子育て世代の「暮らしのくふう」を支えるWEBメディア

小泉今日子と小林聡美のリアリティ!ドラマ「団地のふたり」は日曜の夜にふさわしい

日曜日の夜10時、NHK BSで放送されているドラマ『団地のふたり』。小泉今日子さんと小林聡美さんが団地を舞台に、幼馴染みとご近所さんのほっこりとしたやりとり、でもほんの少しペーソスもあるドラマです。

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

団地の幼馴染みの独身ふたり、ノエチ(小泉今日子)となっちゃん(小林聡美)

null

ひとり暮らしの女友達と飲んでいると、必ずと言っていいほど話題にあがるのが「同棟別居」。「同じマンション内でそれぞれの部屋に住んでいたらいいよね」というやつだ。気の置けない友人と、ちょうどいい距離で、お互いに寄りかからないものの、寂しさや虚しさを軽減して、楽しさや笑いを共有もしくは倍増できる暮らし、気軽に行き来できる住居形態が理想。

ただし、「ひとつ屋根の下に一緒に住もう」とは誰も言わない。身軽で若いときならばシェアハウスもありだが、齢を重ねるとモノもこだわりも無駄に多くなっているからな。夢と妄想は広がるものの、結局は酒の肴の与太話で終わる。

そんな与太話の延長線上にあると思わせるドラマが始まった。小泉今日子と小林聡美がタッグを組んだ『団地のふたり』(NHK BS)である。55歳シングル・団地の実家暮らしという共通項をもつ、幼馴染みのふたりの生活が淡々と描かれていく。

子育ても推し活もしない、アラフィフの些末な日常

null

キョンキョンが演じるのは太田野枝、通称ノエチ。通勤に片道2時間もかかる大学で非常勤講師を務めている。離婚を経験し、実家の団地に戻ってきたのは20年以上前の話。それでも団地内ではいまだに「出戻り」呼ばわりされている。老いてはいるがまだまだ元気な両親(橋爪功・丘みつ子)と同居しているものの、小林聡美演じるなっちゃんこと桜井奈津子の家にほぼ毎日訪れては、一緒にご飯を食べたり、コーヒーを飲んだりしている。

なっちゃんは幼稚園から中学校までノエチと一緒。イラストレーターとして売れっ子になった時期もあったが、今はほそぼそと日常のつれづれを描いている様子。事実婚を解消して、実家に暮らしているが、母は介護のために静岡へ住み着いて1年半。事実上のひとり暮らしだ。手先も器用で丁寧な暮らし、料理もうまいせいか、ノエチはなっちゃんの家に入り浸り(私だってほぼ毎日通いたい、そんな家なのだ)。通勤することもないなっちゃんの楽しみのひとつが、近所のコンビニ。店員のお兄さんに、ほんのちょっとだけ心ときめいている。

ふたりとも恋愛や結婚はとっくに見切りをつけたというか、卒業している。煩わしいモノや人とは距離を置いているフシもある。55歳のリアルな日常と時間が静かに流れていく。とにかく、キョンキョンがいい感じでアラフィフのインテリ女性を体現しているし、小林聡美の30年以上変わらない“泰然自若っぷり”にも唸る。小林と名コンビと言えばもたいまさこなので、画面の中にもたいの姿をつい探してしまうのだが、キョンキョンとのコンビも思いのほかいい。

勉強ができて根が真面目、神童と呼ばれた野枝。絵が上手で観察力と包容力のある奈津子。ふたりのキャラクターの特性を醸し出すのに適役であり、高校から別々の道へ進んだふたりが紆余曲折を経て、再び仲良くなった「時の経過」もしっくりくる。アラフィフ女友達の最終形で理想形に近いな、とも思った。

地上波のドラマは、可能性に胸躍るキラキラした20代、ギラギラと欲にまみれた30代、疲れ切った40代がメイン。50代以降は急に描かれなくなる。主役として大上段に構えた肩書を背負わされることもあるっちゃあるが、多くは家庭内や組織内の脇役として登場する程度。家族の中で永遠に最年少という50代の日常はドラマにならないからなのか、主軸として描かれることが極端に少ない。

