まずは、ここまでの流れをおさらい
null第1話で元警察官の父親・山下春生(リリー・フランキー)が何者かに殺害される。それだけでも悲劇だが、父親は娘宛てに謎の手紙を遺していた。この手紙によって娘の人生は一変。過去の一家殺人事件と絡んで、隠されていた自分の出生の秘密まで知ることになる……。正義のために、重い十字架を背負わされるヒロイン・山下心麦を広瀬すずが演じる『クジャクのダンス、誰が見た?』(TBS系)。次々に疑わしい人物が投入され、関係者も殺されていくサスペンスだ。ブラフをかけられ、煽りに煽られ、先が読めないスリルを味わえた。
春生の手紙には「私が誰かに殺されたとして、以下に挙げる人物が逮捕されたとしたら、その人は、冤罪です。」とあり、6人の名前が書かれていた。「もし名前を挙げた人の誰かが逮捕されたら、下記の弁護士に頼んで、その人の弁護を依頼してください。同封した300万円はそのための費用です」とある。実際、春生を殺した容疑で逮捕されたのは遠藤友哉(成田凌)、まさに手紙に書いてある名前だった。しかも友哉は、22年前の資産家一家殺人事件(通称・東賀山事件)の犯人で、死刑囚となった遠藤力郎(酒向芳)の息子であることがわかる。
心麦は悲しみに暮れる間もなく、人権派の刑事弁護士・松風義輝(松山ケンイチ)とともに、春生の事件と22年前の事件の真相を追う。同じく事件の背景を執拗に追っている週刊誌記者の神井孝(磯村勇斗)は、心麦の神経を逆なでする言動が多いものの、情報をつかんで一足先に真実に辿り着いている模様。不意に現れて協力してくれたヤメ検の弁護士・鳴川徹(間宮啓行)は、実にトリッキーな立ち居振る舞いでかき混ぜてゆく。
春生から手紙を託されたラーメン屋店主(酒井敏也)や、心麦の出生の秘密を知る夫妻(井上肇・大島蓉子)ら、事件の関係者が次々と殺され、家族ぐるみの付き合いで心麦を支えてくれた刑事・赤沢正(藤本隆宏)は不審な動きを見せる。赤沢の妻・京子(西田尚美)までもが実は……というのが第9話。最終回を前に、このドラマの核となっている「親子間の信頼関係」を振り返ってみる。
正解でもお手本でもない、みんなどこか間違っている4組の親子
nullまず、春生と心麦の父娘。実際、血が繋がっていないことが判明したが、お互いを信じている親子でもある。ただ、一人娘に託すにはあまりに酷なので、父親としてはどうかと疑問も覚える。もっと早く言っといてよ、とか、最後の最後になぜ吐き出したのか、とも思ってしまった、個人的には。ただ、冤罪で苦しめられている、あるいは諦めている人のために、人としての良心の呵責があったこと、警察官としての矜持と本懐を示したかった、娘に誇れる父親でいたかった、というのはわかる。
「父親らしい背中を見せたかった」というのは、一見、深い親子愛と錯覚しがちだが、物語を複雑にかく乱した鳴川徹の場合、詭弁でしかない。鳴川は、検事の阿南由紀(瀧内公美)の実の父親。愛人(有森也実)が生んだ娘が自分と同じ検事になったことを誇らしく思っているが、父親らしいことをしてこなかったと悔やんでもいる。自分が検事時代に有罪判決を勝ち取ったのが東賀山事件だが、もし冤罪だったら娘にも迷惑をかけてしまう、と暴挙に走った鳴川。ええ、間違ってます、完全に。
阿南検事は依存的な母親に辟易し、一度は結婚へ逃げたものの、有能な妻に嫉妬して当たり散らす矮小な夫に見切りをつけた過去がある。そして父親の背中を追いかけたものの、すでに追い越した感もある。信頼関係は崩壊し、父親にも見切りをつける時が迫っている……ここんちの親子関係は最も心をざわつかせた。
