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松たか子と阿部サダヲのタッグにハズレ無し!ドラマ「しあわせな結婚」の魅力

昨年の大河ドラマ『光る君へ』(NHK)で脚本を担当した大石静さんが、今季手掛けているドラマが『しあわせな結婚』(テレビ朝日系)。
松たか子、阿部サダヲのふたりが夫婦役とあって、ドラマ好きの目がキラーン! 

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

手練れふたりのマリッジサスペンス

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夫婦の情交は簡略化し、あっという間に子どもができてしまうのがテレビドラマ界の定石。“男と女”から“夫と妻”をすっ飛ばして“父と母”に。時短が因習となった一番の弊害は、それぞれの信条や欲望の根っこの部分が描かれないことかな。生々しさを排除した空々しい関係はどこか表面的に見えてしまう。そんな不満が1ミリもないスタートをきったのが『しあわせな結婚』(テレビ朝日系)だ。

軽妙で冗舌な男を演じさせたら日本一の阿部サダヲと、棘と含みのある柔らかい表情が芸能界随一の松たか子が共演。ふたりが夫婦を演じ、一筋縄ではいかない「熟年の結婚」を脚本家・大石静がシニカルに描く。「マリッジサスペンス」と謳うだけあって、初回から不穏な展開である。

独身主義の男の本音、寡黙で突飛な妻にベタ惚れ

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阿部が演じるのは、元検事で弁護士の原田幸太郎。冤罪事件を担当して注目されて以来、テレビのコメンテーターとしてひっぱりだこ、なぜかクイズ番組にも出るようになった人気者だ。通常運転の離婚訴訟(依頼者を演じたのは野呂佳代)などは朝飯前、政治家の愚息(演じたのは戸塚純貴)の後始末も引き受けるようになった敏腕弁護士は50歳独身。泣かせた女も怒らせた女(演じたのは小雪)も多数。テレビプロデューサー(堀内敬子)からもちょっと狙われていたくらい、それなりにモテる。モテるが、結婚する気はゼロ。独身主義を貫いてきたわけだが、急性心筋梗塞で緊急搬送されて入院し、急激に猛烈な孤独と不安を感じることに……。

そんな幸太郎が病院で偶然出逢ったのは、松が演じる鈴木ネルラ。高校で美術を教える非常勤講師だ。ネルラにひとめ惚れして、ときめいてしまった幸太郎は心ここにあらずの状態に。ネルラにショートメールを送るも返信はなし。ところが、退院する日、ネルラは病院まで迎えに来た。「うちに来ませんか」と唐突に誘うネルラ。そしてふたりは電撃結婚した、という運びである。

50歳の幸太郎と45歳のネルラ、運命の出会いと思いきや、ネルラにはなにやら思惑がありそうだ。基本、寡黙だが、突然情熱的になったり、家族の前で急遽愛情表現を言葉にしたり、と突飛な行動も多い。それでも恋は盲目、幸太郎はそんなネルラをますます愛おしく思うようになっている。ネルラが荒れたかかとにクリームを塗っている姿すら「結婚してよかったと思う一点突破の魅力」と語るほど。死語だけど「ゾッコン」である。

「股関節」と「クロワッサン」に見る、深い愛情表現

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個人的に好きだった場面は「股関節」&「クロワッサン」。「股関節」エピソードは、実に大胆で巧妙な、艶のある夫婦の会話だった。朝起きたときに変な歩き方をしているネルラ。「股関節がちょっと……」という。幸太郎は「それ、俺のせい?」と聞くと、ふっと笑って「たぶん」と答える。性的な描写を一切していないのに、朝の短いやりとりで昨夜のことだとわかる。なにげない会話の中で、激しい盛り上がりを想像させると同時に、やや自分本位だった夫に柔らかく反省を促すとは! ほんの数秒のやりとりに、成熟を感じさせる名場面だと思った。40代以上のへそから下のリアリティをこんな巧みに表現するなんて。

しかもネルラは「股関節の女」という絵を描いた画家・ベルリオーネについて語り始める。「ドンナ・アラ・モーダ、いい響きでしょ?」と。幸太郎は一瞬疑問を覚えるも、ネルラの話に耳を傾ける。「彼女は股関節を開いて生きることを願って、その絵を描いたのよ。海外におけるフェミニズムの原点とも言われているの。技術的には未熟だけど、意志のある絵で、私は好きなんだ」とネルラ。幸太郎は「そういう話してると誇り高くて素敵だ」と知的な妻を愛おしく見つめる。が、その直後に「今夜何食べたい?」とネルラ。この「今、それ、聞く?」というタイミングで、絶妙に、肩透かししてくるネルラのクセは、ひとつの特性であり、幸太郎が歯がゆさを感じる部分でもある。

また「クロワッサン」は幸太郎が退院直後、ネルラの家でふるまわれたというエピソード。もう何もかもが唐突。戸惑いながらもいただく幸太郎。すると、ネルラもクロワッサンに突如かぶりつく。上品に手でちぎるのではなく、クロワッサンの腹にガブッと。しかもポロポロと豪快にくずをこぼしながら。あっけにとられる幸太郎だが、ネルラの口についたくずをとってあげて「ちらかして食べてこそクロワッサンですからよろしいんじゃないでしょうか」と受けとめたのだった。後日、ネルラが語ったのは、「あのとき幸太郎さんに抱きつきたかったんだけど、できなかったからクロワッサンを出した」という、想像をはるかに超えた難解な愛情表現だった。

