非恋愛の時代において、逆張りの色恋沙汰ウェルカム状態
nullミステリやサスペンスで急に登場人物が恋愛感情を持ち始めると、「それ、今、いらんから」と思うことが増えた。無駄な恋愛要素を入れ込むことで盛り上がると思っているドラマ界の因習に、辟易する自分がいる。世間でも「非恋愛」が流行であり、また異性愛よりも同性愛と人類愛が優勢だ(というか、良作が多い)。
そんな令和において、なかなかに激しい色恋沙汰を展開しているのが、大河『光る君へ』(NHK)である。「それ、今、いらんから」などと微塵も思わない。むしろ「色恋沙汰ご一行様大歓迎!」という空気になりつつある。
主人公は聡明な才女、のちに紫式部となるまひろ。演じるは吉高由里子。大河にありがちな「男勝り(死語)な女子」でも「従順な妹」でも「天真爛漫な姫」でも「豪胆な女」でもなく、貧しい家に生まれた、学問大好きな賢い長女である。当然おっちょこちょいでもドジっ娘でもない。クレバーな長女が、残忍非道な貴族たちの醜い覇権争いを一歩引いた視点で俯瞰する展開へ。権力者側がつづる政争の歴史、ではないところも新しい。いろいろな意味で、逆張り大河である。
恋のキューピッド・直秀がもたらした「志」
nullまひろの色恋沙汰は苦悩と障壁の連続だ。心にブレーキをかけさせる仕掛けが次から次へと襲ってくる。それもこれも彼女の人間力と観察力を養うために不可欠なのだと思わせる。
まずは三郎、のちの権力者となる藤原道長(柄本佑)だ。同じ藤原でも格が違う。まひろは貧乏貴族で、うだつのあがらない受領・為時(岸谷五朗)の長女。いっぽう道長は、容赦ない謀略で天皇家さえも陥れる傍若無人な右大臣・兼家の三男。学者である父のお陰で学才はあるが、暮らしもままならぬ家の娘と、いずれ政権を担うエリート貴族の息子は、当初、因縁の関係でもあった。まひろの母・ちやは(国仲涼子)を虫けらの如く道端で斬り殺したのは、道長の次兄・道兼(玉置玲央)だったから。母の仇の弟という皮肉な運命に、まひろはいったん心にブレーキをかける。
それでもお互いに恋心を育みつつ、散楽を観に行くふたり。劇中では、散楽は軽業だけでなく、権力者を嘲笑う社会風刺劇でもある。そこに登場するわけよ、ふたりの恋の名アシストが。毎熊克哉が演じた直秀は、まひろには悪政に苦しむ民の本音と現状を伝え、道長には政のあるべき姿を暗に諭したキーパーソンだ。しかも、まひろにほのかな思慕を抱きながらも、道長をアシストして恋のキューピッドに! 貧しい民を救う義賊であったことが判明し、無残にも処刑されてしまったのだが、直秀の死がよりいっそうふたりの心を近づけることに(直秀派のみなさんが悲痛な声で叫んだ鳥辺野回。Rest In Peace直秀……涙)。
直秀がもたらしたのは「志」でもある。民の声を聞き、格差と貧困をなくすこと。道長には正しい政治を行って、直秀のように無残な姿で死ぬ人を減らしてほしいと願うまひろだが、道長は道長で暴走する父や兄姉たちを止めるほどの力も気骨もない。同じ月を眺めて、文のやりとりを重ねるも、温度差はあるわけだ。
道長は恋慕の情がダダ漏れのかな文字の和歌で送り続け、まひろは権力者として正しい志をもってほしいと漢詩に託して、いとしい思いをぐっと抑える。ブレーキをかけてはいるものの、募る恋心は満ちる月のようにふくらんでいく。結ばれない運命とわかっているのに、思いを寄せあって体を重ねたふたりに、切ないやら嬉しいやら哀しいやら。
身を引き、あきらめた先に残るは……
nullそれでも一緒になりたい道長は、あの手この手の提案をまひろにぶつける。まずは「海が見える遠い国へいこう、右大臣家も捨てる」と駆け落ちを提案。どう考えても稚拙で建設的ではない夢見がちな提案を、まひろは却下。さらに「妾になってくれ。北の方(嫡妻)は無理だ」と妥協案を出した道長。女のプライドをふみにじられ、まひろは傷つく。まひろの父は官職をとかれ、家はますます貧乏に。一方、道長の家は隆盛期を迎え、横暴に、でも着実に権力を拡大していく。
見かねた父の友人・宣孝(佐々木蔵之介)はまひろに縁談を勧めまくる。お見合いおじさんというか、お節介おじさんというか。ただし、「妾」になることを斡旋。妾も決して不幸ではないのだと説く。
道長は煮え切らないまひろに決断を迫るために、なかばやけっぱちで「源倫子(黒木華)と婚姻する」と宣言。それを聞くまでは「妾になってもいい」とすら思ってはいたものの、こともあろうか、まひろが姫サロンで仲良くしてもらっている、あの左大臣家の、一点の曇りもなき麗しき姫(猫好き)とわかり、瞬時に身を引くまひろ。どんな天変地異が起ころうとも敵わない最強の縁組に、打ちのめされるのだった……。
まひろにフラれた勢いで倫子に夜這いをかけた道長は、あっという間に結婚&出世街道まっしぐら。視聴者が悔しがる暇も与えず、4年の月日が流れていた。姉・詮子(吉田羊)の勧めもあって、道長は天皇家の血筋の明子(瀧内公美)も妾として迎えている。性欲も旺盛、地位も名誉も盤石の立ち位置へ。逆に、まひろは困窮まっしぐらで、女房職を探すも雇われず。窮状を耳にした倫子に憐みで声を掛けられるも、断るまひろの矜持……。
まひろは恋多き女ではない。生涯貫くであろう秘めた思いがあるからこその苦悩が、今後も待ちかまえている。劇中ではまだ描かれていないが、お節介おじさんこと宣孝は、のちにまひろの夫となる男である。賢くて肝が据わったまひろを気に入っている様子は言葉の端々に滲んでいる。この親子ほど年の離れたふたりの、恋愛感情の行方も気になるところだ。
色恋沙汰上等! 道長を巡る女たちとまひろの心理描写は、このあともより深く重く、観る者の心をえぐってくるだろう。女房・紫式部の人間観察力の礎が築かれていく背景をじっくり味わっていきたい。
『光る君へ』
NHK 毎週日曜夜20時00分~
脚本:大石静 音楽:冬野ユミ 制作統括:内田ゆき 演出:中島由貴、佐々木善春ほか
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、井浦新、吉田羊、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗、段田安則ほか
イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。