弱き被害者であるとわかったのは、遠藤力郎と友哉の父子だ。疑われやすい言動が仇となり、まんまと罪を被せられてしまったわけだが、警察の圧力に屈した力郎は友哉の人生を慮っているようだ。友哉は幼い頃に母が出ていき、手癖と酒癖が悪くても父親を信じている。父の冤罪を証明するために、あえて春生の殺害事件容疑者として捕まり、黙秘を続けているようだ。幼馴染の神井の支えもあって、遠藤父子は信頼しあうことができたのではないか。悲しき父子に希望の光が見えてきたところでもある。
最後にもう一組。実は松風も親子関係でつまずいた過去があった。元刑事で行方不明となった父(篠井英介)は正しい人だった。実際には、正しいがゆえに組織から排除されたため、離婚して行方不明という形をとったという。幼かった松風は父を信じていなかったが、今回の事件を機に父と数十年ぶりに邂逅し、父が正しかったことを認めた。そもそも松風は冤罪を許さないのがモットーである。父親の一件で、冤罪被害者の苦悩を知っているからこそ、今の松風があるわけだ。
それぞれの親子が紡いだ「正しさと優しさの天秤」や「間違えた過去」は、時も場所も異なるのだが、やがてひとつの渦に流れ込んでいく。クジャクのダンスというか、パンドラの匣開けちゃった感もあるし、カッコーの托卵的な要素も出てきて、まあ、こういっちゃなんだが、カオスである。
シビアなのに、重苦しさを引きずらせない軽妙な会話
null冤罪を巡るシビアなカオスを描いているのに、なぜか息苦しさや重苦しさを引きずらない。これは会話のテンポと軽妙さが功を奏したのではないかと思っている。その功労者は、まず森崎ウィン。松風と法律事務所を営む波佐見を演じているのだが、「粋」を重んじるオシャレでポップな弁護士。浅草の眼鏡のくだり、ちくわカレーのくだりなど、松山ケンイチと森崎ウィンの軽快な会話劇は、殺伐とした物語の中で心のオアシスとなった。
同様に、磯村勇斗が演じる神井も、相手を試すような挑発的な物言いだが、ツッコミは絶妙。しつこくてめざとい、いやぁな感じの週刊誌記者というステレオタイプではあるが、実は真のジャーナリズムを追求している男で、心麦も最後は共闘を誓うことになったわけだ。チャラく見えてもまっとうな神井を磯村が楽しそうに演じていたのが印象的。
言うことを聞かずに単独行動しちゃったり、ああ言えばこう言う、揚げ足を取っては絶妙な返しをする心麦を演じた広瀬すずもグッジョブ。自分の出自にまつわる真実が白日の下に晒され、アイデンティティが崩壊して心を病みそうなものだが、すずが演じる心麦は周囲に守られながらも、ちゃんと食べるし、きちんと消化していく。ほとんど笑顔を見せない難役でもあるのだが、完全に乗りこなした感がある。
ということで、最終回、西田尚美演じる京子に注目。いったい何がどうしてこうなったのか。悲劇と惨劇の背景がようやく明かされる。スッキリできるといいのだけれど、そこんとこは粋でよろしく。
『クジャクのダンス、誰が見た?』
TBS 毎週金曜 夜10時~
原作:浅見理都『クジャクのダンス、誰が見た?』 脚本:金沢知樹 警察監修:志保澤利一郎(チーム五社) 法律監修:市川 寛(かなえ国際法律事務所 弁護士) プロデュース:中島啓介、内川祐紀、丸山いづみ 演出:田中健太、青山貴洋、福田亮介
、棚澤孝義 音楽:桶狭間ありさ
出演:広瀬すず、松山ケンイチ、森崎ウィン、瀧内公美、絃瀬聡一、野村康太、清乃あさ姫、斉藤優(パラシュート部隊)、酒井敏也、成田凌、藤本隆宏、西田尚美、仙道敦子、原日出子、間宮啓行、リリー・フランキー、磯村勇斗ほか

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。