子育て世代の「暮らしのくふう」を支えるWEBメディア

「NO!」が言える多部未華子の力、ドラマ「対岸の家事」は心の危機管理マネジメント作品

火曜22時にTBSで放送中のドラマ『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』(以下『対岸の家事』)。大きな事件やミステリーなどはなく、子育て世代の日常の違和感やもやもやを丁寧に描いた作品と評判です。 

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

単なるほのぼのホームコメディではない!

null

人生は取捨選択&決断の繰り返しだ。自分が選んだ道は、はたして正しかったのだろうか? 間違っていなかっただろうか? 間違えたと思いたくはないが、なんだか苦しいことばかりで、自分の選択眼に自信をなくす。結婚してもしなくても、子どもを産んでも産まなくても、ことあるごとに自分の選択肢を振り返ってしまうのは、誰しも心当たりがあることだろう。

そんな心当たり満載なのが『対岸の家事』(TBS系)だった。ほんわりした専業主婦が繰り広げるのんきなホームコメディと思ったら、全然違った。どんな立場であっても、みんながうっすらSOSを発している、心の危機管理マネジメントドラマ。どんな人物が出てくるかというと……。

専業主婦、ほぼワンオペのワーママ、育休中官僚……

null

主人公・村上詩穂(多部未華子)は、居酒屋店長の夫・虎朗(一ノ瀬ワタル)と愛娘の苺(永井花奈)と3人暮らし。高校生のときに母を亡くし、家事と自分の人生の両立が難しいと悟った経験があるため、美容師を辞めて専業主婦の道を自ら選んだ過去がある。当然だが、父(緒形直人)とは疎遠になっている。近所にママ友がほしくても、働く母が多い街で専業主婦はほぼいない。誰かと話したくても娘以外に話し相手がいない日々。夜に夫に話を聞いてほしくても、仕事で疲れきった夫は笑顔で後ずさり。専業主婦は意外と孤独なのだ。

詩穂の住むマンションで隣室に引っ越してきたのが、長野一家。夫・量平(川西賢志郎)は出張などで不在がち、育児も家事も妻の礼子(江口のりこ)に任せっぱなし。メーカー勤務の礼子は2児を出産、育休明けには営業部から総務部へ異動し、家事と育児と仕事をこなすべく時短勤務に切り替えている。無理をして早く復帰したのは、4月の募集で保育園に効率よく入れるためだ。とはいえ、ほぼワンオペ状態で、子どもが熱を出すたびに早退したり、休まなければいけない苦境に立たされている。精神崩壊しかけたときに、詩穂に救われて、村上家とも仲良くなる。

詩穂が公園で出逢ったのは、娘を連れた中谷達也(ディーン・フジオカ)。2年間の育休中という。外資ベンチャー勤務で忙しい妻(島袋寛子)と計画的な育児を実行している、厚生労働省の官僚だ。詩穂が専業主婦と聞いて、官僚目線で説教してしまう。ただし、娘が熱性けいれんを起こしたときに、詩穂に助けてもらった恩義がある。上から目線の仕切り屋ではあるが、彼は彼で孤独な育休ライフで、詩穂同様に孤独を痛感している。

たとえ共通点がなくても入り込める妙

null

メインはこの村上家・長野家・中谷家で、立場も育ってきた環境も異なる「迷える親」たちの連帯と結束の物語のようだ。彼らの共通点は「子どもがいる」という点だけ。20代のときに専業主婦は向かないと悟り、子どもがいないので一生親にならない自分にとっては、「このドラマ、共感ポイントが見当たらないかもしれないな」と思っていた。思っていたのだが、それぞれが人知れずに抱える苦悩は手に取るように伝わってきた。役者が揃っているおかげかな。

多部は過去に「お仕事ドラマ」で共感を呼んできた役者だ。『これは経費で落ちません!』(NHK)や『私の家政夫ナギサさん』(TBS)ではいずれも仕事のできる会社員役で、抜かりない仕事っぷりには説得力があった。個人的には『デカワンコ』(日テレ)で嗅覚の鋭い刑事や『ドS刑事』(日テレ)のサディスト刑事など、ふざけた役も好きだったんだけどね(共感はない)。そんな多部が今回は専業主婦の矜持を魅せてくれる。

江口のりこが演じるワーママの切迫感もなかなかにリアリティがある。がにまたで電動チャリをこぎ、二人の子を乗せてかけずりまわる姿に、我が身を投影したワーママも少なくないだろう。仕事の肩代わりをしてくれた後輩・今井君(松本怜生)への偏見にきちんと反省し、価値観をアップデートできる上司としても好演。今期は他局の作品でもあんぱん焼いたり、ソロ活したりと、八面六臂の活躍っぶりだ。

