「中学受験ってなに?」
nullエックスデーは突然きた。
家で平和にお夕飯を食べているとき、突如息子氏(9歳)が聞いてきたのだ。
「ママ、中学受験ってなに?」
口に運んでいたカキフライにむせた。
「ち、中学受験?」
私、悪いことをしているのが見つかった時みたいに、声がうわずる。
「うん、クラスのみんなが話をしていてさ」
あー、ついにキミも知ってしまったか。中学受験……。
・・・・・・・・・・
現在、都内に住む小学生の私立中学進学率は2割弱だという。
私は中学受験に対して賛成の立場でも反対の立場でもない。けれど、ママ友たちの話を聞いて、なんだか親の負担が大変らしいという印象は持っていた。
なんでも、塾への送り迎えが大変だとか、毎日2時間宿題に付き合ってあげなきゃいけないとか。
同級生には、すでに進学塾に通っている子も結構いるみたいだ。中学受験のことを、「ちゅーじゅ=中受」と呼ぶことも最近知った。
仕事がら時おり目に入る書籍や雑誌には、「中受の結果は母親の偏差値と努力に比例する」などと書かれている。こ、こわい。
夏休みの宿題は最終日どころか実際の提出日の前日までやらなかった私が、乳幼児期に予防接種をコンプリートするのにうげってなった私が、そんな計画的で継続的な努力なんて……無理な気がする。
というわけで、この問題には目をつぶってきた。
うん、息子氏に何か聞かれるまでは、とりあえず黙っていよう。
で、3年生の3学期。
ついに、つかまりました。
「中学受験ってなに?」
のんべんだらりと過ごしていた佐藤家に、爆弾が投下されます。
「自分で中学校を選んでみたい!」
なるべくなら、私が大変なのは嫌だなーと思う利己心と、
いやでも子どもにも機会を得る権利はあるよなーという親心との間で、
ほんの3秒揺れました。
が、ここは、ちゃんと話そう。
「いま、キミにはたくさん小学校のお友達いるでしょ」
「うん」
「そのお友達、全員同じ中学校に行くわけじゃないんだよね」
「えー!? ぼくたちって、みんな○○中学に行くんじゃないの?」
「うん、そうなんだけど、なかには自分で行きたい中学校を選んで行く子もいるの」
「選ぶ……?」
「うん。ここに行きたいっていう中学校があったら、試験を受けて、合格したらその中学校に行けるんだよね」
「ふーん」
顔をのぞくと、なにか考えているようだった。ちょっとした間があったあと、彼は顔をあげ
「ぼくも自分で中学校を選んでみたい!」
と言った。あー。目がキラキラしちゃってる……。
そっか。うん。わかった。
私は、観念した。
その日の夜、私は弟に連絡をした。子どもができたのが私より早かったので、彼のほうが先に“中受の親”を経験している。
「息子氏が、中学受験をしたいって言うんだけど。なにすればいいんだろう?」
「あら。それはそれは」
と、弟。
ここで私は、
・中受のためには、4年生から進学塾に入れるケースが多いこと。
・(やはり)宿題をみなくてはいけない親の負担はかなりあること。
・塾に入るには入塾テストを受けなくてはならず、そのテスト結果でクラス分けされること
といった、基本情報を教えてもらった。
「でもさ、アネキ、つきっきりで塾の宿題見るなんて無理でしょ」
「うん、無理。むしろ、この子が早く原稿の手伝いしてくれないかなって思ってたくらい」
「だよね。じゃあ△△とか□□みたいな、いわゆる有名進学塾はキツいと思うよ」
「あ、やっぱり?」
「んー、ちょっと調べてみるね」
余談だけど、私たち2人の母親の教育方針は
「女は気が強くたくましい子に」
「男は優しく可愛げのある子に」
だった。なので、弟はとっても優しいのです。
1時間もしないうちに、また弟から連絡があった。
「いま、同僚に聞いたんだけれど、あなたの家から通えるところで、親の負担がほとんどない塾があるらしいんだよね」
「お! じゃ、そこにする」
「早っ」
というわけで、さっそく資料を取り寄せた。
「あのね、中学受験の対策をしてくれる塾に入るのには、試験があるんだって」
「えー、ぼく、絶対受からない気がする」
「うん、どうする? やめておく?」
私は、最後の希望を胸に、聞く。
「いや、受けてみる」
「……うん、そっか。じゃあ、申し込むね」
そしてむかえた入塾試験。
ここで、ちょっとびっくりすることが起きた。
(つづく)
画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉
◼︎連載・第19回は5月9日(日)に公開予定です
佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学3年生の息子と暮らすシングルマザー。