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自分を守る言葉【ママはキミと一緒にオトナになる vol.20】

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コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、9歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第20回。今回は中学生の頃のさとゆみさんの体験、そしてその頃に決めた「人生をやりくりするための一番大事なこと」のおはなし。

今から嫌なことが始まるんだな、という予感

カミソリレターをもらったことがある。中学1年生のときだ。
下駄箱に分厚い封筒が入っていて、「あら。入学したばかりなのに、もうラブレター?」って思った私は、今以上に能天気な性格だったようだ。

手に持った瞬間、なんか嫌な重さを感じた。
じゃりっという音がして、ああ、これは噂の……と思ったから、指を切らないように気をつけて開封した。
中から、カミソリの刃と左手で書いたり定規を使って書いたりしたような筆跡不明の文字で書かれた便箋が、全部で5枚ほど入っている。そのつど筆跡が違って、少なくともこの学校で5人は、私のことが嫌いなんだなと思った。

中に書かれていた文言はもう覚えていない。
多分「てめえ、おだってんじゃねーよ」とか、そういう内容だったんじゃないかと思う。ちなみに「おだつ」は「調子にのる」という意味の北海道弁である。

手紙の内容は覚えていないのに、あの封筒を持った時のじゃりっとした質感は今でもしっかり覚えている。ああ、今から嫌なことが始まるんだなという、そういう予感がする重さだった。

今思い返せば、あれは、いじめだったのかなと思う。
けれどもそのできごとを、私はリアルタイムでは誰にも話さなかった。

子育てと自己肯定感

なぜそんな昔のことを突然思い出したかというと、今日の取材が「子育てと自己肯定感」についてだったからだ。

たとえば、いじめにあったとき。
社会に出て、理不尽な扱いを受けたとき。
幼少期にたっぷりと親から愛情を与えられてきた人は自己肯定感が養われ、そうでない人にくらべて、困難から立ち直りやすくなる。
一般的にそう言われているそうだ。

それを聞いてふと思った。
カミソリレターをもらった私が、心を病んだり、学校に行けなくならなかったのは、自己肯定感が高かったからなのだろうか。
親に、可愛いよ、愛してるよ、大切だよ、と育てられたからなのだろうか。

なんとなく、そうではないような気がしている。
少なくとも、それだけではないような気がしている。

時代的なこともあるし、田舎ということもあっただろうが、昔は「自分の子どものことは、けなしてなんぼ」みたいな空気があったと思う。
とくに小学校の教員だった父親と私は同じ学校に通っていたから、「自分の子どもには甘い」と言われないようにだろう、見せしめのように人前でいつも厳しく叱られていた。

子ども心ながらに「理不尽だな」と思っていたけれど、一方で「まあ父の立場もわかるしな」とも思っていた。
もちろん、両親の愛情はちゃんと感じていたと思う。でも、それを表立って出しにくい職業についているんだなと考えるあたり、結構冷めた子どもだったのだろう。

カミソリレターをもらった時の話に戻る。
ではその瞬間、私の心をぷるんと包んでで守ってくれたのは何だったかというと、これははっきり覚えているけれど、小説だ。

「ものを言う」女の子の主人公

私が中学に入った頃、ライトノベルというジャンルが確立され始め、氷室冴子さん、前田珠子さん、新井素子さん、藤本ひとみさんといった錚々たる書き手が中高生向けの書籍を書いてらした。
男子はジャンプ、女子はコバルトというくらい、私たちはその世界観に没頭し、みんなで本を貸し借りしあいながら、連作を読み漁った。

ジャンプが「友情、努力、勝利」をテーマにしていたとしたら、当時のコバルト文庫で提示されていた価値観は、その時代にそんな呼び名はなかったけれど紛れもなく、「女子の自立と自己肯定感」であった。
コバルトの作家さんたちが提示する「ものを言う」女の子の主人公たちに憧れ、気づけば自分を大切にすることや、ここにしかいない自分を肯定することを教えてもらった。

折しも、中学校に入る直前に読んだ物語が、主人公の女の子の家のポストに、毎日「私はお前が嫌いだ」という手紙が入っているという話だった。

どこの誰に嫌われているかわからなくて落ち込む主人公を、彼女を取り巻く大人たちが慰める。
いや、慰めるというか、あれはむしろたしなめるに近いシーンだった。

「キミのことをこんなに愛している仲間が何人もいるのに、キミは僕たちのことよりも、その誰だか分からない人の言葉を信じるの? それは、僕たちに失礼じゃない?」

そうか。
誰かもわからない人の言葉に傷つくことは、自分を大切にしてくれる人に対して失礼にあたるんだな。
これは、衝撃的だった。

カミソリレターを開いたとき、その本の登場人物の声が、耳元で聞こえた気がした。
まだ身長が140センチにもなっていなかった小さな私は、人生をやりくりするための一番大事なことを、この日、決めた。

私は、どこの誰かわからない、名前も名乗らない人の思い通りに落ち込んでやったりしない。自分を嫌う人のために、自分の生き方を変えたりしない。
もし私が、心を痛めることがあったときは、それは私が好きな人を傷つけたときだ。そのときは猛烈に反省して猛烈に落ち込もう。

私のリアクションがないことがつまらなかったのだろうか。それとも、ほかにターゲットを見つけたのだろうか。
月に1、2回、思い出したように下駄箱にカミソリレターが入っていることが、数ヶ月続いたのち、その行為は終了した。
差出人は最後までわからなかった。

自分で考えてなんとかしたい

先日息子氏(9歳)が、号泣しながら学校から帰ってきた。こういうことは、過去にも年に1、2度あった。

これまでは、泣きじゃくりながらも、学校や遊び場で何があったのか話してくれていた。
でもこの日は違った。
「今日のは話したくないから、聞かないでほしいし、自分で考えてなんとかしたいから心配もしなくてよい」
という。

なるほど、と思って私は
「じゃあ、困ったことがあったら声をかけて」と伝えて仕事部屋に戻った。

しばらく隣の部屋からすすり泣きが聞こえてきたけれど、お夕飯を食べる時には、けろっとしていた。
結局、その日何があったのかは、今でも知らない。

私は彼をとても愛している。
そしてそれを、比較的頻繁に声に出して伝えてきた。
それが彼にとって、なんらかのセーフティネットになっていればいいなとは、思う。そのことで、彼の自己肯定感が高まるのであれば、それもいいなと思う。

でも、それとは別に。
彼が彼自身の頭で考えて、自分の身を守ったり、人を思いやったり、反省したり、スルーしたりできる方法を身につけてくれたらいいなと思う。

私にとって、その方法を知るきっかけは小説だった。
その小説の言葉が、中学生から45歳までの私をずっとしっかり支えてくれている。

これから彼が、そんな言葉や物語に、自分の足でたどり着いてくれたらいいなと願っている。

 

画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第21回は6月13日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学3年生の息子と暮らすシングルマザー。

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