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ボクが帰ってくるまで、ちゃんと生きていてね【ママはキミと一緒にオトナになる#46】

コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、11歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第46回。

終わりが近づいてくる感じ

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駅から家までの道のり。肩を並べて歩くと、ずいぶん大きくなった息子氏(11歳)に気づいた。
「なんか急に大きくなったねえ」
と言うと、ちょっと背伸びをするような仕草をしたので
「ママの身長を抜かすのはいつくらいかなあ?」
と言ったら
「いや、ボク、ママの身長は、ずっと追い越したくない」
と答えるので驚いた。

「どうして?」
と聞くと、
「ほら、なんだか終わりが近づいてくる感じするじゃん」
と答える。
「終わり?」
「そう」
「それってママが、歳をとっていくのを実感するってこと?」
「そうそう。ママ、ちゃんと長生きしてよー」
と、彼はおどけた調子で私の肩をぽんぽんと叩いた。

私は、体が弱い。
子どもの時から持病があり、大人になってからは、時としてそれにかなり強い痛みを伴うようになってきた。痛みが強い時は、意識が朦朧とするし、深夜の病院に駆け込むこともしばしばある。

ここ1週間ほどは、その痛みがえぐいくらい続いていた。彼にとっては、小さな頃から慣れっこの光景だけれど、ふと不安になったのかもしれない。

心配をかけてかたじけないと思いながらも、彼がいるから頑張れているなと思うこともよくある。

キミと出会えたということは

彼は、私が35歳の時の子どもだ。

以前、
「ママがもっと若い頃に、僕を生んでくれればよかったのに」
と言われたことがある。理由を聞くと、
「若い時に生んでくれていたら、ボクが大人になったとしても、まだママもそんなに歳じゃないでしょ。そのぶん、長く一緒に過ごせるじゃん」
と言う。

「たとえばいつ頃に生んでほしかった?」
と聞くと
「ママが1人目の人と結婚していた頃とか」
と言う。
「いや、その時に生んでいたら、生まれてくるのはキミじゃなかったから」
と答えると、きょとんとした顔をしていた。
「キミは、パパとママの掛け合わせだから生まれてきたのであって、前のダンナさんとママの掛け合わせだったら、キミはこの世の中に生まれてきてないよね」
と話しても、まだピンときていないみたいだった。
うーん、性教育は難しい。

ちょっとひよった私は、
「ママは1人目のダンナさんと結婚してたとき、子どもがほしいと思ったことはなかったんだよ。パパに出会って、パパが子どもがほしいって言ってくれたから、キミが生まれたんだよ」
と言ったら、それは理解できたらしく、「ふーん、そうか……」と、何度か頷いていた。

そうなのだ。
キミとママが今世で出会えたのは、ちょっとした奇跡だったんだ。

「私、子どもは生めないんだなー」

中学生の時、身長が伸びるのに合わせて、背骨がぐんぐん湾曲してしまう病気になった。私たちの世代に突然増えた病気で、原因も解明されていなかったし(これは30年以上経ったいまでも解明されていない)、治療法も確立していなかった。小学校高学年から中学生の発症率が一番高いのだけれど、その子どもたちが大人になった時に、どんな症状が残るのかもわかっていなかった。

主治医の先生は、当時中学1年生だった私に、「子どもを生むのは相当大変だと思ってください」と言った。
後に母に確認したら、「妊娠すると背骨に負担がかかり、ヘルニアなどの病気を併発しやすく出産も大変だ」という意味だと認識していた。
が、私は、「そうか。私、子どもは生めないんだなー」と解釈した。まだ12歳だったから大きな感慨はなかったが、しかしもちろんその認識は、私のそれからの人生選択に影響を与えた。

24歳の時、「子どもは欲しくない」と言った人と、結婚した。18歳年上だった。なんていい相手を見つけたのだろうと思ったし、神様に感謝した。私たちは子どもを持たなかったけれど、犬を2匹飼って、仲良く暮らした。
よく考えたら、結婚してから離婚するまで、ずっと仲が良かったと思う。

人生が大きく変わったのは、30歳の頃、同世代の女性の取材をしたことがきっかけだった。彼女に聞いていたテーマは、「笑顔の効用」についてだったけれど、ふとした拍子に、子ども時代からの持病が大変だったという話が出た。それが、私と同じ病気だったのだ。

あれ? でも、この方、お子さんが2人いたよな? ん???

あとから取材音声を聞いたけれど、後半の私の質問はなんだかちぐはぐだった。混乱して取材どころじゃなかったのだと思う。

インタビューが終わって撮影に入る空き時間に、私は思い切って彼女に尋ねてみた。
「実は私も同じ病気なのですが、この病気って子どもを生めないって聞いていたのですが、そんなことないですか?」

彼女は親切に出産について話をしてくれた。たしかに妊娠することで背骨には大きな負担がかかる。でも、ちゃんと妊娠中の管理をすれば、出産も可能だと言われましたよ。

その話を聞いたときの感覚を、どんな言葉で表せばいいだろう。

私は、子どもが苦手だった。学生時代から、「子どもが嫌い」と公言してきた。でも、「生めるらしい」と知ったとき、足場がぐらっとしたのがわかった。

生める?
え、じゃあ、生みたい?
いや、私、子ども嫌いじゃなかったっけ?
え、でも、生めるのであれば生みたいかも。
あれ? 私、子どもが嫌いなんじゃなくて、嫌いだと思い込もうとしてたのかな……。

取材から帰る道すがらも、私は、混乱していた。

帰宅して、夫に
「私、なんか、子ども生めるかもしれないんだって」
と伝えたら
「へええ、そうなんだ」
と、夫はテレビを見ながら言った。

「ねえ、赤ちゃんほしいっていったら、どう?」
と聞くと
「いや、僕はほしくない」
と即答された。今度はテレビから目を離して、私の顔をまっすぐ見ていた。
たしかにそうだ。私たちは、その合意のもとで結婚したのだった。今さらそれを言うのはルール違反だ。

私たちは、その半年後に離婚した。
そしてその1年後、私は再婚し、さらに2年後、彼を授かった。

キミと出会えたのは、
「生みたいのだったら、新しい人生を歩くといいよ」
と言ってくれた前の夫と、
「生んでほしい」
と言ってくれた、キミのパパがいたからなんだよ……。

今日、学校に行く息子を玄関まで見送ったら、「ボクが帰ってくるまで、ちゃんと生きていてね」と、冗談なのか本気なのかわからないことを言って、出ていった。

心配をかけて、申し訳ないし、かわいそうだなと思う。
面倒な病気だなとも思う。
だけど、この病気がなかったら、彼とも出会えなかったなと思う。

人生なんていつも、振り返ってからわかることばかりだ。
キミと出会えて良かった。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第47回は6月26日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)

ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学5年生の息子と暮らすシングルマザー。

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