日々驚かされながらも新鮮に受け止めて、愛妻家になっていく幸太郎に、阿部は適役。小さく驚愕したり、激しく動揺したり、と微細な動きをコミカルに体現できるからだ。そして幼児のようにかわいらしいときもあれば、コケティッシュで色っぽいときもあり、基本的には不穏でまったく読めない。ストレートな愛情表現と難解な愛情表現を交互に繰り出すネルラは、松の本領発揮である。このふたりのコンビにハズレなし、と改めて痛感。

クセの強い家族が誰一人語ろうとしない過去

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両親は既に他界、ひとりっこの幸太郎は天涯孤独だ。結婚すると、朝に「今夜何食べたい?」と聞かれたり、義理の家族と食事しなければいけない。そういうのが煩わしくて、独り身で生きてきた幸太郎の心の声は、なんとなく共感できる。気分が変わるかもしれないのに、予定を決め打ちされるのは微妙にストレスだからなぁ。

一方、ネルラは缶詰メーカーの創業社長だった父・寛(段田安則)の所有するマンションに居住。別階には父の他に、ゴルフのティーチングプロである叔父の考(岡部たかし)、アイドルグループの衣装をデザイン&スタイリングするが実は東大生の弟・レオ(板垣李光人)が住む。ネルラの母はレオを出産後亡くなり、男所帯でレオを育ててきた男系家族だ。豊かな生活だが、クセの強い家族で結束も固い。言葉を選ばなければいけない関係は、幸太郎にとってややストレス。でも、それを一瞬で打ち消せるほど、ネルラの一挙手一投足が愛しいのだ。

で、忘れちゃいけない、サスペンスの要素である。ネルラの実家には仏壇がある。お位牌はふたつ。ひとつはネルラの母のものと思われるが、もうひとつは……? 男性の戒名がついているが、母が亡くなった翌年に亡くなったようだ。これについてネルラも家族も何も語ろうとしない。幸太郎には言わない、何か、秘密がある。

ある男の出現によって、幸太郎は疑心暗鬼の塊となっていく。待ち合わせに来ないネルラが密会していたのは若い男(杉野遥亮)。彼は警視庁捜査一課の刑事・黒川竜司。15年前の事件の再捜査が始まることをネルラに伝えに来ていた。それはネルラの元恋人・布勢夕人(玉置玲央)が転落死した事件で、黒川はいまでもネルラが殺害したと疑っているという。

この話はネルラからも家族からも聞いておらず、青天の霹靂で幸太郎の心には疑いが生じる。愛しい妻が殺人を犯したかもしれない、面と向かって聞きたくても切り出せずに悶々とする幸太郎。事務所の新人弁護士で幸太郎と同級生の臼井義男(小松和重)に調べてもらったところ、ネルラが犯人である証拠は見つからず、ネルラ自身が事件当時の記憶がないの一点張り、事故として処理された経緯がわかった。

そして、ネルラの口から語られた苦悩の日々。イタリアに留学し、絵画修復の仕事が軌道に乗った頃に、事件が起きた。記憶がないため、自責の念に苛まれてきたネルラ。大好きな修復の仕事を捨てて、嫌いな教師になったのも、自分に罰を与えるため。それでも幸太郎と出逢い、もう一度幸せになりたいと願うようになったという。

「幸太郎さんとふたりで楽しく生きたいって望むようになったの。でも私が将来に希望をもった途端、15年前のことが……幸せを奪っていく……やっぱり私は希望をもってはならなかったの……幸せになろうなんて望んではいけなかった……」と告白するネルラ。幸太郎がネルラを守る!と決意したのが第2話だった。

展開に出し惜しみや中だるみはなく、想像以上にテンポよく進んでいく。今後の見どころは法曹界に根を張った弁護士である幸太郎が、殺人の疑いをかけられているネルラをどう守っていけるか、である。ネルラは本当にシロなのか疑わしい部分もあるし、幸太郎の法律に携わる者としての矜持がきっと揺らぐであろう。冤罪を勝ち取った有名弁護士である幸太郎が、鈴木一家に選ばれて、あえてネルラが近づいた感も否めない……。

ある意味で、ふたりとも結婚という「逃げ道」を選んだような気もするのだが、その結末はいかに。懐かしくて胸がきゅっと締め付けられるメロディのOasisの曲も、なんだか意味深な気もしてね。運命共同体は本当の愛で結ばれていくのか、それとも作為的な打算による契約で終わるのか……。最終話までじっくり味わいたい。

『しあわせな結婚』
テレビ朝日 毎週木曜 夜9時~ 脚本:大石静 音楽:世武裕子 ゼネラルプロデューサー:中川慎子(テレビ朝日) プロデューサー:田中真由子(テレビ朝日)、山形亮介(テレビ朝日)、森田美桜(AOI Pro.)、大古場栄一(AOI Pro.) 監督:黒崎博、星野和成、楢木野礼 制作協力:AOI Pro.

出演:阿部サダヲ、松たか子、板垣李光人、玉置玲央、金田哲、馬場徹、辻凪子、杉野遥亮、堀内敬子、小松和重、岡部たかし、段田安則ほか

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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