懐古趣味や昭和礼賛ではない
null思わず吹き出す笑いも懐かしさもてんこもり、情報量が多いうえに、ハッと考えさせられることも多すぎる『不適切にもほどがある!』。
阿部サダヲ演じるTHE昭和脳のオヤジがたまたま令和にタイムスリップ、ハレーションを起こしつつも、うっかり活躍してしまう物語だ。差別や女性蔑視の発言が当たり前に許されていた野蛮な昭和と、その野蛮さを前近代的ととらえて改善の一途をたどり始めた令和を比較する構図があって、どちらも体感した世代にとっては恥ずかしいやら耳が痛いやら懐かしいやらでね。細かいネタやセリフがツボで、いちいち反応しちゃうし、役者陣が実に最適な配置でしびれまくるので、腹筋と眼筋がどっと疲労するドラマだ。
ただし、懐古趣味に走って昭和礼賛を促すわけではない。3つのポイントでまとめてみよう。
子どもはけっして親の思い通りにはならない
nullアベサダが演じる小川市郎は中学校の体育教師。「地獄の小川」と呼ばれるほどの鬼教師で、地元では有名だが自分の子育てはうまくいっているとは言えない状況。妻に先立たれ、高校生の娘・純子(河合優実)をひとりで育てているが、絶賛思春期(ほっとくとすぐに男を連れ込もうとする)。純子が変な男と付き合わないよう過干渉になる市郎だが、純子は純子で母亡き後に落ち込んだ父に活力を与えるために、わざとつっぱっている。父娘がお互いを思いやるあまりの空回りが切なく微笑ましく描かれる。
また、令和からタイムトリップしてきた母子も登場。社会学者でフェミニストの向坂サカエ(吉田羊)は、元夫(三宅弘城)が開発したタイムマシン(なぜか都バス型)に乗って、息子のキヨシ(坂元愛登)とともに昭和にやってくる。優しく穏やかなキヨシは令和で不登校だったものの、昭和に来てからは学校へ行き始める。モチベーションはふらち(純子にひとめぼれしたこと、テレビの地上波でおっぱいが観られることなど)ではあるが、自由で野蛮な昭和でのびのび。そもそも差別や蔑視をしないよう、サカエが英才教育してきたのだが、キヨシはそれを守りながらも、親の想像をはるかに超えていく(キヨシは男子と付き合ったり、キスした経験もある)。
「ひとり親の奮闘と空回り」がひとつのテーマだとわかる。実はもう一組、父娘がいる。市郎が令和で恋をした女性・犬島渚(仲里依紗)も、乳飲み子を抱えて劇中で離婚することに。渚自身も、幼い頃に母を亡くし、父・ゆずる(古田新太)と暮らしてきた。描かれる家族の形態が基本的に「ひとり親・ひとりっ子」。子どもは親の思い通りにはならないが、みなそれぞれに成熟している様子が描かれる。両親や祖父母が揃い、きょうだいもなぜか多い「大家族」というホームドラマのいわゆる定番を覆した。
第5話では、渚が市郎の孫であることが判明。時を経て、タイムスリップしたからこその邂逅。昭和・平成・令和を通した親子3代の物語が見事につながった。
社会の風潮にモヤモヤする人を代弁するミュージカル
null「ハラスメントへの過剰防衛」「コンプライアンス重視」「働き方改革」「性的同意アプリ」「ペーパーレス推進」「ジェンダー平等」「性的描写(インティマシー)での尊厳遵守」「SNSの使い方」など、令和で足並みが揃い始めた社会の風潮が物語に組み込まれていく。その風潮のおかげで本当に助かって、生きやすくなった人もいれば、やりにくさや気まずさ、不満を覚えている人もいる。すべての人を救う、とまではいかないが、モヤモヤの代弁になっている部分もある。決して令和がダメだと言っているわけではない。配慮が足りなさ過ぎた昭和、それを踏まえて固めてきた平成があり、令和は実行と検証の時代に入ったのだと考えさせられる。
世代間の対立を促すわけでもなく、かといって、正解をひとつに決めつけるわけでもなく。それが「謎のミュージカルシーン」に込められているところが絶妙だ。昭和の名曲にアレンジを加えたメロディにのせられると、固さと説教臭さが和らぐ。笑っちゃうけど正論。ムカつくけど一理あり。異論はあるけど人それぞれ。そのさじ加減がちょうどよくて、毎回感心している。
同じところで何度も笑える落語のごとく
null昭和と令和で同じ人物だがキャストを替える場合は説得力が必要。袴田吉彦と沼田瀑(すきゃんだるのマスター)、中田理智と三宅弘城(キヨシの父・イノウエ)にものすごく納得がいっていたところ、今度は逆手にとるキャスティングも仕掛けてくるあたりがこれまたおかしい。渚の父・ゆずるが若い頃は錦戸亮。バブル期の勢いとトッポさを託す。そして術後で弱っている現在を1ミリも面影がない古田新太にした意地の悪さは大好物だ。
本人役で登場する八嶋智人を含め、脇役がほぼ全員適役、かつ手練れの舞台役者なので、大いに盛り上げてくれる(個人的にツボだったのは、昭和の事なかれ校長役・赤堀雅秋と令和の事なかれ上司役・菅原永二)。劇中で唯一、二役を演じるのが磯村勇斗だ。昭和ではムッチ先輩こと秋津睦実役、令和ではその息子の真彦役だ。価値観や考え方の温度差が最も激しい父子で、昭和の呪いを継承しなかった「抜け感」の面白さもある。
純子の「昭和ならではの楽観的な尻軽感」も笑っちゃうし、令和のフェミニストのくせにうっかり昭和風罵詈雑言を吐くサカエも気持ちよくて可笑しい。全体的に「男子の言い訳」が強い作風の中、品行方正な優等生ではない女や、欲望に素直な女、口さがない女がいることの心地よさを感じている。何度も観返しているのだが、同じところで笑ってしまうので、落語のような味わいもある。
これだけ笑わせておきながら、しんみりさせる場面もあった。コメディであっても、震災を決して忘れずに触れる心意気も高く評価したいところだ。ということで、今期の地上波連ドラNo.1作品、決定。
『不適切にもほどがある!』
TBS系 毎週金曜夜22時00分~
脚本:宮藤官九郎 音楽:末廣健一郎、MAYUKO、宗形勇輝 プロデュース:磯山晶、天宮沙恵子 演出:金子文紀、坂上卓哉、古林淳太郎、渡部篤史、井村太一 編成:松本友香
出演:阿部サダヲ、仲里依紗、磯村勇斗、河合優実、坂元愛登、三宅弘城、袴田吉彦、中島歩、山本耕史、古田新太、吉田羊ほか
イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。