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既に傑作の予感…ドラマ「ちょっとだけエスパー」、困惑する大泉洋を見逃すな!

先週第1話が放送されたばかりのドラマ『ちょっとだけエスパー』(テレビ朝日系)。大泉洋が演じる主人公・文太がちょっとだけエスパーになり……という荒唐無稽な設定ですが、「おもしろかった!」という感想を多数耳にします。脚本は野木亜紀子さんと聞くと、これは目が離せませんよ。

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

氷河期世代の大泉洋

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今か今かと待ちわびると、期待が膨らみすぎてしまい、いざ始まると「あれ?」とトーンダウンするドラマがあったりする。しかし、これに関してはそんな心配も失望も皆無。初回だけしか観ていないが、まばたきできないくらいに面白かった。主演は大泉洋、タイトルは『ちょっとだけエスパー』。

もうこの「ちょっとだけ」ってのが、とぼけ顔の大泉にぴったり。大泉が演じる主人公の文太が絶望の淵に立っているところから物語は始まる。就職難の氷河期世代、エントリーシートやWeb受付などまだなく、会社資料を取り寄せてはハガキや封書で入社試験に応募する時代に、ようやっと職に就けた文太。持ち前のガッツで奮闘し、結婚もして、がむしゃらに働いてきた。ところが、接待で落ちない経費の個人的な捻出が問題視され、会社には「横領」と判断される。起訴されるか、過去10年遡って使ってきた経費を返還するか。二択で選んだのは後者。貯金もすっからかんになった挙句に解雇、妻からは離婚を言い渡された文太は、ネカフェ暮らしで求職活動中。もう死ぬしかないと絶望しているスタートである。主人公がしょっぱなから追い込まれるドラマは結構あるのだが、悲愴感と自暴自棄の塩梅が難しいところだ。そこを大泉がちょうどいいくたびれ具合で演じている。

「たった今からあなたはエスパーです」

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文太が入社面接を受けたのは「NONAMARE(ノナマーレ)」という会社。集団面接で若い応募者のうわっつらな志望動機を聞いているうちに、氷河期世代の愚痴と説教をつい垂らしまくってしまう文太。面接後、落ち込んでいる文太に、社長の兆(岡田将生)が声をかける。イノベーションを求める人材が必要、明日の最終面接に来い、という。てっきり落ちたと思っていた文太だが、翌日再び「ノナマーレ」へ行くと、兆ひとりが待っている。「それを飲んでください」という兆。机の上にはコップの水と、赤と青のカプセルが1錠(ちょっとだけメルモちゃんを思い出しちゃった私は昭和世代)。戸惑いながらも飲み込んだ文太に、兆は合格を言い渡す。

「たった今からあなたはエスパーです。エスパーと言っても、少し。ちょっとだけです」

「ノナマーレ」の仕事は「世界を救う」ことだと言う。何がなんだかわからないまま、文太は「ノナマーレ」の社員として働くことに。言い渡された条件はふたつ。「エスパーであることを他人に知られてはいけない」「社宅にはスタッフがいるので、夫婦として暮らすこと。家ではエスパーの話はタブー。あくまで夫婦として、彼女に合わせて会話すること。彼女の名前は四季」

指定された家へ行くと、四季(宮﨑あおい)がごちそうを作って待っている。文太は「あくまで夫婦のフリで、社員同士」と思っていたが、四季は完全に夫婦の日常を営む。この温度差がおかしくてね。ダブルベッドに同衾し、緊張して一睡もできなかった文太。大泉洋が目と眉の動きや角度で表現する「THE困惑」は、クレイアニメ『ウォレスとグルミット』のグルミットのようにも見えてくる。

任務は「なんだこれ?」と思うものばかり

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翌朝やってきたのは、SHIBAINUTシャツを着て柴犬を連れた半蔵(宇野祥平)という男。「ノナマーレ」の社員だという。指令を受け取るアプリのQRコードが書かれた紙を持って来たのだが、そのうち自分が何のエスパーかわかるようになる、時間がかかるかもしれないけれど大丈夫ですよ、と励ましてくる。

文太が受け取った指令は、赤の他人の行動に関する3つ。「外出する鈴木琢磨に夜まで傘を持たせる」「寝ている佐藤満の目覚まし時計の時刻を5分早める」「3番テーブル高橋健作のスマホの充電を14時までにゼロにする」。なんだこれ? と思うようなことばかりだ。なんとかこなしているものの、実は文太を陰ながらサポートしてくれる人物がいる。それが、円寂(高畑淳子)と桜介(ディーン・フジオカ)だった。半蔵も含め、この3人が同じ「ノナマーレ」の社員でエスパーという設定だ.

