「リコピン」はトマトから摂る
null「トマトの持つ栄養素は、βカロテン、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンCなどさまざまですが、特に有名なのは、あの赤い色のもととなっている色素、リコピンです。βカロテンの仲間のカロテノイドで、ビタミンEの100倍もの抗酸化作用があることで知られています。
リコピンは、もともとはトマトが酸化から自らの身を守るために作り出した成分ですが、それは同時に、人間の細胞を守ることにも役立てられてきました。しかもこの成分は、トマト以外ではスイカくらいからしか摂ることができません。ただしスイカだと夏期限定になってしまうため、“リコピンはトマトから摂る”と考えておいたほうがよさそうです。
トマトを食べない人は、リコピン欠乏症になる可能性があります。つまり、トマトが嫌いだと、リコピンという貴重で有益な成分を摂取することができず、生きていく上で損をするとも言えます。田舎では、「ひとつ嫌いなものがあると、三倍損をする」と言われていました。リコピンの効用があきらかになるにつれて、そのことが科学的にも証明されつつあるということです。
リコピンには、抗酸化作用のほかにも、生活習慣病やがんの予防、血糖値の改善、動脈硬化の予防、花粉症の緩和などさまざまな効能がありますが、それは筋肉増強にも関与しているということをご存知でしょうか。そのことを発見したのは、実は私が組んでいた研究チームです。リコピンを摂取させたラットと、摂取させなかったラットとで、それぞれに運動をさせることで比較実験を行なった結果、摂取させた方が筋肉モリモリになったのです。これは、リコピンに筋肉増強作用があることを証明した世界初の発見であり、私はその発見で特許を取得しました。
いずれ、たとえば競走馬やサラブレッドの育成などにこの原理を応用することで一攫千金が望めるのではないかと期待していたのですが、私の周囲には、それを実現まで持っていくような手立てを講じる知恵者がいませんでした。それでせっかくの特許を活用できないままただ保持していたのですが、先だって権利を放棄してしまいました。もったいないことをしたと思っています。
いずれにしても、抗酸化作用を持つリコピンが、思いもかけなかった筋肉増強作用をも兼ね備えていたことは、植物成分の多機能性の好例のひとつです。
抗酸化作用や抗菌作用などを持つアントシアニンが、なぜか眼精疲労の予防にも役立ったりすることと似た現象ですね」(以下「」内、一石英一郎先生)
抗酸化作用を持つリコピンをたくさん摂取できる、先生のおすすめレシピを教えていただきました。
【レシピ】トマトを加えて作る栄養満点のビーフ・ストロガノフ
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「ビーフ・ストロガノフといえばロシア料理ですが、もともとはノヴォロシア地方(南ロシアおよび南ウクライナの黒海およびアゾフ海沿岸のステップ地帯を指す言葉)の将軍兼総督だったアレクサーンドル・グレゴリーエヴィ・ストロガノフ伯にちなんで名づけられたもので、この料理自体、創作料理の一種です。
ウクライナ料理と言ってもいい位置づけにあるメニューなので、現在なら、長引く戦争に思いを馳せながらこの料理に舌鼓を打つのも意義深いことかもしれません。
私はこの料理が好きでよく作るのですが、一般的なレシピにはないステップをひとつ加えています。以下にご紹介するのは私流の作り方です」
【材料】(※編集部が3~4人分を作った際の分量)
- 薄切り牛肉…170~200g
- タマネギ…1個
- ニンニク…ひとかけ
- 完熟カットトマト缶…1缶
- バター…10g
- 小麦粉…大さじ2(牛肉にまぶす分は分量外)
- ブイヨン…1個
- 赤ワイン…100cc
- ケチャップ…適量(大さじ3)
- 中濃ソース…適量(大さじ3)
- 生クリーム(または牛乳)…適量(50cc)
