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「動物のお医者さんになりたい」と子どもに言われたら?野生動物医に聞く、夢を応援するために親ができること

子どもに「動物のお医者さんになりたい」「動物に関わる仕事がしたい」と言われたことはありませんか?「動物が好き」という気持ちから始まって、年齢が上がるとともに具体的な進路へと変わっていきますよね。子どもを応援したいと思いながらも、現実的なことを考えて心配になる方もいるはずです。

そこで今回は、夢をかなえて「野生動物のお医者さん」になった齊藤慶輔先生に取材。NHK「ダーウィンが来た!」TBSテレビ「情熱大陸」などのメディアに加え、学校の教科書や児童書にも登場し、このほど『僕は猛禽類のお医者さん』(KADOKAWA)という書籍も出版した齊藤先生に、動物に関わる仕事を夢見る子どもへの寄り添い方を相談しました。

診察する動物によって変わる「動物のお医者さん」の仕事

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交通事故でくちばしを失ったオジロワシの義嘴(ぎし)を開発。

動物のお医者さん(獣医師)は身近だけれど特殊な職業でもあるので、実際の仕事のことを詳しく知らない方が多いと思います。まず、獣医師の仕事は診察する動物によって2つに分かれるんです。

人間に飼われている動物(家庭のイヌやネコ、家畜のウシやニワトリ、動物園のキリンやライオン)を診る獣医師は、けがや病気を治して飼い主や施設へ戻すのが仕事です。

日本最大級の猛禽類のオオワシは翼を広げると240cmにもなる。

一方、野生動物を診る獣医師は、基本的には人間が関わる何らかの原因によって傷ついたり病気になったりした場合に治療し、自然界へ帰すのが仕事です。私は野生動物の中でも猛禽類のオオワシやオジロワシ、シマフクロウを専門に診察する「野生猛禽類のお医者さん」です。

先天性疾患で巣立ちできなかったシマフクロウの「ちび」。

北海道にある環境省の釧路湿原野生生物保護センターを拠点に活動を始めて30年、猛禽類医学研究所を設立して20年が経ちました。

人間が関わる交通事故や鉛中毒、高病原性鳥インフルエンザ(高密度の養鶏場で飼育されているニワトリによって高病原性に変異する)で傷つき、生息環境の破壊などにより絶滅の危機に瀕したワシ類やフクロウ類の治療や保全活動をしています。

また、収容した鳥たちからもたらされる情報を元に傷病の原因を紐解き、さまざまな事故や中毒を防ぐ対策も行なっています。

オジロワシは名前のとおり尾が白い。

ほかにも自然界のことを伝えるイベントを開催したり、施設で飼育しているワシたち(後遺症で野生に帰れない)を見学できる「バックヤードツアー」のガイドを務めたりしています。

いつも大勢の子どもたちが参加して、「野生動物のために何ができるのか」と真剣に考える場になっているんですよ。

日本の学校では自然環境に触れるフィールドワークの機会が少ないこともあり、私たちの活動を通して野生動物を間近に感じているのではないでしょうか。

子どもの将来の夢が「動物のお医者さん」だったら

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傷病の治療やリハビリを終えたオオワシを野生に帰す。

動物が好きという気持ちの延長で、動物のお医者さんに憧れる子どもはたくさんいますよね。自分の幼少期を振り返ってみると、親御さんはまずはお子さんの話を聞いて「動物のお医者さんの仕事を一緒に調べてみよう」と相談に乗ることがすごく大切だと思います。

できればお子さんが興味をもっていることを伸ばしてあげてほしい。少なくとも最初から否定しないでほしいんですね。これは将来の夢や年齢を問わず言えることではないでしょうか。

子ども時代を過ごしたフランスでは森の中での授業もあった。

私が子どものころ夢中になったのは昆虫で、父がくれた生物図鑑が宝物でした。虫が苦手な母にゴキブリのページが開けないように糊でくっつけられたことはありましたけど(笑)、野山によく連れて行ってくれたものです。

6歳のときに自然が豊かなフランスの郊外に移住してからは野生動物に関心が移り、獣医師を目指すようになってからも両親から反対されたことはありません。

野生動物を診るにはボディランゲージを読む技術も必要だ。
互いの安全を確保するために開発した診療具を使う。

ただ、動物のお医者さんになるためには越えなければいけないハードルがあるのも事実です。親御さんは人生の先輩としてチャレンジを応援しながら、「夢のために自分でもがんばらなければいけない」としっかり伝えることも必要かなと思います。お子さんの夢を否定せず、実現するためにできることを一緒に考える機会をもってほしいですね。

齊藤先生のような「動物のお医者さん」になるのは難しい?