そして、麗しのおディン様は、超エリート厚労省官僚の怜悧さと、人としてちょっと配慮が足りない感じがちょうどいい。育児に対して冷静に疲弊する姿、ワンオペパパの苦悩を体現。どうやら毒母への恨みもあるようで、口と性格は悪いが憎めない役どころ。言っていることはごもっともだが、言い方の問題という設定になっている。でもさ、観ていて私が最も納得がいくのが、中谷の合理的な持論なんだよな……。

「助けて」と言えない人も、「NO」と言えない人も

null

「助けて」が口に出せない・出しづらいのは、専業主婦もワーママも育休取得夫も皆同じ。さまざまな場面で肩身が狭い思いを一様に経験している、そんな描写がこのドラマに奥行きをもたらしている。そもそも、礼子も中谷も、専業主婦に懐疑的だった。礼子は「絶滅危惧種」といい、中谷は「贅沢」と言い放ったこともある。それでも、詩穂がふたり(と子ども)を救ったことで、少しずつ連帯が生まれている。

何よりも重要なのは、詩穂がちゃんとNOを言えるところだ。一度、子どもを預かってもらったお礼に、今後も緊急時には子どもの面倒を見てほしいと大金を渡そうとする礼子にNOと断り、自分勝手に予定を決めて振り回す中谷に対してもNOを突き付ける。このNOが言えずに、不満と愚痴と憎悪をため込んでしまう人も多いからだ。NOの意思表示をしたうえで、ほどよい距離の連帯へもっていく詩穂が素晴らしい。

今後も、異なる立場の人が登場し、それぞれの苦悩を吐露していくであろう展開だ。まずは、詩穂が懐いている専業主婦の先輩・坂上さん(田中美佐子)とその娘・里美(美村里江)。専業主婦の娘が、結婚や主婦を選ばなかったというリアリティに、私は初めて共感を覚えたよ。しかも坂上さんがちょっとボケ始めているフシもあって、今後は介護の話も出てくるのかもしれず。ますます興味津々である。

また、何度か不穏な場面が差し込まれて気になっているのが、織田梨沙が演じる白山はるかである。ホームページではシングルマザー、とある。子育ての環境は人それぞれ、円満な2本柱(父母)体制や、余裕の6本柱(両祖父母と父母)のご家庭なんてそうそうないわけだ。ここでシングルマザーの現実も入れるあたりがTBSの抜かりないところである。

持てる者と持たない者。残酷な分断を見過ごさない

null

4話で象徴的だったのは「持てる者と持たない者」という表現だ。結婚していない人にとって、子育てして仕事もしている人は「持てる者」。妊活中の人にとって、子どもがいる主婦は「持てる者」。ずしんと響いたよね。曖昧だけど残酷な分断。これは老若男女すべての人が体験しているはずだ。悪意なく放った言葉や、よかれと思ってかけた言葉が人を傷つけて、分断を招くことも。結果、配慮したうえでの沈黙が正解とされてしまう。確かに、この小さな分断は世界にはびこっているんだよなぁ。

それでも詩穂は沈黙しなかった。義母や患者の年寄りたちから四六時中監視されて、マゴハラを受けていた晶子(田辺桃子)の手を取って、「行こう!ここにいちゃダメ。今すぐ。ここから」と飛び出したのだ。分断ではなく、勇気ある連帯と誠意ある対話を。胸のすく場面でもあった。

もちろん「そんなすぐには変わらないよ!」「うまくいきすぎ、現実は甘くない」とツッコむ人もいるだろう。ヒロインに人々がどんどん救われていくのは確かにご都合主義かもしれない。でも、詩穂の行動は観ていて気持ちがいいのだ。SOSを発すること、NOと言えること、どうしようもなくなったら逃げるのも一手だと。声をあげられなかった人が自分の人生を取り戻すために、さりげなく突き放しつつも、ささやかに応援してくれる、心の危機管理コンサルといったところか。

TBS火曜枠の円熟みすら感じたこの作品。共感がないという先入観をぜひ取っ払って、観てみてほしい。

『対岸の家事~これが、私の生きる道!』
TBS 毎週火曜 夜10時~ 原作:朱野帰子「対岸の家事」(講談社文庫) 脚本 :青塚美穂、大塚祐希、開真理 音楽 :阪井一生(flumpool) プロデューサー :倉貫健二郎、阿部愛沙美 演出 :竹村謙太郎、坂上卓哉、林 雅貴 編成 :吉藤芽衣

出演:多部未華子、江口のりこ、ディーン・フジオカ、一ノ瀬ワタル、島袋寛子、田辺桃子、織田梨沙、松本怜生、川西賢志郎、永井花奈、寿昌磨、吉玉帆花、五十嵐美桜、中井友望、萩原護、西野凪沙、美村里江、緒形直人、田中美佐子 ほか

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

pin はてなブックマーク facebook Twitter LINE
大特集・連載
大特集・連載