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布や壁紙デザインのモリスも!「ラファエル前派の軌跡展」で英国美術に触れる【ふらり大人の美術展】#6

19世紀の中頃にヴィクトリア朝のイギリスで生まれた、若き画家たちの集団「ラファエル前派同盟」。幻想的で、どこか退廃的な雰囲気もある彼らの作品は多くの人を惹きつけています。

今回は、現在『三菱一号館美術館』で2019年6月9日(日)まで開催されている「ラファエル前派の軌跡展」をご紹介。ラファエル前派の画家たちの作品をたっぷり鑑賞できますよ。一部の展示室は、撮影もOKです!

イギリスを代表する評論家で思想家「ジョン・ラスキン」

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ジョン・ラスキン(1819〜1900)とは、イギリスを代表する美術評論家であり、詩人、社会思想家でもある人物。当時、産業革命により大量生産が可能になるとともに、次第に職人技を尊ぶ風潮が失われつつあったイギリス社会を憂いたラスキンの思想は、夏目漱石や宮沢賢治など日本の文筆家や思想家の共感をも集めました。

19世紀のイギリス美術界に大きな影響をもたらす大御所であったラスキンは、若い才能を高く買う“目利き”でもありました。彼がその素晴らしさを見出し、大々的に世間にアピールしたものの代表格が、展覧会のタイトルにもなっている「ラファエル前派」なのです。

ラファエル前派誕生前…ターナーの先進性を評価したラスキン

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会場にはロセッティの作品と一緒に写真が撮れるパネルも

「ラファエル前派の軌跡展」は、ラスキンの生誕200年を記念し、彼が見出した前衛芸術家同盟たちの作品を集めた展覧会。作品だけでなく、ラファエル前派の芸術家がどのような状況で生まれ、そして後世にどのような影響を及ぼしたのかというイギリスの美術史についても知ることができるのです。

展覧会のはじまりは、J.M.W.ターナー(1775〜1851)から。

ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー『カレの砂浜――引き潮時の餌採り』1830年、油彩/カンヴァス、68.6×105.5cm、ベリ美術館(c)Bury Art Museum, Greater Manchester, UK

イギリスを代表する画家ターナーは、印象派が登場するはるか前から、色彩を荒々しく使用した風景画を描きはじめていました。

今でこそ、彼の描くような抽象的にも感じられるような絵はポピュラーな表現になっていますが、対象を正確に美しく描くことを是としていた当時のイギリスでは、彼の画風は非常に評判の悪いものでした。

けれどもラスキンは彼の作品に強く心を惹かれ、24歳にしてターナーを擁護する著作集『現代画家論』を発表。ターナーの先進性こそが、これからの芸術を牽引するものだと積極的に評価し、気鋭の評論家として頭角を表します。

ちなみに、ラスキンは文章だけでなく、自ら出向いた地で素描も描きました。

ジョン・ラスキン『モンブランの雪――サン・ジェルヴェ・レ・バンで』1849年、鉛筆、水彩、ボディカラー、25.1×38.4 cm、ラスキン財団(ランカスター大学ラスキン・ライブラリー)
(c)Ruskin Foundation (Ruskin Library, Lancaster University)

対象を正確に描くことの難しさを自分の身を以て理解していたからこそ、正確さの枠からはみ出て新しい表現へと突き進もうとしていたターナーの素晴らしさをわかっていたのかもしれません。

ラスキンの応援心を掻き立てた「ラファエル前派」誕生

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さらに、ラスキンの応援心を掻き立てたのがラファエル前派同盟の若者たちです。

ラファエル前派同盟は、ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829〜1896)やダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828〜1882)、ウィリアム・ホルマン・ハント(1827〜1910)ら、ロイヤル・アカデミー(イギリスの王立芸術院)付属美術学校の学生によって結成された秘密結社的な集団。権威主義的なイギリスの美術界に対し、反旗を翻す目的で結成されたグループでした。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『ウェヌス・ウェルティコルディア(魔性のヴィーナス)』1863-68年頃、油彩/カンヴァス、83.8×71.2 cm、ラッセル=コーツ美術館
(c)Russell-Cotes Art Gallery & Museum, Bournemouth

