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進学塾、その後。【ママはキミと一緒にオトナになる vol.23】

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コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、10歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第23回。今回は、かなり苦労して入った塾での、その後のおはなし。

「怒らずに聞いてくれる?」

「あのう……。話があるんだけど、お母さん、怒らずに聞いてくれる?」

ある夜、息子氏(10歳)がそう切り出してきたとき、何を言うかはだいたい想像ついてたよね。

私がうなずくと、彼は私の目をまっすぐ見て、
「ごめんなさいだけど、塾、やめたい」
と言った。

そして、私が口を開く前に
「わかってる。ぼく、入塾試験に受かったとき、ママに『体験授業受けなくていいの? あとでやっぱりやめたいって言わない?』って聞かれて、『ぜったい言わない』って答えたよね」

「うん、そうだったね」
「あれ、すごく後悔してる。だから、僕が悪い。けど、やめたいんです」

以前このコラムにも書いたが、3年生の3学期、息子は中学受験をしたいと言いはじめた。そして、塾の入塾試験にやっと受かったばかりだった (連載19回「入塾試験が教えてくれたこと」)。

彼が塾に通い始めてから1カ月が経つ。回数にして8回くらいか。
やめたい理由を聞くと、授業に全然ついていけないと言う。ついていけないから、宿題もよくわからないそうだ。

たしかに塾の宿題は多かった。

もともと家庭にはそれほど負担がかからない塾だと聞いていたけれど、それは、塾が終わった後、みんな21時まで居残り学習をして宿題を終わらせて帰るかららしい。
しかし、授業についていけていない彼は、居残り学習でも何をやっていいのかわからず、「あそこにいるくらいなら、ばあばに宿題を教えてもらった方がいい」と、家に戻って来ていた。
塾に通うようになってからは、北海道に住むばあばに、オンラインで宿題を教えてもらうのが日課になっていた。

突然、都会の中学受験に巻き込まれたばあばも大変である。

私の母は、元数学の教師だ。小学校に勤めていたこともある。しかし、72歳になってまで
「電池の直列と並列って何?」
とか
「信濃川の次に長い川って何県にあるの?」
とか、聞かれることになるとは思っていなかっただろう。

私はというと、彼が塾に入ってから、楽しみだったボルダリングに一緒にいけなくなった。
「そんなことやってたら、宿題終わらない」と言う。
私も、正直言って、これでいいのかなあと思っていたところだ。
さて、どうしたものか。

この時は 「キミの気持ちは、よくわかった。ただ、まだ塾に入って1カ月だよね。だからついていけないのかもしれない。とりあえず、夏期講習が終わるまでは通ってみようか。そこまで通っても嫌だと思ったら、また話して。そのときは、やめることにしよう」と言ってみた。

彼は、こくんとうなずいて、自分の部屋に戻っていった。

「習ってないことを聞かれるんだよ!」

誰に似たのか、息子氏は昔から時間に対して厳格だ。

サッカーの練習には誰よりも早く到着するし、夏休みの宿題は最初の数日で終わらせる。毎日の日記まで、7月のうちに適当に書き終えてしまう。
やるべきことが終わっていないと落ち着かないらしい。
爪の垢を煎じて私に飲ませてほしい。

そんな彼だからこそ、塾の宿題はプレッシャーだったようだ。

「だって、習ってないことを聞かれるんだよ!」
と泣きついてくる彼に
「いやでも、中学受験だけじゃなくて、社会に出てからも、習ってないことしか聞かれないよ。いまわかっていることを組み合わせて想像したり、自分で調べたりすることが大事なんじゃないかな」
と、伝えてみる。

が、そう言いながらも、本当にそうだろうかと考えている自分がいる。

自分が知っていることを組み合わせて、自分が知らないことに対して予測を立てる。
それができるのって「考えることが面白い」と思えるようになってからじゃないか?
その前に知ることや考えること自体を嫌いになっちゃったら、元も子もないのでは。

たとえば息子氏は
三角形の内角の和は180度です。この三角形のひとつの内角が50度、もうひとつの内角が70度のとき、残りの内角は何度?
という問題があったとき、

三角形の内角の和は180度です
の一行目でつまずく。

どうして180度なの?
どうやって証明したの?
毎回180度っていえるの?
ひとつの例外もなく、かならず?

