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「また、来ますね」とキミは言う【ママはキミと一緒にオトナになる vol.2】

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コラムニスト・ライターとして活躍する佐藤友美(さとゆみ)さんが、9歳の息子との会話を通して見えてきた新しい景色、新たな気づきなどを伝えてくれる連載エッセイの第2回。子どもは、親の使う言葉を驚くほどよく聞いているんだなぁ、というエピソードから。

「ママ、それ、買えばいいよ!」

子どもは親の言葉をよく聞いている。

先日、息子氏(9歳)と一緒に、タクシーに乗った時のことだ。
連日の締め切りでとっぷり疲れていた私は、気づかないうちに寝てしまったらしい。
「領収書をいただけますか」という、息子氏の声で、目が覚めた。

私が半分寝ぼけながらお会計を済ませていると、彼は、「この道、行き止まりなので、ここでUターンされるといいと思います」と、運転手さんに話している。
普段私がタクシーから降りるときに、必ず運転手さんに伝える言葉だ。
よく聞いているもんだなぁと感心した。イントネーションまで私にそっくりだった。

・・・・・・

この間もそうだった。
息子氏と、帰省を兼ねて久しぶりに北海道に戻った。息子氏は、小樽の北一硝子に寄りたいという。
「ママが割っちゃった、僕のコップ。同じのをまた買ってほしい」と話す。

お目当てのグラスは、2個で2,600円だった。だけど、その一方で、ものすごく気に入ったグラスがあったようだ。深いブルーの切子のグラス。予算はずいぶんオーバーしている。息子氏は、そのグラスを手にとったり、元に戻したり、でもまた手にとって光にかざしたりしている。

「気に入った?」
と聞くと
「うん、すごくきれい」
と言う。
「でも、高いねー」
と私が言うと
「そうなんだよね」
と、値札を見る。

私は私で、やはりとても惹かれる切子を見つけた。こちらは、さらに値が張る。
「ママは、それが気に入ったの?」
「うん。でもやっぱり、高い」
後ろ髪引かれながら、グラスを棚に戻そうとしたとき、息子氏が言った。
「ママ、それ、買えばいいよ!」

彼は続ける。

「高いかもしれないけどさ、毎日、それを使うたびに嬉しい気持ちになれるんだよ。それに、好きなものだと、大事にするでしょ。だから、買った方がいいと思う」

その言葉を聞いて、思わず、笑ってしまった。私が、ちょっと背伸びしたお洋服を買うときに、自分に言い聞かせる言葉と全く同じだったからだ。
あるいは私、どこかでそれを口に出したのだろうか。出したのかもしれない。それで、その口ぶりをそのまま真似したのかもしれない。
なんだか、楽しい気持ちになってきた。

「うん、たしかに、そうだね。ママも息子氏の意見に賛成」

そう伝えると、彼の顔は、ぱーっと輝いた。

私たちは仲良く、それぞれが気に入った切子のグラスをひとつずつ買って帰った。
飛行機の中でも割れないようにと、包装された箱を大事に抱えながら寝る息子氏を見て、いい買い物をしたなと思った。

いま、毎朝、私たちは、そのグラスに牛乳を注いでぐびぐび飲んでいる。そして、大事に大事に、そーっと洗っている。

「僕もね、本当においしいなって思ったから…」

言葉を真似するということは、思考をトレースすることと同義だな、と思う。
私がよく使う言葉を、彼が使っているのを聞くと、そう思う。

先日、あるお寿司屋さんに二人で入った。緊急事態宣言が解除されて間もない頃だったと思う。

「ランチはリーズナブルだから」と友人に教えてもらったその老舗のお寿司屋さんは、気の毒なぐらいガラガラだった。
広いカウンターには、私と息子氏と、あと、向こうのほうに常連らしきおじいちゃんが一人だけ。客よりも板前さんの数の方が多い。
夜の仕込みだろうか。目の前では若い板さんがずっと大根の桂むきをしていた。

ひっそりとした店内でいただいたお寿司は、とてもおいしかった。息子氏は、サーモンをおかわりしたいと言い、何度か追加注文をした。

お腹もいっぱいになり、お会計を済ませようと財布を出したときのこと。
息子氏が、突然、カウンターの向こうにいる大将に話しかけた。

「あの、とてもおいしかったです。とくに、サーモンがおいしかったです」

それまで、常連のお客さんと、コロナ不景気について小さな声で話をしていた大将の顔が、ぱっと明るくなり、そして少しの間があった後、くしゃっと歪んだ。

「また、来ますね」

息子氏は、ペコリと頭を下げ、椅子から降りようとする。
お寿司屋さんのカウンター席は、彼の身長にはまだ高い。私が手を貸すと、そこに体重をかけて、とん、と着地する。

「ありがとうございます。また、お待ちしています」
大将は、深々と頭を下げていた。

お店を出た彼は、
「ママ、ほんとうに、また来ようね」
と、私に言う。

「そうだね。さっき、お店の人、嬉しそうだったね」
と言うと、
「うん。ママ、レストランから帰るとき、よくお店の人にああやって話すでしょ。おいしいと思った料理のことと、また来ますってことと」
と、彼は言う。
「僕もね、今日、本当においしいなって思ったから、言ってみたくなったの」

大将に負けず劣らず、息子氏も嬉しそうだった。その嬉しそうな顔を見て、私も幸せな気持ちになる。

子どもは、親の言葉を驚くほどよく聞いている。
そしてたぶん、その言葉の裏側にある、気持ちや思考もきっと、私たち大人が思う以上に受け取っているのだと思う。

「うん、ほんとうに、また来よう」

そう約束して、家路に着いた。
いい日だった。

 

タイトル画・中田いくみ タイトルデザイン・安達茉莉

◼︎連載・第3回は10月25日(日)に公開予定です


佐藤友美(さとゆみ)
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。 著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。

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