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手術は執刀医、麻酔医、保定者(動かないようにおさえる担当)が連携する。

私はフランスの小学校を卒業するころ(日本より1年早い)には、野生動物の獣医師になりたいと思うようになり、14歳で日本に戻ってからも勉強に打ち込みました。

多くの職業は高校卒業後に目指しても間に合いますが、獣医師や医師、薬剤師などの特殊な職業は別。日本の制度で獣医師になるには、獣医学部のある6年制の大学を卒業し、獣医師国家試験に合格しなければいけません。

麻酔をかけないときは「ちょっと触るよ」と声をかけながら診察する。

だから獣医師を目指すならできるだけ早く将来を見据え、しっかり勉強する必要があります。高校生であれば親御さんと進学先の大学まで話し合っておきましょう。現実的な話になりますが、獣医学部がある国公立の大学は募集人数が30人程度です。私立では100人以上の大学もあるものの、授業料が3〜4倍になります。

獣医学部のある大学に入学できれば、獣医師国家試験を受験するまでのレールは敷かれています。これまでと同じくしっかり勉強し、自分が獣医師になったときに診察する動物の種類を考えておくことも必要です。野生動物のお医者さんを目指すのであれば、大学で習わない野生動物学や生態学は自力で身につけるしかありません。

ロシアのサハリン動植物公園の獣医師たちに指導しているところ。

私が代表を務める猛禽類医学研究所では、定期的に学生実習や野生動物医学実習、インターンを受け付けています。

ワシやフクロウなどの猛禽類を専門に診察する動物病院としては、世界有数の技術や設備があります。

釧路湿原野生生物保護センターに着任した私とけがをしたオオワシ。

私は当時の日本で唯一「野生動物学教室」があった日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)に進学したものの、国内に野生の猛禽類のことを学べる場がなく、海外の獣医師や研究者に教えを乞いました。

スコットランドのオジロワシ野生復帰プロジェクトに参加できたことは、現在の活動につながる財産になっています。

学校では教えてくれない知識や技術、雑学が役立つ

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送信機をつけて野生に返した後も追跡調査を行う。

野生動物のお医者さんになるには、治療の知識や技術だけでは不十分です。猛禽類のけがや病気の原因は交通事故や鉛中毒など人間が関わっていることが多く、治療して自然界へ帰すだけでは同じことの繰り返し。互いに安心して暮らせる環境を取り戻す活動も野生動物医の仕事なんです。

送電鉄塔の感電する場所に近寄らせない器具(バードチェッカー)を開発。
電力会社が送電鉄塔に設置している。

たとえばオオワシやシマフクロウが感電事故に遭う原因を突き止め、行政や企業と協力して事故を防ぐ対策も行っています。

学生のころ趣味にしていたクライミングの技術を使って木に登り、オオワシのヒナを捕獲したところ(撮影:阿部幹雄)

北海道とロシアを行き来する渡り鳥のオオワシの生態を知るために、ロシアの研究者と協力してサハリンでの調査も実施。ヒナを捕獲して健康診断と送信機の装着を行いました。国内外のいろいろな職種の人たちと協力する機会があるので、学生のころに語学や雑学を身につけておくと役立ちますよ。

木に登っているときに無防備な背中を蹴られて傷だらけに!
クマタカの鋭い爪。

ボクシングや古武道などで鍛えた動体視力や反射神経、間合いを読む技術も、ケンカっ早い気性のワシから身を守るのに役立っています。オオワシの武器は人の親指ほどもある爪と、60kgもある握力! 駆け出しのころに手首をつかまれて大けがをしたことは忘れられない思い出です(笑)。

