稼いでくれる人がいた方が楽じゃない?
null「ねえ、ママ、再婚したら?」
と息子(11歳)に言われて、飲んでいたアイスティーを吹き出しそうになった。
「え、どうして?」
と聞くと
「ほら、ママ、身体が弱いからさ。もう1人稼いでくれる人がいたら、少し休めるし安心じゃない?」
とのたまう。
ママが働きすぎるのは、仕事が好きすぎるせいなのだけれど、すまん、心配をかけるのう。
「でも、いまさら、知らない男の人がやってきて、一緒に暮らすのって気にならない?」
と聞くと
「うーん、でも、ママが選ぶ人なら、僕に嫌なことはしないでしょ?」
と、言う。
「まあ、そうかもしれないけれど」
「だったら、稼いでくれる人がいた方が楽じゃない?」
「お金を稼いでくれれば良いって問題ではないと思うんだよなー」
「え、じゃあ、何が大事なの? ママはどんな人がいいの?」
「カッコいい人が好きです」
「イケメンってこと?」
「うん、まあ、それだけじゃないけれど、それもある」
「そっかー。イケメンかー」
息子はため息をつく。
「そもそもですね」
と、私は彼に向き直る。
「うん」
「お金を稼いでくれて、カッコよくて、なおかつ独身で。そういう人がですね、ママのようにバツ2で46歳の子持ちとですね、積極的に結婚したいと思いますかね?」
「あーーーーーー」
彼は、心底残念そうな声を出す。
「でしょ」
「うん、たしかに。たしかに」
2回言うな。
でも、そうか。
親が一人だと、いろいろお金面、心配になるよね。
そうだよね。
「牛角」に連れて行ってほしい!
お金の心配といえば、こんなこともあった。
息子氏は外食があまり好きではない。
「今日はご飯、食べてから帰ろうよ」
と誘っても
「いや、面倒だからいい」
と、家に帰って食べようとする。
いや、家に帰ったら食事の準備が面倒なのは私なんですけれど、と思うのだが、家に帰ればゴロゴロとYouTubeを見ながら食事を待てるからだろう。
そんな息子が突然、「牛角なる場所に連れて行ってほしい!」と言ってきた。最近、YouTubeに広告がよく出ていて気になるらしい。
息子が外食したいと言うことは滅多にないので、私も嬉しくて、じゃあ行こうとその数日後、近くの牛角に行ったのだが……。
お店についてメニューを開いた息子が、ちょっと心配そうな顔をしている。
「ん? どうした?」
と聞くと、小さな声で
「ママ、シングルマザーなのに、贅沢して大丈夫?」
と、聞いてくる。
ごめん。ママは贅沢なご飯、キミに内緒でこっそりいろいろ食べてるんだ、と心の中で詫びながらも、
「うん、ママ、今月いっぱい働いたから大丈夫!」
と答えたら、安心したらしい。
二人でお腹いっぱいお肉を食べ、その日は楽しい時間を過ごした。
そして、この日かわした会話は、妙にずっと記憶に残った。
「お金を稼ぐ」ということ
お金について子どもと話すことは、なかなか難しい。
私は、どちらかというと、「お金について人前で語ることは、はしたないことである」サイドの教育を受けてきたと思う。
けれども、その「お金に対する心のブロック」が、いろんな弊害を生んでいる側面もあるなと思うようになった。
私はフリーランスとして21年間ライターをしてきた。
そして、「事前にちゃんと金銭面の合意をしないまま仕事を進め、あとから驚きの金額を提示されて、泣く泣く了承した」といったライター仲間の話を何度も聞いてきている。
これはあきらかに、「お金の話をするのは野暮である」といった文化が、間違った認識のまま継承されてきたからだと感じる。
私が子どもの頃の教科書や課題図書には
「清貧が美しい」
といった趣旨の内容がずいぶん多かったけれど、そういった表現に慣れていると
「お金を稼ぐということは、なにか汚いことをしているのではないか」
といったバイアスがかかりやすくなるかもしれない。
最近、日本でも小中学生に対する「お金の教育」の重要性が議論されている。私も、できるだけフラットに、息子とお金の話をしたいと思っている。
数カ月前から、彼は、お手伝いをしてお小遣いを稼いでいる。
お皿洗い、おつかい、お風呂掃除、ゴミ捨て……など。実際にそれぞれの家事を何度かやってみて、その大変さ具合を認識したあと、彼と私はそれぞれ1回ごとの値段を決める労使交渉をした。
いまのところ、私たち2人の間では、この方法がとてもよく機能しているように感じる。
これまで、
「お皿洗い手伝ってよ!」
「ヤダ」
「これ、あんたも食べたでしょうが!」
とよくケンカになっていたのだが、今では息子自ら、
「お皿洗いしたいけど、ここにあるものだけで大丈夫?」
とか
「今日は、捨てるゴミはある?」
と聞いてくる。
彼なりに、誰かの困りごとを手伝うとお金をもらえるとか、お金を稼ぐことはそれなりに大変だということを肌で実感しているような節もある。
時には
「今夜は10人も遊びにくるんでしょ。お皿洗いする食器の数も増えるから、2倍のお値段でどう?」
と、交渉してくることもある。そういう交渉も、大事だなと私は思う。
「よし、じゃあ、今夜は2倍で」
というと
「よっしゃー」
と喜ぶ。かわゆい。
しばらくこんな感じでやってみようかなと思っている次第です。
画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉
佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。
著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学5年生の息子と暮らすシングルマザー。