」とか「それなら」といった順接の接続詞なのだけれど、「でも」とか「けれども」といった逆説の接続詞にも使う。めちゃくちゃ適当で便利な言葉だ。

「したっけ(そうしたら)、車で送ってあげるよ」
とも言うし
「したっけ(でも)、冬道の運転、心配だわあ」
とも言う。
あげくの果てには、バイバイのかわりに
「したっけねー」
なんて言って別れる。

北海道人はおおらかだと言われるけれど、こういう言葉にも、そのおおらかさというか、ざっくりした感じが漂うなあと感じる。

今回、帰省中に、「ああ、この言葉好きだな」と思ったのは「いたまらない」という言葉だ。漢字をあてるとしたら、「痛まらない」になると思う。
どんなときに使うかというと、
「あんなに叱ったばかりなのに、もうけろっとして。全然いたまってないね」
とか
「あの子は、試合中にどんなにピンチになっても、全然いたまらない子だね」
のように、使う。

「気にしない」とか、「必要以上にくよくよしない」とか、「傷つかない」とか、そういう意味なのだけれど、どの言葉もしっくりこない。私にとって、この感じはやっぱり「いたまらない」としか表現できない。

おしゃべりできる友達が、できたから

まだ夫と暮らしていたとき、「息子氏は、本当に明るいよね。あの子のあの明るい感じは、本当にゆみさんに似ていて、微笑ましく感じる」と言われたことがある。

私と夫は、性格が真逆というくらいに違った。
夫は、真面目で繊細で、常に危険側の予想を立てる人だった。時間に厳格で、待ち合わせ場所に遅刻してきたのを見たことがない。

私は、ざっくりしていて適当で、常に安全側のゆるい見積もりを立てる。何かあっても、まあ、死にはしないでしょと思う。
お財布を落としたら(とてもよく落とす)、「今度こそ落とさないようにしよう」と思うよりは、「あー、中のお金全部使っておけばよかったなー」と思う。失敗が身にならないタイプだ。宵越しの銭も持たないし、宵越しの反省もできない。

息子氏は、そんな私たちの血をそれぞれ引いている。

夏休みになった瞬間に宿題を終わらせるのは、父親の血だろう。勉強時間は1日3時間と決められたら、必ず午前中に終わらせるのも、間違いなく父親の血だ。

一方で、どんなに叱られても、大喧嘩しても、15分後にはけろっとして話しかけてくるところなどは、完全に私に似ている。その様子を見て母が「あんたも、息子氏も、本当にいたまらないねえ」と、なかば呆れている。

息子氏が「いたまらないってどういう意味?」と聞くので、「うーん、嫌なことがあっても、すぐに立ち直ったり、明るいことかな」と答えると、「僕は、小学校2年生のときに、隠キャから陽キャになったんだ」と言う。

「へええ、何かきっかけがあったの」
と聞くと
「サッカー部に入ったから」
と答える。
「おしゃべりできる友達ができたから、明るくなったんだ」と言う。

ふーん。
と、そのときは聞き流していたんだけれど、よくよく考えると、それは本当に真理をついているなと感じた。
友達がいて、話ができると、明るくなれる。
それはたしかにそうだ。このコロナで、気軽に人とおしゃべりできなくなってから、人と会い会話することの大事さに気付かされた。

たとえば私が仕事で失敗したとしても、あまり「いたまらない」でいられたのも(本当はもっと反省したほうがいいのかもしれない)、次から次へと人に会うから、前の失敗を引きずれないという物理的な理由があったと思う。
最近は、人と会わないから、あまり切り替えがきかない。

「そっか、サッカー部に入ってよかったね。友達って大事だねー」
と、そのときは適当に受け流していたけれど、ほんとうに大事だなあって、今、そのときの会話を思い出している。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第26回は8月22日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。

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