明確な問題意識を持つ彼らは、ルネサンスのラファエロ以降の絵画表現を理想とするロイヤル・アカデミーの保守的なスタンスこそが、イギリスの芸術家たちの表現を縛ってきたと考えるに至りました。

「ラファエロよりも前の時代に回帰すべきだ」という主張を込めて自分たちを「ラファエル前派」と名乗り、中世時代の美術のように“わかりやすい表現”を取り戻そうと試みたのです。

エドワード・バーン=ジョーンズ『赦しの樹』1881-82年、油彩/カンヴァス、186×111 cm、リヴァプール国立美術館、レディ・リーヴァー・アート・ギャラリー
(c)National Museums Liverpool, Lady Lever Art Gallery

ラファエル前派同盟のメンバーたちも、ターナーと同じように、伝統を重んじる人々から強く批判されました。しかしラスキンは彼らの行動に感銘を受け、さまざまな文章で彼らを擁護していくのです。

そのおかげで、ラファエル前派のファンも急増。ラファエル前派第2世代とも呼ばれるエドワード・バーン=ジョーンズ(1833〜1898)やウイリアム・モリス(1834〜1896)ら、新しい仲間も増えていきました。

そして、バーン=ジョーンズとウィリアム・モリスは自らの理想を求めて、さらに進化を遂げていきます。バーン=ジョーンズは自分の画風を確立し、モリスは「モリス・マーシャル・フォークナー商会」を立ち上げました。

モリスは、ジョン・ラスキンの思想に影響を受けて個人の手仕事にこだわり、工業生産のあり方に異を唱え、家具やステンドグラス、壁紙などあらゆる装飾芸術を友人の芸術家たちとともに作り上げていきます。バーン=ジョーンズもステンドグラスの絵柄をデザインしました。

モリス・マーシャル・フォークナー商会(1875年以降はモリス商会)『3人掛けソファ』1880年頃、クルミ材・毛織生地、96.2×221×77.2 cm、リヴァプール国立美術館、ウォーカー・アート・ギャラリー (c)National Museums Liverpool, Walker Art Gallery

モリスの考えは次第に人々の共感を得て、その後「アーツ・アンド・クラフツ運動」と呼ばれる運動に発展していくのでした。ウィリアム・モリスのデザインした布地や壁紙が現在でも人気があるのは、皆さんもご存知の通り。私達の暮らしを豊かにしてくれていますよね。

根強い人気のラファエル前派やターナーがあるのは、ラスキンのおかげと言っても過言ではありません。「ラファエル前派の軌跡展」は、現在は知る人ぞ知る存在になってしまったラスキンが、何を考え、どのような人だったのかを知ることができる貴重な展覧会でもあるのです。

 

会場の『三菱一号館美術館』は、東京駅からすぐの場所にあります。祝日を除く毎週金曜、毎月第2水曜は21時まで開館していますので、仕事帰りなどにもぜひ足を運んでみてくださいね。

【展覧会情報】

ラファエル前派の軌跡展

会場:『三菱一号館美術館

東京都千代田区丸の内2-6-2

会期:2019年3月14日(木)~6月9日(日)

開館時間:10:00〜18:00/祝日を除く金曜、第2水曜、4月6日、6月3日〜7日は21:00まで(最終入館は閉館の30分前まで)

休館日:月曜(ただし、4月29日、5月6日、6月3日、トークフリーデーの5月27日は開館)

最寄り駅:JR「東京駅」丸の内南口より徒歩5分、東京メトロ丸ノ内線「東京駅」改札口・地下道直結 徒歩6分、東京メトロ千代田線「二重橋前駅」徒歩3分

問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

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