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アンパンマンまだ~?朝ドラ「あんぱん」がこの先迎える大成功と大フィナーレ、どう描くか

春から始まったNHKの連続テレビ小説、通称“朝ドラ”の『あんぱん』。オープニング曲と映像が朝ドラに合ってない、やなせたかし先生の話を無理やり奥さんサイド目線にしているから話に無理がある、など批評もあるものの、前作『おむすび』(NHK)よりは視聴率も良いようです。あと残り1カ月ちょっととなった『あんぱん』ですが、通はどう見ているのでしょう? 

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

「戦争」がすべてを変えた

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たっすい(弱々しい)男子・柳井嵩(演じるのは北村匠海)と、はちきん(負けん気の強い)女子・朝田のぶ(今田美桜)が幼馴染として、ともに育ち、実に長い長い時間をかけて、やっとこさ夫婦になった朝ドラ『あんぱん』。いや、語弊があるな。嵩のほうはずーっと片思いで、進学して故郷を離れているうちに、のぶは貨物船の機関士・若松次郎(中島歩)と結婚して人妻に。前半、嵩の優しさという名の意気地なしっぷりにやきもきし、のぶのはちきんという範疇を超えた唯我独尊っぷりにハラハラしていたのだが、戦争がすべてを変えた。こういっちゃなんだが、ふたりの人生観が同じ方向に向かったのが戦争を体験したから。そんな印象がある。

今思えば、嵩の軍隊エピソードが思った以上に長くて、見ごたえもあった。配置された軍隊での理不尽な暴力に始まり、はみ出し者だが人格者の八木上等兵(妻夫木聡)と出会い、進駐先の中国では戦争が生み出した憎しみの凄まじさを体験し、食糧が尽きて死にかけるという、なかなかに長尺の描写が続いた。

基本、朝ドラはヒロインの暮らしがメインで、当然だが銃後の人々の艱難辛苦を描くことが多い。男性が主人公の『エール』(窪田正孝主演)や『らんまん』(神木隆之介主演)でも戦地エピソードは描かれたが、『あんぱん』は2週分くらい軍隊時代が舞台じゃなかった? というのも、戦後80年だものね。これくらいあってしかるべきだし、モデルであるやなせたかしの信条の背景として大事な部分なのだと改めて思わされた。

もうひとつの懸念、母という存在

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さて、ふたりが無事に結婚し、のぶは教師→新聞記者→政治家の秘書へと華麗なる転身を経て、夫を支える糟糠の妻となった。嵩は新聞社勤務から漫画家になる長年の夢をかなえるべく上京したものの、紆余曲折あって大手百貨店に勤めたが、退職。漫画家として歩き始めたが、舞台美術や作詞など、エンターテインメント関連の仕事が予想外に増えて、売れっ子となり、今に至る。

個人的に気になっていたのは、嵩の実母・登美子(松嶋菜々子)である。病死した夫(二宮和也)の兄夫妻(竹野内豊&戸田菜穂)に幼い息子ふたりを預け、呉服屋と再婚、のちに軍人と再々婚して、飄々と戦前戦後を生き延びたたくましい女だ。嵩には「医者になれ」だの「軍人には向かない」だの「百貨店に勤めろ」だの「百貨店を辞めるな」だのと、突然現れたり、いちいち指図したり、ちょっかい出したりと、厄介な母親だった。嵩が作詞した歌が大ヒットした途端に、息子自慢しちゃう面の皮の厚さ、最高だな。松嶋菜々子のツンとすました顔もしっくりくる。

「息子ふたりを捨ててひどい母親」と思った人もいるだろう。でも、子どもがいなくて裕福で穏やかでインテリジェンスあふれる義兄夫婦のもとにいたほうが、息子たちは何不自由なく暮らせるだろうと、賢い登美子は悟ったに違いない。次々と条件のいい男を見つけては、わらしべ長者のように豊かな暮らしを手に入れてきたが、それはそれで覚悟と忍耐の生活だったと想像できる。

朝ドラでは、安定した子どもにたかる親がちょいちょい出てくるのが定石なのだが、登美子にはそれがなくて安心した。また、嵩も「もう僕たちの人生に立ち入らないでくれ!」と厄介払いしたものの、母の覚悟や決して振り返らない後ろ姿の理由をわかっていたというくだりがあって安心した。夫を失った女性が戦後をどう生き延びるか、という命題を体現していたようにも思う。

学友で戦友で無二の友・健ちゃん

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どうでもいいことかもしれないが、ヒロイン・のぶに長く関係の続く親友がいないことがやや気になっている。女子師範学校時代の泣き虫うさ子ちゃん(志田彩良)、新聞記者時代の酒豪琴子ちゃん(鳴海唯)が思い浮かぶも、そこまでの親友ではない。その代わり、にぎやかで距離の近い妹たちがいるからいいのかな……。

一方、嵩には無二の友、いつも笑顔の健ちゃんこと辛島健太郎がいる。演じるのは高橋文哉。芸術学校時代から嵩の傍らで明るく照らしてくれる大親友であり、同じ連隊に偶然所属してともに戦禍を生き延び、バラックでともに商売を始め、嵩の愚痴も弱音も全部明るく聞き流してくれる。ドリフのコントみたいなズラを被り続けて、美しさをあえて削ぎ落とした文哉が好演。博多弁のかわいらしさと底抜けの明るさがぴったり。北村匠海が「陰・鬱・暗」を演じるので、対照的な存在として輝いている。しかも、のぶの妹で三女のメイコ(原菜乃華)と結婚! 親友であり、義弟となったわけだ。

また、八木上等兵こと八木信之介も、嵩の親友となる。暴力まみれの軍隊で唯一紳士的かつ人道的な人間だった八木は、嵩が尊敬するひとりだ。のぶの妹で次女の蘭子(河井優実)と境遇も人生観も一致したようで。お互い、戦争で愛する人を失い、「絶対生きて帰ってくる」という言葉の虚しさを知っている。まさかとは思うが、こっちも親類縁者になったりするのかしら……?

というわけで、嵩が作詞した「手のひらを太陽に」が大ヒット、もっかのところ安泰の柳井夫妻だが、まだ漫画家としては大成しておらず。ふたりが探している「逆転しない正義」を表現したアンパンマンが生まれるまではもうすこし時間がかかるようだ。子どものいない夫婦がこの先どんな二人三脚を展開していくのか、楽しみにしている。

『あんぱん』
NHK 毎週月曜~金曜 8:00~8:15 作:中園ミホ 制作統括:倉崎憲 プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介 
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大 ほか

出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、松嶋菜々子、戸田菜穂、原菜乃華、高橋文哉、大森元貴、久保史緒里、眞栄田郷敦、妻夫木聡 ほか

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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