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ドラマ「波うららかに、めおと日和」はフジテレビの救世主!? 「昭和初期ラブコメ」というブルーオーシャン

昭和初期を舞台に、交際0日婚の夫婦を描く、なんともムズキュンな木曜ドラマ『波うららかに、めおと日和』(フジテレビ系)。派手さはないものの、じわじわと人気を呼んでいます。令和のラブコメの新たな平野が見えたような。

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

「昭和初期」というジャンル

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戦時中(昭和初期)を描くのはNHK朝ドラの独壇場となっている。確かに、NHKには圧倒的な財力と紡いできた経験値があり、歴史モノには絶大な安定感がある。民放各局はせいぜいスペシャルドラマで描くくらいで、連ドラでこの時代を舞台にする作品はそう多くはない。そこに、参入したのがフジテレビだ。

昨年10月の月9枠で放送したのが『嘘解きレトリック』。昭和初期を舞台に、人の嘘を聞き分ける特殊能力をもったヒロイン(松本穂香)と貧乏探偵(鈴鹿央士)が繰り広げる、ほんわか&ほっこりミステリーだった。人気コミックが原作で、スマホもPCもない時代の推理ミステリーは1周回って新しいという評価も聞こえてきた。

そして、今期ではスタートが遅かったものの、同じ昭和初期の夫婦愛をゆるやかに描いて、話題になっているのが『波うららかに、めおと日和』だ。奥ゆかしいというか、もどかしいほどの夫婦愛は「むずキュン」と呼ばれ、新機軸を獲得した感もある。というのも、今期はセンセーショナルで激しい内容のドラマが多かったから。テレ東の『夫よ、死んでくれないか』とか、テレ朝の『魔物』とか、日テレの『恋は闇』とか、犯罪や暴力と絡めた愛憎モノが席巻していたからね。逆に、ほっこり系がいい意味で目立ち、ハマった人も増えたようだ。

結婚してから伴侶を好きになっていく過程が新鮮

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恋愛が先ではなく、結婚が先。昭和初期はそういう時代でもあり、見合い結婚全盛期だ。主人公の関谷なつ美は父親が決めた縁談で、会ったこともない男性・江端瀧昌と急遽結婚することに。瀧昌は帝国海軍の中尉、いわゆるエリートだ。ところが、結婚式に来ない。軍人の任務が最優先の時代、重要な訓練で来られなかったのだ。そんな肩透かしの出だしで、ふたりの新婚生活が始まる。

海軍は遊び人が多く、浮名を流す士官も多い中、瀧昌は珍しく「おくて」で真面目な堅物だ。なつ美もうぶでおぼこい女性、「初夜」に何をするのかも知らないという。え、こんなふたりが夫婦になって、ちっとも話が先に進まないのでは? と最初は思ってしまったよ、正直。

ところが、逆に新鮮だったのよ。言葉が足りずに思い違いや行き違いも生じるが、決してすれ違いではない。今でいうところの「交際0日婚」で、お互いが優しさと思いやりと遠慮の塊でもある。奥ゆかしくも恋愛感情をふたりで育んでいくスタイルは、まだるっこしさよりも愛らしさが勝っていく。小さな幸せをふたりで見つけていく純粋さに、惹かれた人も多いと思う。

この夫婦を演じるのは、朝ドラヒロインも務め、もはやベテラン級の域に達した芳根京子と、連ドラ出演作品がまだ少ない若手・本田響矢。キャスティング大成功だ。おくて、うぶ、純粋な役を時にコミカルに、時に可愛らしく、豊かな表情で演じられる芳根は適役。なんかね、すごく愛らしいんだよ、芳根ちゃんてば。真面目で堅物の軍人という設定の瀧昌も、色のついていない本田が演じることで初々しさとフレッシュさが前面に出ている。たわいもない夫婦の会話も、このふたりが醸し出す空気でほっこり魅せることに成功しているのだ。

サブキャラはクセをもたせ、対比を楽しめる構図に

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瀧昌となつ美の夫妻が穏やかに、着実に、愛情を育てているだけなら、物語が動きにくい。そこで登場するのは、瀧昌の同僚で女性にモテまくるエリート軍人・深見龍之介(小関裕太)と、タイピストの芳森芙美子(山本舞香)だ。家柄と外見が揃ったハイスペックな深見は、スペック狙いの女性ばかりが近寄ってくるため、恋愛をする気になれず。ところが、幼いきょうだいのために働き、聡明で弁の立つ芙美子は、深見に一切なびかない。このふたりの恋模様は純粋とは真逆で、さながら心理戦の様相。駆け引きや肩透かしに慣れている深見と、嘘や本音を見破る冷静沈着な芙美子も、相思相愛の展開へ。いい対比であり、スパイスとしても功を奏している。

瀧昌の上官の妻で、親を亡くした瀧昌の親代わりにもなっているのが、柴原郁子(和久井映見)。なつ美をかわいがってくれる「海軍の妻」の先輩だ。ほっこりに拍車をかけるのが得意な和久井の面目躍如。また、ほっこりとひょっこりとちゃっかりの三種盛りで彩ってくれるのは、瀧昌の幼馴染・坂井嘉治。演じるのは戸塚純貴だ。甘味処の息子で、いいタイミングでおはぎを売りに来たりして、戸塚の持ち味で笑いや癒しも届けてくれる。

近しいところで意地悪な人がほとんど出てこないのは、朝ドラとは異なる。あ、そうそう、ナレーションというか、語り手は活動弁士のテイで登場する生瀬勝久。ゆったり&ほっこりとした物語の要所要所でベテランが引き締めるわけだ。

軍人の妻に訪れるかもしれない悲劇を想像しちゃう

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穏やかな展開、夫婦がお互いをどんどん好きになって、愛おしさを共有していく優しい世界。ただ、うっすら悲劇を予測しちゃうのは昭和世代の悪い癖かな。

愛した人が軍人という点で、つい思い出しちゃうのが、大和和紀の漫画『はいからさんが通る』だ。じゃじゃ馬ヒロインの花村紅緒が陸軍少尉の伊集院忍と憎からずの関係になり、縁談を通してお互いに好意を抱いて婚約するも、少尉はシベリア出兵で消息不明に……ってやつね。軍人の恋人・許嫁・妻に課されるのは、愛しい人がいつなんどき命を落とすかもしれない「不安」である。

瀧昌が非常に真面目な軍人であることもあって、勝手に悲劇を想像しちゃったりしてね。タキマササマが死んでしまったら……と、幸せの絶頂から突き落とされる覚悟もしている。「このままほっこり多幸感に包まれた夫婦愛を!」と思う一方で、なつ美の喪失感と絶望もちょっと見てみたい気もして。意地悪な人が出てこない代わりに、見る側がちょっと意地悪な妄想もしてしまう、そんなラブコメである。

ともあれ、この「昭和初期シリーズ」をフジテレビがちゃんと「売り」と「強み」にして、継続してくれることを願う。キャスティングさえ間違えなければ、需要はおおいにあると思うんです。

『波うららかに、めおと日和』
フジテレビ 毎週木曜 夜10時~ 原作:西香はち 脚本:泉澤陽子 音楽:植田能平 プロデュース:宋ハナ 協力プロデュース:三竿玲子 制作プロデュース:古郡真也 演出:平野眞、森脇智延 

出演:芳根京子、本田響矢、山本舞香、小関裕太、小宮璃央、咲妃みゆ、小川彩、戸塚純貴、森カンナ、高橋努、紺野まひる、生瀬勝久、和久井映見 ほか

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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