「ひとりぼっちだったの」
null毎年ハロウィンがくるたびに、思い出すことがある。
あれは、2014年のハロウィンだった。
ということは、当時、息子氏は3歳半だったか。
その日、私はめずらしく、落ち込んでいた。
私は仕事大好き人間なので、基本的に、働いていてキツイとか辛いとか感じることは、あまりない。性格が楽観的なことも、あると思う。
でも、そんな私であっても、年に1回くらいは、ショックを受けたり、しばらく立ち直れなかったりすることがある。
その日はまさに、その「年に1回」のタイミングだった。
思わず「嘘でしょ?」と、口から出てしまうくらいのトラブルに巻き込まれ、数日間、その敗戦処理に追われていた。
そんな最悪なときに、最悪なことに、ハロウィンがあったんです。
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この日、私は保育園の延長保育で、遅くまで息子氏を預かってもらっていた。
ただ、迎えにいった時間はいつもと同じだったのに、その日はいつもと様子が違った。
お友達のほとんどがハロウィンパーティにくり出したのだという。
保育園にぽつんと残された息子氏は、「ねえ、ママ、みんなハロウィンの遊びにいっちゃったよー」と報告してきた。
私の顔を見上げた彼は、
「ひとりぼっちだったの」
と言った。
傷口に粗塩__。
それでなくとも仕事で弱った心に、その言葉は、刺さった。
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当時、私は、保育園に一人もママ友がいなかった。
送り迎えの時に簡単な挨拶はするけれど、朝はお互い慌ただしいし、夜は夜で私のお迎えが遅いから、他のママとあまり鉢合わせない。土日は出張が多いので、おうちにお呼ばれすることもない。
入園から3年近くたつのに、保育園以外の場所でママたちと会ったことは一度もなかった。
「息子氏、本当に、ごめんね。今日のパーティのこと、ママ、すっかり忘れてた」
とあやまると、彼は
「うん。でも、もういいよ。おうちかえろ」
と、にっこり笑う。
ガラにもなく泣きたくなる気持ちをおさえこんで、彼を電動自転車のチャイルドシートに乗せる。
誰のLINEも知らないママでごめん。
みんなと合流しようにも合流できないママでごめん。
「ママは夜ごはん、もう食べたの?」
と聞く彼に、私はもう一度あやまる。
「ねえ、息子氏。さらに、ごめん。まだおうちに帰れないんだ。ママ、お打ち合わせした美容院に、忘れ物したの。一緒に取りに行っていい?」
今日はもう、さんざんだ。
「うん、いいよー。まっくらドライブだねー」
と、息子氏は屈託のない声で答える。
自転車をこぐと、風が冷たい。
それはそうだ。10月末の夜8時なのだ。
普段はそんなこと考えもしないのだけれど、さすがに、この日は、「私、何のために仕事してるんだっけ……」と、思った。
「ママ、すごくかっこいいよねー」
「忘れ物、今からとりにいってもいいですか?」と美容院に電話をかけ、今日、朝イチで打ち合わせをした場所まで、自転車で戻った。
冷たくなった3歳児の手を引いて、入り口までの階段をのぼる……と!!
え??
え????
突然、色鮮やかな風景が、私たちの目の前に広がった。
仮装をした美容師さんたちが
「ハッピーハロウィン!」
と、私たちを出迎えてくれたのだ。
聞けば今日はハロウィン営業ということで、全員、仮装して接客をしていたそうだ。
美容業に携わる人たちの仮装は、本気度が半端ない。
ディズニーランドレベルの仮装を見た息子氏は、めちゃくちゃに喜んで、テンションが最高潮にあがっていた。
そんな彼に、スタッフの方々がかわるがわる、声をかけてくれる。
「ハロウィンのお菓子、もっていく?」
と聞く美容師さんに
「やったー!」
と喜ぶ、息子氏。
綺麗なお姉さんにだっこされて、にっこにこである。
スタッフさんの一人が、私に声をかけてくれた。
「私、ゆみさんが、お腹が大きい時にお見かけしたことがあるんです。あのときの赤ちゃんが、もう、こんなに大きくなったんですねー」
そうだった。
私は、妊娠中、この美容院に何度も取材にきていた。
出産後も、ベビーカーに子どもを乗せて、よく打ち合わせにきていた。
「打ち合わせにお子さんを連れてきてもらっていいですよ」と言ってくださったのは、ここの美容院に勤める最年長の女性美容師さんだ。
子どもを産んでからも、第一線で活躍している方だった。
彼女は、私の取材に対して、何度も
「後輩たちに道を作りたいんです」
と、話してくれていた。
それまで、東京の激戦区の美容院には、子どもを産んだら戻ってきにくい空気があった。
「古い美容業界の働き方を変えたい」
「もっと女性が働きやすい業界にしたい」
と、奮闘する彼女の言葉に背中を押してもらったのは、あとに続く女性美容師さんたちだけではない。
あのとき、お腹が大きかった私も、赤子を抱えて打ち合わせに来ていた私も。彼女の言葉に何度も励まされていた。
彼女の後輩にあたる女性美容師さんが、私の顔を見て言う。
「ゆみさんみたいなママが、美容業界で楽しそうに働いているのを見ていると、勇気をもらえます。私も、子どもができてもバリバリ働きたいと思っているんです」
そして、彼女は、息子氏の頭を優しくなでてくれた。
「ねー。ママ、すごくかっこいいよねー」
と、彼に話しかける。
やばい。今度こそ、泣く。泣いてしまう。
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家に帰る道すがら、息子氏は
「ハロウィンパーティ、楽しかったね〜! カッコいいお姉さんと、可愛いお姉さんと、ヘンな格好したお兄さんがいたね〜!」
と、終始きゃっきゃしていた。
次の日の朝も
「昨日は楽しかったねえ。ぼく、ハロウィンパーティに行ったよねえ」
と、ずっと話していた。
嬉しくてたまらないといった息子氏の顔を見ながら、
私は、私ができることを、しよう。
そう、思ったことを、今でも覚えている。
保育園にママ友はいなかったけれど。
私たちを支えてくれる、いっぱいの、あたたかい手がある。
そう思ったのだ。
私は、私ができることを、しよう。
そしていつか順番がきたら、私も、そのあたたかい手のほうになろう。
そう思ったのだ。
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あれから、6年たちます。
いま、その美容院は、「ママ美容師が最も働きやすい会社」として、全国の美容院のモデルケースになっている。
あのとき、息子氏に声をかけてくれた女性美容師さんは、いまごろ、どうしているだろう。
ハロウィンになるたびに。
あの、とてつもなく救われた気持ちになった日のことを思い出します。
タイトル画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉
◼︎連載・第7回は11月29日(日)に公開予定です
佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学3年生の息子と暮らすシングルマザー。