はじまりは2020年。夢二のお菓子缶がお歳暮限定商品として登場
null竹久夢二は、誰もが知る大正ロマンを代表する画家です。そして当時としてはとても“先進的”な考えを持った人だったのでしょう。画家としてだけではなく、雑誌の表紙や日用品のデザインなども手がけたといいます。1914年(大正3年)には日本橋呉服町(今の中央区八重洲のあたり)に『港屋絵草紙店』を開き、そこでは夢二がデザインしたという千代紙や便箋・封筒、うちわや風呂敷、帯に浴衣、手ぬぐいなどを販売。まさに現代のグラフィックデザインやアートディレクションを今から100年以上前に夢二は実現していたのです。
現在も夢二の美人画というのは、女性人気が高いですが、実はそんな夢二の絵を使ったお菓子缶、これまで、私が知る限りありませんでした。そもそも日本の美人画のお菓子缶などないのでは?と思うかもしれませんが、そんなことはなく、洋菓子店「タカセ」(東京・池袋)には1962年から画家の東郷青児氏が描いた美人画のお菓子缶があり、今だ高い人気を誇ります。だからこそ“夢二のお菓子缶”がないのは不思議でした。
ところが2020年。誰もが知るスーパーマーケットの『イトーヨーカドー』のお歳暮に誕生した、世界の名画をお菓子缶に用いた「アートコレクションシリーズ」に“竹久夢二缶”が登場! この出来事は、ずっとお菓子缶を追い続けている私にとってもかなり衝撃的な出来事でした。オンラインはもちろん、『イトーヨーカドー』のお中元・お歳暮コーナーで実物を見て買うことができます。
2023年お中元の夢二缶は、2種類
null創業150年以上の老舗である『東京凮月堂』の商品とコラボしたのは、1926年の作品「七夕(缶にはその一部を使用)」。この絵は、当時の女性向け雑誌「婦人グラフ」7月号の表紙を飾ったもの。笹飾りの短冊に願いを書く女性の物憂げな表情と左手の薬指にはめられた指輪、そして缶ぶたの左下に書いてある「LONGENGAGEMENT(長い婚約)」。この文字が物憂げな表情の原因であることを匂わせている、実はとても深~い絵なのです。
でも風に舞う短冊といい、鮮やかな柄の着物といい、夏の到来を感じさせる今の季節にぴったりのお菓子缶ですよね。
そしてもうひとつは、1923年創業の老舗煎餅屋『中央軒煎餅』の商品とのコラボ。先の「七夕」と同じく、1926年の「婦人グラフ」4月号の表紙を飾った「APL・FOOL(エープリルフール)」を使用。うっすらと笑っているようにも見える、さくらんぼ柄の着物に白いエプロンをしたカフェーの女給。彼女は右奥に見える花束を持つ紳士にどんな嘘をついたのでしょうか。手元のアイマスクのようなものも気になりますよね。これもまた、“思わせぶり”な絵であり、夢二ならではの世界観をたっぷりと堪能できる缶です。
今回コラボした『東京凮月堂』も『中央軒煎餅』も、夢二がそれぞれの絵を描いたころにはすでにあったお店だというのもなんだか素敵ですよね。まさか100年近い時を経てこんなコラボ商品が生まれるなんて、夢二も思わなかったことでしょう。
今年の『イトーヨーカドー』のお中元にも登場した夢二缶。贈答品ですが、夢二缶を入手できるまたとない機会。私は自分用に購入しています。
【参考】
イトーヨーカドー アートコレクション
撮影/中田ぷう
編集者・フードジャーナリスト。多くの料理本や暮らしの本、キャンプ本を手がける。自著に子どものごはん作りの闘いを描いた『闘う!母ごはん』、『素晴らしきお菓子缶の世界』(共に光文社)がある。 プライベートでは猫2匹&犬1匹と小学生、大学生の女の子の母。ハワイじゃなくてグアムラバー/スターウォーズマニア/アダム・ドライバーファン。Instagram