- お酢…適量(大さじ3)
- 塩・コショウまたはクレイジーソルト…適量
【準備】
a:お湯にブイヨンを溶かしてスープを作っておく。(200cc)
b:タマネギは薄切りにする。
c:ニンニクをみじん切りにしておく(瓶詰めの刻みニンニクでも可)。
d:牛肉は食べやすい大きさに切り、塩・コショウやクレイジーソルトなどで下味をつけて、小麦粉をまぶしておく。
【作り方】
- 鍋にcのみじん切りしたニンニクとバターを入れて火にかける
- 香りが出たら、dの牛肉、bのタマネギ、大さじ2の小麦粉を加えて中火で炒める。
- タマネギがしんなりしてきたら、aのスープを少しずつ加え、100ccの赤ワインを投入。さらに完熟カットトマト缶を加え、適量のケチャップと中濃ソースを投入する。
- 弱火にして、ときどきかき混ぜながら10分間程度煮込む。
- 最後に生クリーム(または牛乳)とお酢を加え、さらに三分間程度煮込んで完成。
ポイント
「トマト缶を入れるのが、創意工夫の部分です。ここでトマトを入れれば、その酸味が十分にあるので、5でお酢を入れる必要はなくなるかもしれませんし、健康増進に寄与する野菜として最近とみに注目を集めているトマトを加えることで、健康度がグッと増した料理になります。
トマトに含まれるリコピンは脂溶性なので、ビーフストロガノフのように脂質がリッチな料理に加えることで、吸収率が高まります。その上、おいしさも増すので、一挙両得です。
余談ながら、実験ノートのことをcookbookといいます。普通は“料理の本”の意味ですが、そこから転じて実験に関しても同じ言葉が使われているのです。通常は、そのcookbookに書かれているとおりの手順で実験を進めるのですが、その中で一ステップ増やすだけで、実験の効率が上がったり、そこで使用するDNAやRNAが安定したりします。
そのように、一ステップ増やすことが、実験においては大事だったりするのですが、料理についても同じことが言えると思います。もっとも、実験の場合は失敗したらそれまでなのですが、料理の場合、仮に途中で失敗してもまだ挽回の余地があります。
その分、楽しみながらプロセスを進められるのが、料理のいいところでもあります」


実際に作ってみた
kufura編集部が実際に作ってみたところ、トマトの酸味が良い感じに広がって食欲をそそります。お好みでパセリなどを散らしても良さそうです。
一石先生の書籍『予防医学の名医が教える すごい野菜の話』によると、タマネギには疲労回復、病気の予防などさまざまな薬効があるそう。特にケルセチンという抗酸化作用のあるポリフェノールの一種は、血をサラサラにし、血中コレステロールや悪玉コレステロールを低下、血糖値上昇を抑制したり、動脈硬化を予防する一方、関節痛を和らげる効果もあるとされています。
また、ニンニクには免疫力の向上、がんの予防、生活習慣病の予防、血流の改善、血糖値上昇の抑制といった多様な効能を持つ栄養素・アリシンがあります。
トマトとの組み合わせで、より健康になれそうですね。ぜひ作ってみてください。

一石英一郎先生
【教えてくれた人】
一石英一郎(いちいし えいいちろう)先生
1965 年生まれ。兵庫県出身。医学博士。国際医療福祉大学病院内科学/予防医学センター教授。京都府立医科大学卒業、同大学大学院医学研究科内科学専攻修了。世界の著名ながん研究者が名を連ねる米国癌学会(AACR)の正会員(ActiveMember)。DNAチップ技術を世界でほぼ初めて臨床医学に応用し、論文を発表。人工透析患者の血液の遺伝子レベルでの評価法を開発し、国際特許を取得。長年にわたり、遺伝子の研究をおこなっている。主な著書に『日本人の遺伝子 ヒトゲノム計画からエピジェネティクスまで』(KADOKAWA)『最新の研究でわかった人生を支配する真実 すべて遺伝子のせいだった!?』(アスコム)『「胃」を整えると自然と「不安」が 消えていく』(アチーブメント出版) などがある。