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日曜劇場ドラマ「御上先生」は名作!思考停止になる前に、3つの「愛でるポイント」解説

TBSの日曜劇場といえば、これまでに『半沢直樹』『下町ロケット』『ドラゴン桜』『海の中のダイヤモンド』と力作ぞろい、社会派と言える作品もあります。今シーズン放送されているのは『御上先生』、この作品は一体どう見たらいいのでしょう? 

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

「御上先生」は名作だ

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国家公務員総合職の試験会場で、受験者の男性が同じ受験者に刺殺される衝撃的な事件で、このドラマの幕が開く。不穏な始まりだが、この事件を冷静にうけとめた文部科学省の官僚、それが主人公の御上孝(みかみたかし)だ。有能で狡猾な官僚たちの暗躍を描くと思いきや、舞台は私立の進学校へ移る。御上は官僚派遣制度と謳うテイのいい島流しを喰らって、教育現場への出向を命じられたのだ。官僚であり、教師でもある「御上先生」の誕生。

このドラマは人の道や正しさを熱く語る、わかりやすい熱血教師モノではない。東大卒の超エリートがある思いを胸に秘めて、文科省の内側から教育改革を目指したものの、疲弊と絶望と排除を経験。この国を、社会を、意識を変えるためには、バージョンアップでは足りない。リビルド(再構築)が必要だと心に決めて、教育の現場でひそかに動き始めるという社会派ドラマなのだ。

松坂桃李が低体温かつ眼の光を抑えに抑えて演じている御上が、いったい何を抱えて、何を憂えて、何をしようとしているのか。ややとっつきにくいかもしれないが、名作だと私は思っている。もうさ、馬鹿とヤンキーと問題児を剛腕教師が導く学園モノにはほとほと飽きちゃったからね。御上先生を愛でる3つのポイントをご紹介。

1:「聡明な子どもたち」 優秀な高校生たちに教えるのは咀嚼力

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御上が教鞭をとるのは超進学校の隣徳学院。32組の副担任である是枝文香(吉岡里帆)は不本意ながら担任を外されたため、初めは御上に対して懐疑的だった。ただし、是枝は志の高い教師であり、御上の言動には次第に共鳴していく。知性と個性のある生徒たちも同様、御上に信頼を寄せていく。

父親が新聞記者の神崎拓斗(奥平大兼)は、独自取材した学校内の醜聞を書きたてる新聞を張り出し、ざわつかせていた。教員同士の不倫を暴いたものの、御上に報道の姿勢を問われて自分が何も見ていなかったことに気づく。男性教員は無傷、女性教員の冴島悠子(常盤貴子)だけが職を追われたこと、冴島の娘・弓弦(堀田真由)が冒頭の刺殺事件の犯人であることを知って、罪の意識に苛まれる。不倫の奥に潜む真実を追うことに。

神崎の幼馴染で好奇心旺盛な富永蒼(蒔田彩珠)は飄々としているが、悩んでいる子にさりげなく寄り添う優しさがある。自らカスタマイズしたAIを駆使し、ネット上のあらゆる情報を入手するのは、お調子者の次元賢太(窪塚愛流)。この3人は御上の過去も掘りおこしながら、隣徳学院で今起きている「何か」に迫っていく。

他にも、中学校教員の父親が独自の教科書を授業で使ったことを文科省から学習指導要領義務違反と指導され、結果的に教職を辞さざるを得なくなった背景をもつ東雲温(上坂樹里)、アメリカ育ちで何でも話し合うディベートの本質を学んだものの、日本ではできない話になっていることに疑問をもっている倉吉由芽(影山優佳)などがいる。生徒たちの背景や信条を通して、「日本の教科書検定という矛盾」「アメリカの原爆投下の正当性」などを盛り込んでいるところが、この脚本のすごいところだ。いや、これが当たり前になってほしいんだけどね。

また、父親がリーマンショックで大きな損失を出し、外資系投資会社から追われた経験をもつ冬木竜一郎(山下幸輝)は、投資の在り方や金融商品の未来に思いを馳せている。劇中でリーマンショックをものすごくわかりやすく解説してくれたおかげで、低所得者を食い物にする社会のえげつなさを再確認できたよ。

御上は教壇に立って彼らに教える、というよりは、考えさせて気づかせる。「それは論理的に説明できるのか」「どうしてそう思うのか」「疑問に思わないのか」「自分の正義だけが通ると信じていたら誰とも話できない」などなど。もちろん賢い子たちだからこそ、御上の投げかけに反応できるわけだが、物事を咀嚼する力、読みとく力を伝授する、血肉の通った教育だなぁと感心する。知識を詰め込むのではなく、正しさを押し付けるのでもなく、生徒たちが「生きる力」をスポンジのようにぐんぐんと吸収していく様子が見てとれる。

劇中で頻繁に登場する「Personal is Political」(個人的なことは政治的なこと)という言葉は、今の日本に、日本人に、必要な考え方かもしれない。個人の問題に見えるテーマであっても、共有して、社会の問題として解決していく姿勢が大切なのだ。32組の生徒たちが未来を担う存在になる、と想像するだけで頼もしい。

2:「汚れた大人」 教育という聖域に巣食う悪しき輩

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子どもたちのために、未来の日本のために、少子化だからこそ今、と言えば、やり玉にあげられることもなく、お金がジャブジャブ流れ込む。教育ってある意味「聖域」化されているから、悪しき因習も前近代的な仕組みもはびこったままになりがちだ。御上がそこに斬りこもうとしているのは、このドラマのもうひとつのポイント。

