夫婦関係の破綻とサスペンス
null愛おしいと思って一緒になった男が、夫となり、時を経て、煩わしい存在になる。「幸福はやがて後悔へと変わり、後悔は絶望に変わる」。日に日に苛立ちが増し、心の中にうっすら殺意すら芽生える。そして、呪詛のように呟く。「夫よ、死んでくれないか」。そんな強烈なタイトルのドラマが面白い。
クズ夫を殺めてしまい、主婦4人組が連帯して隠蔽するも、脇の甘さに人生が崩壊していく様を描いた『OUT』(桐野夏生・著)を一瞬思い出してしまったが、こっちは学生時代からの友達3人組で、まだ誰の夫も殺してはいない。夫婦関係の破綻を機に、過去の罪も暴かれていく、サスペンスとしての多層構造にも興味津々。美しい映像で魅せるオープニングも意味深だ。顔に傷を負った3人の妻たちがモノを豪快に破壊していくスローモーション映像からは、夫に対する怒りと殺意が読み取れる。ではどんな夫婦が出てくるかというと……。
「迷惑夫・大図鑑」に始まり、妻たちの絶望を描く
null最近、犯罪に手を染める妻の役が秀逸な安達祐実。演じるのは、商業施設開発などを手がけるデベロッパーに勤める甲本麻矢。麻矢が結婚していることで、今後産休や育休を取る可能性もあると勝手に判断する会社は、長期プロジェクトを任せようとしない。渾身の企画が男性に任されたりと、性差別や不利な立場を日々痛感している麻矢。麻矢の夫・光博(竹財輝之助)はもともと理系男子で不器用なタイプだ。IT企業に勤め、在宅勤務も多い。家にいても家事をやらない。麻矢が帰宅すると、脱ぎ散らかした靴下、シンクには汚れた皿が放置され、トイレットペーパーが切れても芯のまま。あることをきっかけに夫婦の対話はなくなり、冷め続けている。
麻矢の学生時代からの友人でフリーライターの加賀美璃子(相武紗季)は、外資系コンサルに勤める弘毅(高橋光臣)と結婚。大恋愛で結ばれたはずだが、弘毅の異常なまでの束縛と監視に辟易している。行動確認のためのLINE連発で写真を要求、GPSでの追跡など、常軌を逸している。愛情が確認できないと大声で叫んだり、自分の頭を壁に打ちつけるなど、やることなすこと激しい(興奮するとスマートウォッチが心拍数上昇を知らせる)。暴力をふるうことはないが、異様なテンションといい、一途さといい、過剰な愛情表現に璃子はうんざり。
もうひとり、仕事をやめて専業主婦になり、愛娘がいるのは榊友里香(磯山さやか)。不器用な友里香に家庭に入ることを勧めた夫・哲也(塚本高史)は、仕事のストレス過重のせいか、性格が激変。妻を下僕のように扱い、専業主婦を馬鹿にして、モラハラ三昧。家では横柄&横暴に振る舞うようになっていた。哲也は生ごみのような口臭がするため、友里香は陰で「ガーベ(garbage=生ごみ)」と呼び、ニオイ消しのためのお香を焚いていた。傍若無人に振る舞う夫に、最も強い殺意を抱いていたのが友里香である。
無気力&無関心夫に偏執狂夫、モラハラ夫か。仲良し3人組が揃いも揃って、男を見る目がなかった……と言ってもおかしくないほど、迷惑夫の図鑑のような始まりである。ところが、だ。初めはそう思ったものの、次々と起こるトラブルを観ているうちに、夫だけに問題があるとは思えなくなってきたのだ。
不倫疑惑に失踪、記憶喪失からの恐喝、軟禁に暴走……妻たちにも問題アリと描く「両成敗」感
null麻矢は夫の枕に口紅がついているのを見つける。不倫かと問いただすも、はっきり答えない光博。感情が高ぶって「あんたなんか死ねばいいのに!」と暴言をぶつけてしまう麻矢。光博は家を出て、その後は失踪する。
そもそも夫婦関係が冷え切ったのは、キャリアを築きたい麻矢と、子どもを望んだ光博の温度差がきっかけだったようだ。息子を溺愛する義母の存在も鬱陶しかったが、自分の家族も問題が多い。麻矢の母親は、横暴に振る舞う父親の召使いのような生き方で、ひきこもりの兄(吉岡睦雄)の世話もしている。人生をあきらめきった母親のようにはなりたくない麻矢。家族運が悪いせいか、子どもを産んで家族が幸せになるとは到底思えなかったのかもしれない。夫がいない家の居心地のよさを存分に味わっている麻矢。
