いよいよ最終回へ
nullいよいよ最終回を迎える『光る君へ』(NHK)。戦とお家継承が描かれる戦国武将モノとは異なり、やんごとなき人々の悲劇と憂鬱、残酷無比な権力争い、政の道具にされる女性たちがたっぷりと描かれた。戦禍はなくとも、天災や疫病が続いた平安に、ひとりの女性が物語を紡ぎ、1000年たっても読み継がれる大作を生み出したことに改めて敬意を覚える。そんな大河ドラマだった。魅力的なキャラクターも多数いたが、主人公・まひろ(紫式部)の半生を彩った、いや、通り過ぎていった男たちを振り返ってみよう。
横暴な権力を批判し、民の苦しみを笑いで救う直秀
nullまずは、散楽の役者だった直秀(毎熊克哉)。町中でまひろ(吉高由里子)や藤原道長(柄本佑)の危機を救い、ふたりの恋路を支えた立役者でもあった。闇夜に屋根の上から報告&フォロー、義賊としても暗躍していた直秀だが、まひろと道長の願いも虚しく、惨殺されてしまう。
直秀がまひろに教えたことは、富と権力を握った貴族たちに虐げられている民の心だ。散楽で貴族を揶揄して、面白おかしく演じるのは、庶民の生活が苦しくて辛いから。どうにもならないからこそ笑って辛さを忘れたいのだと諭す。不公平な格差社会を打破したい。まひろの胸にその志の種を植えたのはシニカルな直秀の本懐だった。
個人的に好きだったのは、直秀が冗談とも本気ともとれるように、まひろを誘ったシーン。「海の向こうにかの国がある。京のお偉方はここが一番とふんぞり返ってるが、所詮鳥かごだ。俺は鳥かごを出て、あの山を越える。一緒に行くか?」と。まひろは「行っちゃおうかな~」と案外即答。直秀は「行かねーよな……」と寂しそうに笑う。まひろの人生の選択肢にはなかったものの、直秀と一緒に京を出ていたらどうなったのだろうと想像させる場面だった。
親に捨てられ、異国でサバイブした苛酷な運命の周明
null好奇心旺盛なまひろに宋の言葉や文化を教えてくれたのは、越前で薬師見習いだった周明(松下洸平)だ。宋では「科挙」という試験があり、身分の高低に関係なく、試験に合格すれば官僚になれると知ったまひろは、宋に自由と平等があると憧れを抱く。ほら、ただでさえ日本は理不尽な格差社会だからさ、平安では(令和もか)。
もともと日本人だった周明は親に捨てられたという。単身、宋に渡るも、かの地でも牛馬のように働かされたという、想像を絶する過去をもつ。直秀といい、周明といい、恵まれない出自と環境でたくましく育った男が物語に投入されると、途端にラブロマンスが鮮やかになるよね。ほのかな恋心が芽生えた!?と思いきや、周明はまひろを脅迫するという暴挙へ。まひろへの思いを断ち切るかのような暴挙の後、去り行く周明の姿に、視聴者は「周明、もう一回出てきそうな気がする!」と期待していたはずだ。
で、期待通りに周明再び登場! 書くことを断念し、旅に出たまひろが大宰府で遭遇したのは、立派な薬師になった周明だった。ところがですよ、異国の侵入者に矢で射貫かれちゃって……。まひろは周明の遺体を海岸に放置せざるをえない状況へ。心では弔っているが、弔うシーンはない……え、このまま放置で、潮葬あるいは鳥葬ってこと!? 周明の人生、不憫と思うか、故郷・日本で愛した女を守って絶命したことを幸せととらえるか。
好いた男がいても、まるごと受けとめる寛容な宣孝
null唯一、まひろが公の婚姻関係を結んだ、というか妾となることを承諾したのは宣孝(佐々木蔵之介)だ。親戚のおじさんくらいな立ち位置で、まひろの成長をつぶさに見てきただけあって、懐が深い。いや、深いようでいて、そうでもない。道長にまひろを娶ったことを報告したり、まひろの恋文を他人に見せびらかすなど、やや無神経なところもあった。それでも大人の貫禄と寛容を見せつけ、「枕草子」で清少納言にディスられていた藤原宣孝のイメージをほんのちょっと覆した感もある。
まひろが道長を愛していてもいいという。石山寺の満開の桜の下で道長と密会し、うっかり妊娠しても、まるごと受けとめた宣孝。「そなたの子は誰の子でもわしの子だ」「わしのお前への思いはそのようなことで揺るぎはしない」。かっこいい!と思ったが、その相手が時の権力者だったから、という打算も透けて見える。
それでも、ああ言えばこう言うまひろを心の底から愛おしいと思って、まひろ宅を訪れる際にはたくさんの高価なお土産を差し入れてくれた宣孝。あしながおじさん……じゃないな、紫の薔薇の人……でもないな、笠地蔵……でもないか。とにかく頑固で一途なまひろを、そしてまひろの家族を、路頭に迷わないよう救ってくれたことには感謝しなければ。
廃屋、石山寺、藤壺に川辺……傍にいてもいなくても心はともに 本命の道長
null幼い頃に出逢い、理想の世界を夢見て、愛を交わすも身分の差に阻まれたふたり。若き道長は、荒唐無稽な駆落ち案や苦肉の策として妾案をプレゼンするも、若きまひろはプライドを傷つけられ、頑としてきかず。ふたりとも若かったなぁ、と思い出さずにはいられない。離れていても、近くにいても、見上げる月は同じ。相手を思うときはいつも月夜というのも象徴的だった。
道長がまひろに与えたのは「書く」という使命。物語を書くことでやんごとなき人々の心をほぐし、書くことで自分自身の感性を研ぎ澄ますこともできた。しくじりも、くすぶりも、人間のみっともなさも、心の闇も、筆にのせて昇華させてきたまひろ。やりきった感の清々しさは、旅に出たまひろの足取りにも、青い空と海にも、投影されていた気がする。最愛の道長ともこれでお別れ……なんて、そうは問屋が卸さないわけよ。
太宰府が異国の襲撃を受けたと聞いて、まひろの安否を心配する道長。娘の賢子(南沙良)にさりげなく聞いて、生きていることを確認した道長。顔には出さずに、心の中で安堵のガッツポーズ。出家してはいるのに未練はある。このふたりがソウルメイトかつ相思相愛であることは全話一貫して伝わってきたが、その温度変化は見ものだったなぁ。
で、個人的には最も気になっていたことが最終話で描かれるようだ。道長の嫡妻・倫子(黒木華)の心情である。太宰府から戻ったまひろをねぎらい、さりげなく思い出話をしたところで、しれっと「あなたと殿はいつからなの?」と聞く倫子。「私が気づいていないとでも思っていた?」と、ここにきて攻めの一手。詰んだまひろは、どう受け答えするのだろうか。このやりとりを描かずに終わったら、モヤモヤしたままだったからね。
平安の色濃い色恋沙汰を堪能し、人間って1000年たっても変わらないもんだと痛感させられる1年だった。
『光る君へ』
NHK 毎週日曜夜20時00分~
脚本:大石静 音楽:冬野ユミ 制作統括:内田ゆき、松園武大 演出:中島由貴、佐々木善春ほか
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、秋山竜次、町田啓太、竜星涼、ファーストサマーウイカ、伊藤健太郎、見上愛、南沙良、岸谷五朗ほか
イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。