世界を救えるとは思えないミッションだが、文太が(3人のサポートがあって)こなすことができたおかげで、鈴木さんは借金を返済できて、佐藤さんは昇進が決まって、高橋さんは結婚できたという。タスクにしては緩すぎる割に、あまりにも因果関係が遠すぎる成果、文太は眉唾でイマイチ信じていない。「何ひとつ生産的なことをしていないのに給料が出ることが会社として不可解」と困惑する文太に、3人は楽観&ポジティブの一辺倒。

特殊能力や超能力をもった人物が暗躍するドラマではあるが、ちょっと毛色が異なるのは、(1)全員がちょっとだけで微妙な能力である、(2)勧善懲悪の正義のヒーローとは到底思えない、という点だ。たとえば、おディン様が演じる桜介は手で触れると花が咲く。ん? と拍子抜けするような能力である。初回ではまだお披露目されていないが、円寂は電子レンジのように熱を発して温めることができるが、200W程度(弱ッ)、半蔵は動物とちょっとだけ話せるらしい。どう考えても世界を救うには微力ってのが、ものすごくいい。この役者たちに託したあたり、制作陣のセンスを感じるよね。

「知られてはいけない」「愛してはいけない」のお約束

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肝心の文太の能力だが、初日のミッションをこなすうちに気づく。触れると心の声が読めるというエスパーだった。これはちょっとだけじゃないじゃん!と浮かれたのだが、秀逸だなと思った場面がある。

文太は自分がテレパスであることに気づき、街中で人にさりげなく触れまくってみる。「猫吸いたい(ハート)」「あの株、絶対上がる」「青信号って緑だよなぁ……」と面白いように心が読めて、足取りも軽やかになる文太。ただし、めっちゃ楽しいのも束の間。笑顔で居酒屋のビラ配りをする若者に触れたとき、「しんどい……死にたい……」と聞こえる。それ以降、「頭下げて何やってんだろう……」「支払い間に合わねえよ……」「俺以外みんな楽しそう……」「マジ殺す殺す殺す殺す」「なんで生きてんだっけ……」とネガティブな言葉ばかりが聞こえてきて、文太は足を止めて往来の中に立ち尽くす。楽しくて幸せな人だけではない、世の中はみんな何かしらのストレスや困難を抱えて、ネガティブな感情を心の中で飼いならしていると気づくのだ。知りたくなかった社会の歪み、人の心の闇まで聞こえてしまう、超能力者の憂いにちゃんと触れるところが良心的だと思う。SFだけど人間社会の生臭さや体温を描くことも忘れない、野木亜紀子脚本の妙。

ともあれ、エスパーとして「ノナマーレ」の仕事に就いた文太に、兆はお約束を再確認してくる。「エスパーであることを他人に絶対に知られてはいけない」、そして社名の意味、NONAMARENON AMARE(ノン アマーレ)、つまり「四季を愛してはいけない」ということを。お気楽なエスパーたちの微妙な救世活動、だけで終わるはずがないのだよ。

案の定、1話の最後、彼らの姿を覗き見する謎の男が! 『あんぱん』終了後の連ドラ出演が意外と早かった北村匠海である。秘密を知られてしまってさあ大変。また、あおいが演じる四季がこじゃんと可愛くてね。愛おしい存在にならないはずがないわけで、主人公・文太をきっちり追い込んでいく仕掛けが完璧なのよ。きっと最初から最後まで大泉洋が困惑しっぱなしであろうと思うと、楽しみで仕方ない。

ということで、初回だけで傑作の予感。どう転んでも面白い『ちょっとだけエスパー』、ぜひご覧あれ。

『ちょっとだけエスパー』
テレビ朝日 毎週火曜夜21時00分~
脚本: 野木亜紀子 音楽:高見優、信澤宣明 エグゼクティブプロデューサー:三輪祐見子(テレビ朝日) プロデューサー:貴島彩理(テレビ朝日)、山形亮介(テレビ朝日)、和田昂士(角川大映スタジオ) 監督:村尾嘉昭、山内大典
出演:大泉洋、宮﨑あおい、ディーン・フジオカ、高畑淳子、宇野祥平、北村匠海、岡田将生ほか

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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