友里香に突き飛ばされ、滑って頭を打った哲也は意識を失う。麻矢と璃子に助けを求め、3人で哲也の手足を縛り、「この際だから殺害しよう」とするも、急に意識を取り戻した哲也。なんと記憶喪失になって、穏やかで優しかった頃の哲也になっていたのだ。友里香は今まで哲也にされたことを仕返しのように繰り返して、哲也をこき使う。ところが、平穏な時間は長続きせず。哲也は記憶を取り戻し、自分を殺そうとした3人に金を要求。娘をとられて、恐喝される羽目に陥るのだ。
で、璃子は夫の激しい束縛をかわして、年下の医師・鴨下亮介(清水尚哉)と付き合っていた。浮気がバレて弘毅に離婚を求めるも、逆に軟禁されてしまう璃子。しかも妊娠が発覚。実は璃子と弘毅は不妊治療の経験があり、弘毅に問題があることがわかっていた。つまり、浮気相手との子であることは明白。それでも弘毅は自分の子と言い張り、すっかり父親気分に。亮介の家に逃げ込んだ璃子だったが、弘毅はどうやって突きとめたのか、連日押しかけてくる。子どもの名前を考え始めて、ベビーグッズを買ってくる始末。福山雅治の「家族になろうよ」を滔々と歌いあげ、璃子の離婚話を1ミリも聞こうとしない。もう、弘毅劇場が可笑しくて可笑しくて。
なんとなくお気づきかと思うが、妻たちにもいろいろと問題や難があるわけで。迷惑な夫であることは間違いないけれど、歩み寄りや対話が足りないし、夫が化け物になる前に何か手立てはなかったのかとも思う。「クズ夫め!」と一方的に断罪するだけではなく、喧嘩両成敗的な要素がある。そこが、美化せずに人間くさくて、いい。夫婦間の不和は一面だけから見てしまうと、読み誤ってしまうものだからね。
3人の女たちに明るい未来はあるのだろうか…
null失踪した光博はともかく、恐喝してくる哲也と、馬耳東風でお花畑の弘毅をなきものにしようと企てる3人。実は、殺人は「初めてではない」というのだ。3人には若かりし頃の大きな過ちがある……とわかったのが先週の第7話。卒業旅行でキャンプに出かけた3人は、山の中でよからぬ男たち(池田良・イワゴウサトシ)に声をかけられる。襲われかけた麻矢を救おうとしたふたりも暴力を振るわれ、ひとりを殺害してしまったのだ。
罪を抱えた3人がさらに罪を犯そうとしているが、うまくいくだろうか……。3組の夫婦にしぼって書いてきたけれど、他にも気になる人物やわかっていない人間関係がいくつもあるので、最後の最後までどう転ぶかがわからなくて楽しみだ。なんか、最終回ですべてがひっくり返る仕掛けがあるのかも、とワクワクしている。
最後にもう一言。サスペンスにありがちな、深刻で重苦しい雰囲気だけでなく、大爆笑できる場面や共感を呼びまくる場面も楽しめる、演出の妙にも触れておきたい。夫婦が出会った頃を思い出すときの脳内映像は、90年代トレンディドラマ風の映像やレーザーディスクカラオケ風映像で。殺人計画はロールプレイングゲーム風アニメで。「遊んでんなぁ!」と思うけれど、その分量や湿度が適切で、やりすぎ感もない。エンディングの映像と音楽も“切な苦しい感じ”がとても好きなので、作品としての芸術点も高い。役者陣が心の底から楽しんでいる感じも含め、今期の高得点ドラマなので誰彼構わずオススメしたいところだ。
『夫よ、死んでくれないか』
テレビ東京 毎週月曜 夜11時6分~ 原作:丸山正樹 「夫よ、死んでくれないか」 脚本:的場友見 監督:佐藤竜憲 、進藤丈広、柿原利幸 音楽:青木沙也果
出演:安達祐実、相武紗季、磯山さやか、竹財輝之助、高橋光臣、塚本高史、久保田悠来、清水尚弥、遊井亮子、松浦りょう、柳憂怜、吉岡睦雄、新山千春ほか

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。