動物の種類や距離感で変わる、動物に関わる仕事

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絶滅危惧種のシマフクロウ。北海道に200羽程度が生息する。

動物に関わる仕事=獣医師、と思っている人が多いのですが、動物の種類や付き合う距離感によっていろいろな職業があります。たとえば身近なイヌやネコなどの伴侶動物を対象にする場合、動物病院で診察する獣医師、補助する愛玩動物看護師のほか、トリマーやドッグトレーナー、ペットシッターなどが挙げられますよね。

入院・飼育している猛禽類のために魚をさばくのも大切な仕事。
入院中のシマフクロウに給餌するスタッフ。

野生動物に携わる職業も獣医師だけではありません。私と一緒に活動する猛禽類医学研究所のスタッフには、前職が会社員や看護師だった人もいれば、野生動物学を専門学校で学んだ人もいます。狭き門であることは変わりませんが、だからこそお子さんが将来を見据えられるように向き合ってほしいですね。

野生動物に関わる職業の例

野生動物のお医者さん(野生動物を専門に診る獣医師)

目の前あるいは手の中の野生動物を診る、最も近い距離で付き合える仕事。人間と野生動物が安心して暮らせる環境を取り戻す対策なども含めて幅広い活動を行う。

環境コンサルタント

官公庁や企業などの開発事業による、環境の影響を調査・分析する。大気、土壌、水域、生物など自然界全体を見渡して保全する。 

環境省などの行政官

公務員として野生動物に関する法律を管理する。釧路湿原野生生物保護センターのように絶滅危惧種に関わる仕事もある。

猛禽類医学研究所に在籍するスタッフは、私を含めて獣医師4人、研究員5人。

イベントや講演会で会った子どもたちから、「親にいつまでも夢を見ているんじゃないと言われた」とよく相談されます。

親御さんは人生の先輩として、生計を立てるまでの険しさを理解したうえで諭しているのでしょうが、私は30年間にわたる世の中の変化を見て、決して無理な目標ではないと思っています。

簡単に実現できる夢ではないけれど、まずはお子さんの相談に乗ってあげて、チャレンジする芽を摘まないでほしいと思っています。「動物に関わる仕事をしたい」という夢を最後まであきらめなかった人がたどり着くのは間違いありません。

「決まった道はない、ただ行き先があるのみだ」、この言葉を胸に刻んでいる。

私の活動が学校の教科書で紹介されたこともあり、子どもたちから「齊藤先生みたいになりたい」と話しかけられたりメールや手紙をもらったりすることが増えました。最近では「夢をかなえて獣医師になりました」とうれしい報告も受けることもあるんです!

野生動物とのより良い共生を真剣に考える次世代の存在を頼もしく思い、いつの日にか私と一緒に、あるいは私を乗り越えて歩んでくれることを願っています。


 

義嘴をつけたオジロワシのベックと齊藤慶輔先生

【取材協力】

齊藤 慶輔(さいとう けいすけ)獣医師・「猛禽類医学研究所」代表

日本野生動物医学会理事、環境省希少野生動植物種保存推進員、日本獣医生命科学大学客員教授。1994年に環境省釧路湿原野生生物保護センターで野生動物専門の獣医師として活動を開始、2005年に同センターを拠点に活動する猛禽類医学研究所を設立。傷病鳥の治療や野生復帰、環境保全を行う。近年は、傷病・死亡原因を究明、予防のための生息環境の改善(環境治療)を活動の主軸とする。

【新刊紹介】

齊藤慶輔先生が野生動物専門の獣医師になるまでの道のりや、人と野生動物のより良い共生を目指す活動を紹介した書籍『僕は猛禽類のお医者さん』(KADOKAWA)が発売中。

金子志緒
金子志緒

ライター/編集者。レコード会社と出版社を経てフリーランスになり、雑誌、書籍、Webの制作を行う。得意分野はペット、防災、医療、PRなど。甲斐犬のサウザーとおもしろおかしく暮らす。愛玩動物飼養管理士1級/防災士/いけばな草月流師範。

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