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息子の自由研究。タイトルは「ただの折り紙」【ママはキミと一緒にオトナになる#49】

コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、11歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第49回。

一番よかった自由研究

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先日、友人の家で飲んだあと、駅まで送ってもらう途中、
「ここまでは、江戸時代の海岸線」
「この石垣は当時のそのまま残っているところ」
「この通りはかつての東海道で……」
などと、いろいろ教えてくれて、ちょっとしたブラタモリ気分を味わった。 ⁡

どうしてそんなに詳しいの? と聞いたら、娘の自由研究で一緒に調べたからと言う。 ⁡

自由研究!!!
そうか。そんなふうに、一緒に調べ物をするものなのか、なるほど。
で、なるほどと思ったあと、あれ? って思ったのだけれど、うちの息子氏(5年生)の自由研究、どうなってる? ⁡

次の日、聞いてみたら「ああ、自由研究、なくなった」と言う。 ⁡

「え? なくなってるの? いつから?」
「3年生までで終わり。いまは、出しても出さなくてもいいって言われてる」
「え、そうなんだ。出さないの?」
「え、出さないに決まってるじゃん。出しても、得ないでしょ」
「ふむ、なるほど」 ⁡

得……。
うん、まあ、なるほど。
確かに、得はないかもしれない。
なんか、自由研究ってそういう立ち位置のものだったっけ、と思ったりしたけれど、よく考えたら私も自由研究がすごく嫌いだった。

なんで、自由研究が嫌いになったんだっけと思い出してみたのだけれど、あれは小学校1年生の時のことだった。 ⁡

クラスにすごく絵が上手な女の子がいて、その子が、とてもカラフルで素敵な研究を模造紙に描いてきたのだよね。

それは、
カプセルに入った薬は本当に体の中で溶けるのか?
という研究だった。 ⁡

彼女は、カプセルに入った胃薬を、夏休みの間じゅうずっとコップの水の中に入れていたらしい。で、20日たっても、カプセルは溶けず、薬は放出されなかった。ゆえに、カプセルに入っている薬を飲むのは、意味がないと結論づけた自由研究だった。 ⁡

ん?
と思ったよ。小学1年生なりに、
え? 水で溶けないから、胃の中でも溶けないって結論づけて良いのかな? って思ったよ。 ⁡

だけど、彼女がまとめてきた自由研究は誰よりカラフルで、おしゃれで、みんな
「すげー。そうなんだ!」
「今日帰ったら、親にも教えてあげよう」
とか、なってる。
最後にクラス全員で「一番よかった自由研究」を投票したら、ぶっちぎりで彼女の研究が選ばれていた。 ⁡

あー。思い出した。
あれから私、自由研究が大嫌いになったんだった。
なんだ、この茶番。
先生も先生だ。ちゃんと指摘してあげれば良いのに。
こういう時に機能すべきが、大人なのではないか?
先生まで同調圧力に負けてどうする。 ⁡

機能とか同調圧力とか、そんな難しい言葉を知っていたわけじゃないけれど。
今考えれば、その時私が感じたのは、そんなことだった。
小学1年生のときだ。 ⁡

A5の紙に「カブトムシ」の絵…

そんなことを思い出していたら、芋づる式に、息子の小学1年生の時のことも思い出した。

そうあれは、夏休みが終わった9月の参観日のことだった。 ⁡

夏休み明けの教室には、夏休み中の絵日記と、みんなの自由研究が飾られていた。
これがまた、みんな、ほんとに立派。
1年生とは思えない字の美しさ、自由研究の懲りよう。いやあ、すごいなぁと思いながら、はたと、息子の絵日記を見ると、彼の絵日記の絵だけボールペンで描かれたモノクロだった。
分量も、極端に短かった。短歌かよ!
そして、用紙がボロボロで、なぜか色も褪せていた。
カラフルな絵日記が並ぶ中で、ひとつだけ時代が違う絵日記が混ざっているような異彩を放っていた。 ⁡

自由研究は……と見渡すと、息子氏の自由研究はちょっとびっくりした状態で置かれていた。 ⁡

実は、自由研究については、夏休み中に一悶着あったんだよね。 ⁡

彼は小さい頃から工作好きで、まあまあいろんなものを作っている。
夏休みの自由研究という本やら、化学実験の図鑑やら、工作系のYouTubeやらをいろいろ見ては、竹ひごを買ってだの、絵の具の赤が欲しいだの、ペットボトルの蓋に穴を開けるキリを買ってだの言われ、その都度、私は仕事の手をとめて、我らの味方ダイソーで工作用品を揃えてきた。 ⁡

まあまあ大掛かりなものから、小さなもの、キットで作るものからオリジナルまで、いろいろやってたっぽいので、自由研究については特に心配してなかった。

けれども、夏休み終盤に彼に「自由研究、どれを提出することにしたの?」と聞いたら、これ、と私に手渡してきたのが、A5のノートを破いた紙1枚。 ⁡

そこにはカブトムシの絵がやはりボールペンで描かれていた。 ⁡

「え? これ(だけ)?」
と聞く私に、
「うん、そう」
と彼は答える。
「え、でもいろいろ工作作ってたじゃん」
「あれはみんな大事だから持っていけない」
「え?」
「学校に持っていったら壊れるかもしれないし」
「……」 ⁡

