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「人と同じルートから降りるとラクになる」紫原明子が語る女性の生き方

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高校卒業後の18歳で、起業家の家入一真さんと結婚。2児に恵まれるも、事業に成功した夫の豪遊や不倫、失踪に悩まされ、ついに離婚——そんな波乱万丈な人生を送ってきたのが、エッセイストの紫原明子さんです。2016年に刊行した著書『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)が、いずれも話題となっています。Webでのコラムが評判になり、書籍を出版……順風満帆に見える紫原さんですが、じつは20代は専業主婦として過ごし、社会人デビューは31歳という、異例のキャリアの持ち主です。人とは違う道を行くときにありがちな、周囲の“ざわめき”に対して、紫原さんはどう対処したのか。お話を伺いました。

誰かが自分に役割を与えてくれる

――紫原さんは、10代で出産、20代を専業主婦として過ごし、31歳にして専業主婦から社会人になった……という異例の経歴の持ち主です。お仕事を始めるにあたっては、主婦業で身につけた料理スキルを発揮してホームパーティーを開き人脈を作っていったそうですね。

紫原明子(以下、紫原):私は職歴がなかったので、求人を見てもパートくらいしか仕事がなかったんです。でも、それではコストの高い東京で2人の子どもを育てるのは難しいなと本当に迷って、正規ルートじゃない道を探さないといけないと思ったんです。

そこで思いついたのが、ホームパーティーでした。元夫の影響で人とたくさん出会って、「出会いで何かが変わる」という経験をしていたんです。誰かが役割を与えてくれる、という。

自分で全部決めなきゃと思うと息切れしてしまう

――社会的には、やりたいことやできることは、自分の中で探さないといけない……という圧力があるように思いますが、そうではないと。

紫原:そう思います。私は1982年生まれで、この世代は学校や社会に「女の人も働いて、自立しよう」「自分で舵をとって生きよう」と教えられてきましたよね。

でも、たとえば恋愛や結婚って、思わぬ人と出会って進んでいくものじゃないですか。頑固になりすぎると、可能性がせばまって、チャンスをつかめないこともある。運に身を任せる部分もあっていいと思うんですよね。

いい意味で流されて、その先で「こんなふうになったか」と楽しむというのも、アリなんじゃないかと。自分で全部決めなきゃと思うと息切れしてしまう。

――なるほど。

紫原:出産も、自分だけではどうしようもないことの代表的なことですよね。相手が見つからないかもしれないし、相手がいても体調的に産めないかもしれない。

女性の人生は、体のつくりのせいで、思い通りにならないことは必ずある。それは、受け入れないといけないことですから。

“人と同じルート”から降りると楽になる

――働き始めるにあたって、周りに何か言われたりしましたか? 人が幸せになろうとすると、それが許せなくて足を引っ張る「ハッピークラッシャー」もいますが。

紫原:いますね。私が働きはじめたときは子どもが小学2年生だったので「まだ早いんじゃない?」と言われたり、仕事用のオフィスカジュアルを着ていたら「きれいね」と皮肉られたり……。ちょっと悲しかったけど「それはそれ」と思うしかないですよね。

――せっかく働こう!と思っても、周りにあれこれ言われて悩んでしまうケースもありそうですよね。

紫原:働いても働かなくてもいいなら、自分が刺激をどこまで求めるかだと思います。

ただ、不慮の事故で亡くならない限り、現在の女性って長生きするじゃないですか。80歳くらいまで生きるかもしれないのに、40歳くらいで「人生リタイア」という感じになってしまうと、その先が退屈ですよね。

だから個人的には、どちらか選べるなら働いてもいいんじゃないかな、と思います。

――外野の声がうるさいときは、割り切ってしまうと。

紫原:「気にせずに生きよう」と簡単には言えないですけど、“慣れ”もあると思います。

私は子どもを産んだのが19歳のときだったので、周囲はザワザワしたんですけど、その後は「あなたは私たちとは違う世界のひとよね」という扱われ方をしていて。

好き勝手やっても免除されるというか、みんなと足並みを揃えなきゃ、という圧力も弱まりました。一回ざわめいたら、あとはもう何回ザワザワしても気にならなくなります。

――転職や離婚もそうかもしれないですね。一回やれば怖くなくなる。

紫原:そうかもしれないです。明確に“人と同じルート”から降りられるから、離婚したあとのほうが生きやすくなりました。

“不健康な所”には長くいないほうがいい

――紫原さんは現在、フリーランスで仕事を請け負う形で働いているのですよね。エッセイストとしても活躍してらっしゃいますが、もともと文筆業を志していたのでしょうか。

紫原:憧れはありましたが、「歌手になりたい」と同じような感じで、本当になれるとは思っていなかったから、それに向かって努力をしていたわけではありません。ただ、高校生の頃から自分でサイトを作って文章を発信していました。

――紫原さんのコラムは、男女問わずスッと胸に染み込んでくる、“フラットで冷静な優しさ”に満ちていると感じます。

『りこんのこども』のあとがきでは、「人間の思考や感情、社会や人生といったものは、どちらかが善ならばどちらかが悪、どちらかが白ならばどちらかが黒と、決してそんな風に簡単に割り切れるものではなく、本当はもっと立体的で、多面的」と書かれていますが、それを体現されているな、と。

――でも、物事は多面的だからこそ、納得がいかないこともありますよね。紫原さんは、どうやって折り合いをつけてこられましたか?

紫原:怒る状況はいろいろありますが、基本的に“期待を裏切られた”からですよね。

私は根本的に他人に期待をしていなくて「人間、こんなもんだよな」と思ってしまうから、ちょっと冷たいのかもしれないですね。

すぐ怒るのはダメ、ということでもないと思うんです。怒るのは、人に期待をしているから。それはつまり“人を信じているから”だと思うし、怒ることは自分の利益を守ることにも繋がりますから、いろんな社会の関わり方があっていいと思います。

――怒らないことで、ストレスはたまりませんか?

紫原:私、自分に甘いんです。体が疲れていると、イラッとしたときに我慢できないじゃないですか。寝ていないとか、ちゃんと食事をしていないとか。私は8割くらいで稼働していて、2割は余裕があるので、そこでいろいろと処理できる。

余力を残したほうがいいというのは、働き始めたときに身にしみたことなんです。フルで働いちゃうと、例えば夜に子どもが「明日、学校の工作で牛乳パックを使うんだけど」と急に言い出したときに、買いにいけない(笑)。思った以上に自分を甘やかす、というのは意識しています。サスティナブルな働き方を考えると、余力は大事です。

――日本企業は、たくさん働いてこそがんばっている、という風潮がありますよね。働く女性を見ていて思うことはありますか?

紫原:我慢しすぎないでほしいな、と思います。いい会社につとめると「育休が長いから」など、待遇がよいから辞めないという人もいるけれど、精神状態を害して1年働けなくなったら逆に損ですよね。結婚生活にしろ仕事にしろ、不健康な所に長くいないほうがいいと思います。

【後編はこちら】親が離婚した子どもは「かわいそう」? 取材を通して見えたリアルな心境

2016/11/8  BizLady掲載

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