五島列島のワーケーションプログラム
nullワーケーションプログラムなるものに子連れで参加した。
場所は長崎県五島列島。五島市がバックアップするこのプログラム。約2週間の期間の間に、60人ほどのメンバーが入れ替わり立ち替わり五島に滞在し、昼間は仕事(しなくてもいいけれど)、夜は一緒にバーベキューしたり焚き火したりして、都会ではできない体験をしましょうというような内容だった。
子どもをアウトドアスクールやシッターサービスに預けられる期間もあって、それならば、休日は一緒に遊び、平日は息子氏(11歳)をスクールに預けて参加してみようと、10日間のコースに申し込みをした。
たとえ0歳児であってもPCR検査の陰性結果がなければ、参加できない。事前説明会やオンライン交流会への参加も必須だったりして、運営サイドの丁寧な心配りを随所に感じる。
プログラムのルールとして、最初の3日間は、全員キャンプ場のバンガローで相部屋となる。
五島に着いた日は、気温32度。
鍵を受け取ってバンガローに入ると、サウナのような暑さだった。エアコンはコイン式。100円入れて冷房の温度を18度まで下げ、なんとかひと心地つく。
さっそくリュックの中からスイッチを出した息子氏は、
「ここ、WiFiがゴミ」
とぶつぶつ言っている。
どうやらWiFiが弱くて、ゲームができないらしい。早速離島の(というか、キャンプ体験の)洗礼を受けている。
キャンプ場の目の前は海だ。
「ゲームはあとにして、遊ぼうよ」
と、息子を誘い、私は早速水着に着替えて海に飛び込む。
灼熱の太陽を反射した海は、ぬるくてまったりする。ぷかぷか浮かんでいるだけで、体のこわばりがほどけていく。
最初はあまり乗り気じゃなかったような彼も、少しずつ深い場所に移動してきて、海の中でおいかけっこをしたら、めちゃくちゃ楽しかった。
くたくたになって、その日は倒れるように眠った。
「フライパン、余っていたら貸してください」
バンガローは4グループ7人の相部屋だった。
乳児、幼児、息子、そして大人4人。布団を重ねるように敷いて、やっと寝られる雑魚寝。
「こんなの、学生時代の合宿時代以来ですねー」
なんて言いながら、自己紹介をする。
私たちの棟だけではなく、キャンプ場には、子連れの親たちが何組も滞在している。家族全員で参加しているところもあれれば、母親と子どもだけ、父親と子どもだけといった参加者もいる。
キャンプ場の近くにレストランはほとんどない。
参加者たちは、それぞれ協力しながら食糧を調達していた。
最初の夜は運営が用意してくれたバーベキューを食べ、次の日は、朝、海で釣った魚を食べる。隣のバンガローで作ったというカレーをお裾分けいただき、こちらはこちらで大量に作った唐揚げとお味噌汁を差し入れする。
同じ部屋に、「漁師町で育ったので」と、バーベキューで余ったサザエを手際よく炊き込みご飯にし、釣ったアジを南蛮漬けにしてくれた人がいた。部屋にある調味料は酢と醤油だけ。こんなの自分で作れるんですね! と感動した私たちは、レシピを聞いてすかさずメモをする。
「塩コショーはありませんか?」
「油、たしか、あのバンガローにあったはず!」
「フライパン、余っていたら貸してください」
あちこちで貸し借りが行われている様子は、何かとてもあたたかかった。 昔の日本って、こんな感じだったのだろうか。
誰がどこで普段どんな仕事をしているのか。そんなこと一切関係なく、同じ釜の飯を食べる。
息子と二人の大事な秘密
協力していたのは、炊事だけではない。
買い出しに行きたい人は、運転ができる人に連れて行ってもらう。
「今からスーパー行きますけれど、誰か相乗りしますか?」
そんな会話が頻繁に交わされている。
泳ぎが得意な人は、同室の子どもを連れて海に行き、お留守番をする人は、かわりに赤ちゃんを預かる。
ママがシャワーを浴びている間は、誰かが子守りをし、年齢が近い子どもたちは、集まって一緒に遊ぶ。
おむつのサイズ、いくつですか? 一袋買って、シェアしませんか? そんな声も聞いた。
揚げ物をした私が、「しまった! 固めるテンプルを買い忘れた」と言うと、別のママがおむつの給水シートで油を綺麗に片付けてくれた。すごい。そんなライフハック知らなかった!
夜、砂浜で上映される映画を観にいくというママさんの赤ちゃんを、息子と2人で預かったのが楽しかった。
飛行機に乗り、砂浜を散歩した赤ちゃんは、興奮しているのか、なかなか寝つかない。
そんな小さな小さな男の子を、息子は
「かわいいねえ、かわいいねえ」
と、ずっと頭をなでている。
おっかなびっくり抱っこして、やはり
「かわいいねえ、ほんと、かわいいねえ」
と言っている。
彼が、小さな子に対してこんなに優しいことを、初めて知った。
そういえば保育園の先生にも学童の先生にも、「下の学年の子にとても親切なんですよ」と言われたことがあったけれど、へええ、こんなふうなのか。すごく素敵な子だなあと、母はちょっと感動する。
その夜、ずりばいする先を、2人で追いかけていたら、ふいに赤ちゃんが足を蹴り出し腰を持ち上げ、ハイハイをしはじめた。
「!!!!!」
私たち2人は目を合わせる。
「いま!」
「うん! いま、ハイハイしたよね!!!」
「うん、した!」
「すごい。歴史的瞬間に立ち合ってしまったねーーー」
と、私たちは嬉しくなった。
すごいすごいと連呼する私を見て、息子が
「でも、ママ、○○くんがハイハイしたのは、○○くんのママに言わないほうがいいよ。初めてのハイハイは、自分で見たいもんじゃない?」
と言う。
「た、たしかに!」
なんとなく、私たち2人は大事な秘密を共有したような気持ちになって、ふふふって笑った。
結局、我慢できなくなって、報告しちゃったけれど(私が)。
ハイハイできたことにさらに興奮したのか、なかなか寝ない赤ちゃんを抱っこして外に連れ出す。波の音を聞きながら少し揺らすと、時を待たずに、コトンと眠りに落ちた。
ああ、かわいい。
そして懐かしい。
この、眠るときに頭が熱くなる感じ。その瞬間だけ、子泣きじじいのようにずっしりと重くなる不思議。
バンガローに戻り先に眠ってしまった息子の隣の布団に、そっと赤ちゃんを寝かせる。息子も10年前はこんなに小さかったんだよなーと思うと、愛しさが増す。
五島の夜は、幸せがたくさんだった。
画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉
◼︎連載・第48回は7月30日(日)に公開予定です。
佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学5年生の息子と暮らすシングルマザー。