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いづみの正体判明!では玲央の家族は誰?ドラマ「海に眠るダイヤモンド」が描く、昭和の熱量と平成の絶望

TBSの日曜劇場といえば、常に話題を呼ぶ作品が思い浮かびます。秋クールの目玉ともいえる『海に眠るダイヤモンド』は、脚本に野木亜紀子さんを起用し、主役級の俳優が集結する豪華キャストで話題を呼んでいます。

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

昭和の熱量と平成末期の絶望

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時は1965年。炭鉱で栄えた長崎県の端島(通称・軍艦島)が映る。夜の闇の中、乳飲み子を抱えた女性を乗せて、小舟を漕ぐ女性。島から逃げているようだ。意味深な映像から始まり、時は2018年へ。朝方の新宿・歌舞伎町で、主人公のやさぐれたホスト・玲央(神木隆之介)に声をかけたのは一見くたびれた高齢の女性。「私と結婚しない?」。いづみと名乗るその女性は、実は大きな会社を経営する社長だった。仕事明けの玲央を半ば拉致して、長崎へ連れていく。核心には触れないものの、若い頃にいた端島の思い出をぽつりぽつりと語り始めるいづみ。

再び、時は戻って1955年へ。端島は活気にあふれている。島の住民は戦争の傷跡を抱えながらも、たくましく前を向いて生きている。父も兄も炭鉱夫、端島で育った荒木鉄平(神木隆之介)がもうひとりの主人公だ。島で炭鉱夫を管理する外勤の仕事に就いている。彼を中心に、炭鉱と島の行く末を描く、昭和の青春グラフィティが始まる。

希望に満ちた高度経済成長期、いわば「昭和の熱量」と、疲弊と虚無感が漂う「平成末期の絶望」。2つの時代を紡ぐ大作『海に眠るダイヤモンド』(TBS)が面白い。1955年~1965年と2018年の現代を行き来する絶妙な場面転換で、観る者を飽きさせない。物語を牽引するのは、玲央と鉄平、まったく異なる性質の二役を見事に演じわける神木隆之介、そしてワケアリの過去を悔やむ様子の老婦人・いづみを演じる宮本信子である。

若かりし頃のいづみを巡って考察するも…… 

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いづみが玲央を長崎に連れて行ったり、自宅に招き入れるのは、端島時代に愛した男(鉄平)と瓜二つだったから。売掛金を払わずに飛んだ客のせいで、追い詰められている玲央にとっては救いの神だ。いづみは目論見があるのか、会社の経営権も遺産も、息子(尾美としのり)や娘(美保純)には譲らず、玲央に託す可能性を匂わせる。家族は困惑するも、いづみはまったく意に介さず、玲央を次期社長候補とまでうそぶく。

ただし、在りし日の端島で何が起きたのか、詳細は語っていない。いづみの秘めた過去が物語の展開の鍵をにぎり、視聴者をうまいこと揺さぶる。ではいづみはいったい誰なのか。1955年当時の端島で、鉄平と交流のある女性は3人。幼馴染で食堂の娘・朝子(杉咲花)、鉄平と同じく長崎の大学に進学し、端島に戻ってきた百合子(土屋太鳳)、そして端島に大金と銃を隠し持って流れて来たジャズ歌手のリナ(池田エライザ)だ。

朝子は明らかに鉄平に思いを寄せている。健気で働き者の朝子に、杉咲はぴったりだし、下馬評では「いづみ=朝子説」が有力。百合子は自信過剰で、奔放に振る舞って強がるものの、実は最も繊細で背負い込みやすいタチだ。長崎で被爆した過去があり、敬虔なクリスチャンの母と確執もあった。鉄平はすべてを知り尽くしたうえで、百合子に思いを寄せていたことも判明。太鳳の魅力が宮本に通ずる感じもあって、百合子の線を消せない。そして、初回の冒頭で小舟を漕いでいたのはリナだ。リナはなにやらキナ臭い事情がある(そういえば、宮本信子本人はジャズシンガーでもあるしなぁ)。エライザのコケティッシュだがどこか陰のある印象は、苛烈な運命を生き延びたいづみにつながる気もしたのだが……。ほのめかしと匂わせを随所にちりばめた演出にも拍手だ。

ミステリーを牽引する朝ドラ主演級に絶大な安心感

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性格も生い立ちも異なる3人の女性が、戦後の混乱期をどう生き延びて、高度経済成長期をどう迎えたのか。杉咲・太鳳・エライザがあの時代のそれぞれの苦悩を体現していて、絶大な安心感もある。さらに神木と宮本とくれば、もう朝ドラばりに半年間放送してもいいんじゃないかと思うワケよ。

