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介護をひとりで抱え込まないで!ドラマ「ゆりあ先生の赤い糸」のヒロインには、全力で人を頼ってほしい

木曜9時のドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』(テレ朝系)、菅野美穂さんの熱演がグッとくると話題になっています。

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

秋ドラマでいちばんキツイ状況のヒロイン・ゆりあ先生

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仕事をしながら家事も育児も介護も女性が背負わされがちなのは、ただ単純に「できる」から? 女でなければいけない理由はひとつもなくて、迅速かつ丁寧かつ完璧にできちゃうから? 「できません」「やりません」と言わないのは、根性が据わっていて根っこは負けず嫌いだから? あるいは「妻たるもの、母たるものはこうあるべき」という価値観が刷り込まれているからか?

自分でやらんでいいこと、金で解決できること、プロに頼んだほうが合理的で幸せになれるようなことを、なぜ眉間にシワ寄せて愚痴をたれながらも引き受けてしまうのか……。そんなヒロインがうじゃうじゃ登場している気がする秋ドラマ。精神的にも物理的にも最もキツい状況に追い込まれているのは、菅野美穂が演じるヒロイン。『ゆりあ先生の赤い糸』(テレ朝系)である。

病に倒れた夫には彼女も彼氏もいた

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先生と呼ばれるのは、ゆりあが自宅で刺繍教室を開いているからだ。売れない作家・伊沢吾良(田中哲司)と義母(三田佳子)と暮らして、生活を支えている。つまり、ゆりあが大黒柱なのだが、子どもがいなくてもセックスレスで寝室が別でも、毎日が穏やかで幸せだった。

ところがある日、吾良が出先でくも膜下出血に。倒れたのはホテルで、一緒にいたのは若い男・箭内稟久(鈴鹿央士)。要するに、夫は男と浮気していたことがわかる。吾良は回復の兆しもなく、ゆりあは選択を迫られる。療養型の病院に転院か、介護付き施設に入所か、自宅で介護をするか。さあ、もうおわかりですね。最もありえない選択肢、自宅介護を選ぶわけですよ! ゆりあ先生は。

やや認知症気味と思しき年老いた義母、調子がよくて面倒なことはすべて押し付けてくる無責任な義妹(宮澤エマ)。自宅介護なのに戦力外の人材しかおらず、すべてのケアと労働がゆりあの肩にのしかかる。妻のプライドをかなぐり捨て、夫の浮気相手である箭内を家に呼び、介護要員として手伝うよう頼むゆりあ。ところが、それだけでは終わらない。なんと夫には子持ちの彼女(松岡茉優)もいて、経済的に困窮しているシングルマザーのようだ。その幼い娘ふたりが、ゆりあの家に来てしまう……。

ええ、「わや」ですよ。地獄ですよ。働かないうえに要介護5で寝たきりになった夫、三度の飯ばかり気にするちょっとボケた義母、無責任でふがいない義妹に、妙な対抗心を燃やしてくるゲイ男子、家賃滞納しているシンママに幼子ふたりまで押し付けられちゃって、ちょっとした大所帯に。責任感が強いにもほどがある。でも、ゆりあ先生は無駄に負けず嫌いマインドを発揮、アドレナリンを放出して、まるっと引き受けていくらしい。

発想の転換で地獄を回避できるか

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ゆりあに突如訪れた不幸の連鎖。責任感と負けず嫌いだけではやっていけない。ゆりあの実姉(吉瀬美智子)がきっちり釘をさしたのも納得がいく。奔放な姉(二人の子持ちで若い男と絶賛浮気中)ではあるが、ゆりあだけに介護の負担がかかるのを阻止するために、味方になっているのは救いだ(手は貸さないが口は出すタイプね)。それでもゆりあは自宅介護を決意。「これは決して夫への愛なんかではない。重荷になった夫を投げ出すのは嫌だったから」という。責任感というよりはプライドなのだ。

ヒロインがお気楽すぎてもドラマは魅力的にならないから、ある程度の艱難辛苦は必要だ。それにしたって、重荷の種類と数が多すぎる。それでも、ちょっと見方を変えてみると、実は「アイディアに満ちた打開策」かもしれないと思い始めた。

寝たきりの夫(と老いた義母)の介護、刺繍教室という仕事は自宅でやるとはいえ、ワンオペでは到底回らない。そこで、夫の浮気相手どもを巻き込んで、介護要員に仕立て上げるというのは人手不足解消につながる。ボケ始めた義母には家庭内で刺激も必要だ。夫が複数の相手と浮気をしていた精神的な苦痛はおいといて、目の前の危機を回避するには怒りをエネルギーに変え、心の敵を要員として使い倒すのも悪くない。ただただ女に責務を背負わせるだけの物語ではなく、「発想の転換」を促す構図なのだと気づく。

介護の本当の敵は「孤軍奮闘を美化する」風潮だ。たったひとりで抱え込んで崩壊する家族や夫婦が、この風潮にどれだけ苦しめられていることか。家庭外の第三者や専門家の存在に頼ることをドラマでもどんどん描いてほしい。「おとっつぁん、それは言わない約束でしょ」なんて、父の介護を健気にこなす娘が美徳とされる時代劇が昔はあったけれど、今は違う。家庭外から人手を入れて、「チーム」を組むことのほうが賢く合理的であり、介護される本人にとっても幸せなのだから。ゆりあ先生には、戦力外の家族以外に、夫の恋人たち、そして第三者の味方もいる。夫の担当医(志田未来)や便利屋男子(木戸大聖)も、今後サポートしてくれるに違いない。

ということで、ゆりあ先生には「全力で人に頼る」ことを望む。なんでもかんでも「私がやらねば」ではなく、「私が回さねば」でいい。家庭内介護の総監督・ゆりあ先生の差配にこうご期待、である。

『ゆりあ先生の赤い糸』
テレビ朝日系 毎週木曜夜21時00分~
原作:入江喜和 脚本:橋部敦子 音楽:菅野祐悟 監督:金井紘、星野和成、竹園元 エグゼクティブプロデューサー:内山聖子(テレビ朝日) プロデューサー:峰島あゆみ(テレビ朝日)、中込卓也(テレビ朝日)、山形亮介(KADOKAWA)、新井宏美(KADOKAWA)
出演:菅野美穂、鈴鹿央士、木戸大聖、宮澤エマ、松岡茉優、白山乃愛、志田未来、吉瀬美智子、田中哲司、三田佳子

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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