しかも、子育てに右往左往するでもなく、夫の不義理や不甲斐なさを嘆くでもなく、推し活に異様にハマるでもなく、組織に属して人間関係に苦悩するでもない、「精神の自由」を手にした女たちを描く作品はそうそうない。世の中はなにかとドラマの主人公になるようなロールモデルを探したがるけれど、誰の参考にも憧れにもならないが自分の「足るを知る」を手にした女のほうが幸せ、とうすうすわかっている。『団地のふたり』はそんな女の着地点を見せてくれる。

団地コミュニティで見えてくるもの

null

ふたりが生まれ育った団地だけに、近所の年寄りたちからは「小娘」扱いされ、若手と言われては雑事を頼まれることもある。ご近所レディの佐久間さん(由紀さおり)から網戸の張替を頼まれ、ふたりで手伝ったところ、他の高齢住民たちからもわんさか依頼されてしまう始末。共生と相互扶助がまだ存在している、それが団地コミュニティ。一方で、野枝の父(橋爪功)は団地の管理組合の理事長で、ゴミの出し方やら騒音など、住民から日々寄せられる苦情にため息をついている。過干渉と不寛容が存在している、それも団地コミュニティである。

ノエチとなっちゃんは仲良くつるみながらも、この団地コミュニティでいろいろな住民と触れ合っていくようだ。ノエチの兄(杉本哲太)が実家に残してある、ギターやら楽譜本をこっそりフリマアプリで売り飛ばす悪巧みも描かれた。思いのほか高値で売れたので、高級な食材(あなごや京漬物)を買って、ふたりで豪華な晩餐に。ちゃっかりしているふたりだが、今後は住民同士をつないだり、和を広げる役割を果たすようにも見える。住民それぞれの人生譚を間近に見て、自身の老い支度の参考にしていくのかもしれない。得るモノはお金でも賞賛でもない。幸せとはなんぞや、の答えなのかもしれない。

余談だが、私自身もベビーブーム世代で、千葉県の団地のある町で育った(特に船橋市はめっちゃ団地が多いのよ)。1970年代、関東近郊には数十棟が立ち並ぶ巨大団地がたくさん建てられ、都心部通勤組と子育て世帯のベッドタウンとしておおいに役割を果たした。そんな団地が今は高齢者ばかりでオールドタウンと化している話もよく聞く。逆に、古いが賃料の安い団地に外国人が集って、独自のコミュニティを形成して団地文化を守っている話もあるし、人とのつながりが育まれる団地のよさを再確認した若い世代も増えている、とも聞く。

景気がよくてなにもかもが元気だった昭和の時代から、不景気と大災害で底打ち状態の平成、疫病の蔓延で人間関係のありようが一変した令和と、団地を通して日本社会の来し方行く末が垣間見えるような気もするのよね。

「団地」をテーマにしたドラマや映画は過去にもあったが、集合住宅の煩わしさや干渉の恐怖という負の面がクローズアップされたり、ノスタルジーを通り越えてファンタジーに昇華した作品だった。『団地のふたり』のように、特別でも非日常でもない、団地で暮らす人々を牧歌的に描く作品は珍しく、貴重でもある。

この団地内には、おっさんたちに人気の色っぽい福田さん(名取裕子)や、苦情ばかり言って輪に入ろうとしない東山さん(ベンガル)など、濃いメンツも揃っている。殺伐とした大事件は起きそうにないが、この後に登場する毎回のゲスト陣を見る限りでは、微笑ましい小競り合いや温かい交流が繰り広げられそうだ。考え方をちょっと方向転換したい人、今の住まいから環境を変えたいと思っている人に、このドラマはささやかなヒントをくれるかもしれない。

『団地のふたり』
NHK BS 毎週日曜 夜10時00分~
原作:藤野千夜 脚本:吉田紀子 音楽:澤田かおり 制作統括:八木康夫(テレパック)、勝田夏子(NHK) 演出:松本佳奈 / 金澤友也(テレパック)
出演:小泉今日子、小林聡美 / 丘みつ子、由紀さおり、名取裕子、杉本哲太、塚本高史、ベンガル / 橋爪功 ほか

※9月7日(土)午前0:15~1:05に第1話をBSにて再放送。現在NHKオンデマンド、U-NEXTで第1話から配信中。

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

pin はてなブックマーク facebook Twitter LINE
大特集・連載
大特集・連載