ちなみに、杉咲は『おちょやん』『とと姉ちゃん』、太鳳は『まれ』『花子とアン』『おひさま』、神木は『どんど晴れ』『らんまん』、宮本は『あまちゃん』『ひよっこ』『どんど晴れ』(すべてNHK)他と、朝ドラ主演&名演級の豪華な布陣でもある。唯一、エライザは朝ドラの出演経験はないが、「深夜枠の若き女王」として君臨してきた。クールでミステリアスな女性からコミュニケーションに難ありの人物まで、ポップな現代劇や恋愛系で強い印象を残してきた女優だ(『ヤッターマン』のドロンジョの若かりし頃を描いたドラマでも主演)。今回のリナも適役!

そして、第5話で物語が大きく動いた。DNA鑑定の結果、いづみと玲央は血縁関係ではないことがわかった。さらに、いづみの孫たち(片岡凛・豆原一成)によって、いづみは旧姓の名字で、名は朝子であると知らされる。やっぱ朝子かー。しかも、島で殺人事件も起きちゃいましたよ!! リナは博多の興行主(要するにヤクザ)に追われていた。リナを殺すよう命じられて、新人鉱員を装って島に潜り込んでいたのはヤクザの小鉄(若林時英)だ。鉄平の兄・進平(斎藤工)はリナを救うために小鉄を殺害してしまう。銃声だけでなく、悲劇の始まる音が聴こえた。サスペンス開幕! ん? でも逃げざるをえなくなったのはリナではないのか? 朝子の遺恨の詳細はこれから明らかにされていく模様。中盤までの吸引力は抜群、そして今後の展開から目を離せなくなっている。

端島の日常の再現に想像が膨らみ、現代の虚業にためいきをつく

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さて、もうひとつの特長は端島の再現である。480m×160mという面積の小さな端島には4,000人以上が暮らしていたという。水は使用時間が決まっているチケット制、コンクリートの地面に緑はなく、花や野菜が育たない。ゴミは島の外壁の外側にガバガバと捨てる。狭いので住宅は上へ上へと伸びて、島はなんとも異様な外形に。それでも活気にあふれ、子どもはポコポコ生まれる。本土よりもテレビ普及率が高く、島には映画館などの娯楽施設もある。

その「混沌だが覇気も希望もある」端島の生き生きとした様子も見どころのひとつだ。多くの人が「無人島」「廃墟」の印象しかもっていなかった軍艦島を、極彩色に再現する技術には感心した。おそらく、ロケの映像とCG映像の巧みな融合に加えて、精密なセットを作り上げているはず。スケールの大きい……いや、端島は小さいので、大きくはないが精密な映像づくりは、それこそ大河ドラマ級ではないかしら。

個人的には、玲央をとりまく世知辛い背景、大企業の社長である朝子とその家族が織りなす現代パートの「空虚さ」も対比としては興味深い。女性客を手玉に取るはずがまんまと振り回されて、常に金のことを考えざるを得ないホストの玲央。まさに「虚業」である。そんな玲央が、裕福だがギスギスしている朝子の家族を「ドブじゃん」と吐き捨てる場面が象徴的だ。平成末期に絶望感を抱いているのは玲央だけでなく、朝子も同じなのだ。

古き良き昭和の遺産に焦点を当てつつ、戦争の遺恨も、現代社会の虚ろさも、それぞれの人物の物語に盛り込んで、極上のエンターテインメントに仕上がっている。日曜劇場の十八番である覇権争いや下剋上ではない、多面的な構図を評価したい。

『海に眠るダイヤモンド』
TBS 毎週日曜 夜9時00~ 
脚本:野木亜紀子 音楽:佐藤直紀 プロデュース:新井順子、松本明子 演出:塚原あゆ子、福田亮介、林 啓史、府川亮介 スーパーバイザー:那須田 淳、岡崎吉弘 編成:中井芳彦、後藤大希
出演:神木隆之介、斎藤 工、杉咲 花、池田エライザ、清水尋也、山本未來、宮崎吐夢、内藤秀一郎、西垣 匠、豆原一成、
中嶋朋子、酒向 芳、さだまさし、國村 隼、尾美としのり、美保 純、土屋太鳳、沢村一樹、宮本信子 ほか

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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