そもそも御上が隣徳学院に出向させられたのは、文科省職員への天下りあっせん疑惑が報道され、その責任をとらされたという。でも御上は無実だと生徒たちの前で断言。うっすら見えてくるのは、御上の上司で総合教育政策局局長の塚田幸村(及川光博)の企みだ。上昇志向の強い塚田は、含みのある言葉で部下を駒のように動かす才に長けているようだ。政治家の元秘書で、現在は胡散臭いコンサル代表の中岡壮馬(林泰文)ともつるんで、どうやら甘い汁を吸っているのではないかと思わせる。永田町(政治家)と霞が関(官僚)を取り持つ闇の仲人って、もう、悪しき輩としか思えないよね。この塚田の薫陶をうけているのか、上昇志向が強くて鼻持ちならない官僚に見えるのが、御上と同期の槙野恭介(岡田将生)。ライバル視していた御上をひそかに蹴落とす役にピッタリの岡田、微笑みには腹黒さが滲み出る。物言いのすべてが冷酷でシニカルでもある。

権力と教育の癒着という意味で刮目したいのは、隣徳学院の理事長・古代真秀である。演じるのは北村一輝。ざわつくでしょ? 北村が「有能な学校経営者で人格者」という役なのだから。隣徳はそもそも新設校で、前身は予備校だった。それがあっという間に東大入学者を多数輩出したことで、県内屈指の進学校に。テレビに出演して教育を語ったり、校内で気さくに生徒たちの声に耳を傾けるなど、カリスマ教育者として賞賛を浴びている古代。でも、その笑顔には含みがある。御上を受け容れたことも別の目的があるようで。腰ぎんちゃくの学年主任・溝端完(迫田孝也)を使って、ひそかに御上を監視させている。

表には決して出ない大金が動いているのではないか、あるいは不正が隠蔽されているのではないか。教育という聖域で悪しき輩がうごめいていると示唆する運びには、実際に起きた事件も想起させる。時の総理大臣が大嘘をつき、財務省が公文書改ざんを命じた森友学園問題である。改ざんを強いられ、良心の呵責に苦しみ、自死を選んだ財務局職員の赤木俊夫さんの無念さを思い出さずにはいられない。そんな澱みきった世界を、はたして御上は浄化できるのだろうか。巨悪に挑むのがこのドラマの醍醐味でもある。

3:「孤独からの救済」 ひとりで闘う人のために御上は立ち上がる

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6話では、御上の兄・宏太(新原泰佑)の真相が語られた。高校生のときに、発達障害のある生徒を中等部から高等部へ進学させなかったことは人権侵害である、と学校に抗議。署名を集め、ビラを配り、抗議活動を展開したものの学校は相手にせず、生徒の間でも敬遠され、孤立していった。「間違ったことを正したい」「そうでなければ自分じゃなくなっちゃう」と言っていた兄は、放送室を占拠して抗議文を読み上げ、自分で作った装置で感電による自死を選んだ。

御上の本懐は、孤独からの救済なのではないか。兄のように聡明で正しい人間がなぜ孤立して命を絶たなければいけなかったのか。国家公務員受験生刺殺事件の犯人・弓弦に対しても、その孤独な心境に寄り添う姿勢も見せた。間違っていることを正そうとしても、大きな力でもみ消されたり、見て見ぬフリをする人々に苦しめられる。そんな孤立無援・孤軍奮闘の人を支えたい・守りたい・救いたい、それが御上の本意に見える。

そういえば、劇中で文科省の槙野が墓参する姿、誰かを見舞いに行くもその人が自死した様子が小出しに映し出される。そのお墓は高見家、26歳で亡くなった人の名が刻んである。官僚の同期なのか、それとも友人か、明かされてはいないが、権力志向あるいは不正隠蔽の犠牲になった人ではないかとも想像できる。この、さかのぼり&小出しの映像で、想像力をおおいに刺激される。刺殺事件も、悲しき自死も、散在していた点が徐々につながって線になっていく、巧みな展開だよね。謎の金髪青年(高橋恭平)の存在も今後明らかになるだろう。

冴島も、本当は学校の不正をただそうとしたために孤立し、教職を追われたのではないだろうか。養護教諭の一色真由美(臼田あさ美)が実は宏太の同級生で、御上に「学校の闇を暴いてほしい」と依頼した張本人であることがわかり、生徒たちも含めて、チーム御上は徐々に形成されてきた感もある。ということで、御上先生が「隣徳学院・文科省の官僚、そして永田町の政治家」の悪しき連係に大なたを振るう瞬間を心待ちにしている。

『御上先生』
TBS 毎週日曜 夜9時~ 
脚本:詩森ろば プロデューサー:飯田和孝、中西真央、中澤美波 演出:宮崎陽平、嶋田広野、小牧桜 音楽:鷺巣詩郎 脚本協力:畠山隼一、岡田真理 教育監修:西岡壱誠 学校教育監修:工藤勇一

出演: 松坂桃李、吉岡里帆、奥平大兼、今井柊斗、蒔田彩珠、真弓孟之、窪塚愛流、西本まりん、吉柳咲良、花岡すみれ、豊田裕大、野内まる、上坂樹里、山田健人、髙石あかり、渡辺色、八村倫太郎、青山凌大、山下幸輝、藤本一輝、夏生大湖、唐木俊輔、影山優佳、大塚萌香、永瀬莉子、鈴川紗由、森愁斗、芹澤雛梨、安斉星来、白倉碧空、矢吹奈子、岡田将生、迫田孝也、臼田あさ美、櫻井海音、林泰文、堀田真由、高橋恭平、及川光博、常盤貴子、北村一輝 ほか

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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