まあ、それも一理あるかと思って黙ってしまったのだけれど、でもそれにしても、このA5ペライチ(罫線入り)でいいんだろうかと思って ⁡

「じゃあ、前に作ったあの工作は?」
と提案すると、明らかに息子氏の顔色が変わって怒り出す。
「いいじゃん。先生だって、絵でもいいって言ってたんだから!」
と、大きな声で反論する。 ⁡

ああ。そうだった……。
この子、「大人がこっちの方がいいと思っている」という空気を察したり、どこかに誘導されていると気づいたらもう、頑固なまでに動かないんだった、と思い出したときには、時すでに遅く……。 ⁡

「とにかく、僕はこれを持っていく」
と、主張する彼に
「わかった。じゃあ、無くさないように、ちゃんとしまっておきなよ」
というのが精一杯だった。 ⁡

そう、私はちゃんと言ったんだよね。「無くさないように、ちゃんとしまっておきなよ」って。
案の定、無くしたよね。
ダチョウ倶楽部さんのアレかってくらいの予定調和で、無くしたよね。 ⁡

「家に材料がなかったからです」

始業式が始まる日の前日、彼は「自由研究(A5ペライチ)がない」
と、大騒ぎしている。もう仕方ないので、これでも持っていったら?
と、昔むかしに折って机に飾ってあった凝った作りのカブトムシ折り紙を渡したら、諦めたのか「うん」という。 ⁡

「でも、これ、学校に持っていったら壊れない?」
と心配そうに言うので、紅茶の茶葉が入っていた缶の中に、2匹を入れて蓋を閉めた。
「缶に入れておけば、ランドセルの中でも折れたりやぶれたりしないでしょ」
「うん」 ⁡

やっと納得したのか、彼はそれを持って登校したのだけれど…… ⁡

自由研究発表が並ぶゾーンで、彼の自由研究は、紅茶の缶のまま、しかも蓋が閉められたままの状態で名札をつけられて飾られていたよね。 ⁡

私は思った。
それ、自由研究じゃないから! ただの紅茶の缶だから! ⁡

折しも、今日の参観授業では自由研究の発表をするらしい。
発表の手順は
(1)タイトル
(2)どうしてその作品を作ろうと思ったのか
(3)気づいたこと、頑張ったところなど
(4)みんなにとくに見てほしい部分 で、順番に発表をしていくらしい。 ⁡

彼の番がきた。みんなの前に立つ。
「タイトルは『ただの折り紙』です」
手元に目をやると、彼が持っているのは、どう見ても「ただの紅茶の缶」だ。
「どうしてその作品を作ろうと思ったのかというと、家に材料がなかったからです」
彼はそういうと、ちらっと私の顔を見る。「おい! 夏休み中、何度もダイソーまでご足労あそばした私の時間返せ!」と、睨み返す。
「気づいたこと、頑張ったことは……とくにありません」
「みんなにとくに見てほしい部分は……とくにありません」 ⁡

というか、見てほしい部分もなにも、それは紅茶の缶! カブトムシ、出して。今こそ出して! ⁡

という私の念力が通じたのかどうなのかわからないけれど、それまでiPadで発表を撮影していた担任の先生が「はっ」と気づいたような顔をして、「それ、缶の中身、見せてくれるかな」と言ってくださった。
彼は神妙に頷く。2匹いるうちの1匹のカブトムシだけ、ほんの少し缶から顔を出した。 ⁡

それまでは友達の発表を静かに聞いていただけのクラスの仲間たちが、彼の発表が終わった時だけ「質問!」と次々手を挙げ出した。
「どうしてその題材を選んだのか」「何か参考にした本はあったのか」「全部自分でやったのか、大人に手伝ってもらったのか」「折り紙何枚で作られているのか」などと質問され、ついに、カブトムシはすべて缶から出て日の目をみることができておりました。 ⁡

・・・・・・・・・・ ⁡

あれが、私が視認した、最初で最後の自由研究だったな。
そういえば、2年と3年のときは何を提出したんだろう。
気になって聞いてみたら、「知らん。覚えてない」とすげなく言われた。 ⁡

言われもしないのに何かに熱中するわりに、やれと言われたら、へそを曲げるあたりが、私に似ている。 ⁡

自由研究にまったく興味を持てなかった母(私)は、今年の夏休み、すごく気になることがあってずーっとあるジャンルの本を読み続けている。 ⁡

キミはいつ、どんなことにハマっていくのだろうか。その様子を私は、目撃できるだろうか。できたらいいな。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第50回は9月11日(日)に公開予定です。

佐藤友美(さとゆみ)
佐藤友美(さとゆみ)

佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。
著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学5年生の息子と暮らすシングルマザー。

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