みたいなことが気になるようだ。
180−70−50=60度 と、
何の疑問も持たずに計算できた私とは違う。

母も子も、悶々としながら過ごしていた6月のある日、決壊が訪れた。

「“つみあがっている”気がする」

学校から帰ってきた気配がしたので、仕事部屋を出て覗いてみたところ、息子氏が玄関で派手に泣いていた。

「どうした?」
と聞くと
「今日、塾に行きたくない」
と言う。

「その話は、前にもしたよね。夏休みが終わるまでは通うってお約束しなかったっけ」
「そうなんだけど、もう、限界なんだ」
「どんなところが?」
「ぼく、頭が悪いから、塾にいる間、先生が何を言っているのか全然わからないんだ」
「……」
「だから、あそこにいても、ただ座っているだけで本当につらいんだよ」
「でもそれは、君がみんなより遅れて塾に入ったから、今はまだわからないだけじゃなくて?」
「いや、ちがう。だって、ぼくといっしょに入ってきた子はもう上のクラスにいってる。ぼく、頭悪いんだよ」
「うーん、でも前にも言ったけど、ママはキミが頭悪いとは思わないよ」
「それは僕がママの子どもだから、ママがそう思うだけだよ。みんなはぼくのことバカだって言うもん」
「ありゃ。バカだって言われるの?」
「塾ではいっつもバカにされてるよ」
「そっかー」

よく見ると、泣いてるだけではなくて、ときどきチックが出ている。
これはもう、無理に通う理由、ないんじゃないかと思う。

「わかったよ。じゃあ、これからどうしたいの?」
と聞いた。
「ぼくは、ばあばと勉強したい。ばあばの勉強は、“つみあがってる”って気がするんだ」
「つみあがってる?」
「そう。ぼくが算数や国語が少しずつ点数良くなってきたのは、毎日ばあばとつみあげてきたからだと思うの」
「うん」
「だから、これからは毎日ばあばと勉強したい。ばあばとがんばる」

私が彼に 「わかった。じゃあ、そうしよう。でも、ばあばがいいよって言ってくれたら、ね」
と答えると、彼は顔をあげて
「うん、お願いしてみる」
と、言う。

早速、ばあばに電話をしたようだ。
「ばあば、いいって!」
さっきまで涙で濡れていた目が、いまはキラキラしている。そして
「今日は? 今日は塾に行かなきゃだめ? 今日からばあばと勉強するのじゃだめ?」と、
上目づかいで聞いてくる。
「うん、いいよ。じゃあ、塾やめる手続きするけど、いいかな?」
というと
「やったー!」
と笑顔になる。そして
「ママ、また、一緒にボルダリングに行けるね」と言う。
小悪魔か。

こうして、入塾対策に半年かかった佐藤家の塾通いは、2カ月も経たずに終わりを迎えた。
偏差値は23から32になっていた。相変わらず、伸びしろしかない。

長生きしてくれるとありがたいです

その日の夜、私も母に電話した。

母は、
「私も塾はやめてもいいんじゃないかなと思ってたんだよね」
と言う。

「息子氏、理由がわからないと前に進めないタイプだから。一度あれっ? って思うと、先生の話が耳に入ってこないんだろうね」
と、母。
「うん、私もそんな気がしてた。というわけで申し訳ないんだけど、毎日付き合ってくれると嬉しい。ルールはお母さんが決めてくれていいから。そのルールは遵守させます」
と、私。

「あと、ご負担おかけしますが、なるべく、長生きしてくれるとありがたいです」
と伝えると
「うん、それ、息子氏にも言われた」
と、母は笑う。

退塾したあとも、家には入金した月のぶんまでのテキストが郵送で届いた。
彼はそれを大事そうに自分の部屋に持っていく。ばあばとひとつずつ「つみあげる」のに使うようだ。
夏休みは、北海道のばあばの家で、「強化合宿」するらしい。仕事ですぐには行けない私を置いて、彼は一人で実家に前乗りする。

小学4年生。
いやはや、この先どんなことが、待ってるのだろう。
楽しみな気持ちも、伸びしろしかない。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第24回は7月25日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。

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