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考察班はどう見るか?ドラマ「VIVANT」が最終回で気持ちよく終わるとは思えない!

日曜劇場『VIVANT』(TBS系)も、いよいよクライマックス。毎週見終わってから、伏線回収を確かめつつ考察を交わすのが楽しみという「考察班」な人もいるのでは?

独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。

今年の流行語になりそうな「別班」

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10年に1回くらい遭遇するんだよなぁ、「この人、なんか諜報員っぽいな」という人と。諜報員の人に会ったことはないけれど、脳内ではイメージが出来上がっている。映画やドラマでは目立つ俳優が華麗に演じることが多いが、おそらく実際は真逆。ぱっと見が地味で目立たず、どこにでもいそうな佇まい。寡黙で冷静沈着、すっと気配を消すことができる、みたいな印象ね。先日も久々に諜報員系な人と出会った。いや、別班か!? なんて勝手な妄想で会った人を分類するようになったのは、すべて『VIVANT』TBS)のせいだ。

堺雅人が演じる主人公・乃木憂助は丸菱商事の営業マンだが、社内で巨額の誤送金(14億円のはずが1ケタ増えて140億円も振り込んじゃった!)という前代未聞のミスが発覚。振込先は中央アジアにあるバルカ共和国のGFL社。返金を求めて現地に飛ぶも、GFL社のアリ(完璧に現地人化していた山中崇)は知らぬぞんぜぬで返金に応じない(そりゃそうだ)。なんならテロリスト集団「テント」の資金源になった可能性もあるとわかり、会社からは責任を問われるどころか横領の疑いまでかけられるわ、現地では砂漠に置いてけぼりにされるわ、テロリストの爆破事件に巻き込まれるわで、しょっぱなから追い込まれる。

追い込まれるが、ただの「熱血サラリーマン奮闘記」ではなかった。乃木には謎の別人格・Fが存在(二重人格? イマジナリーフレンド?)。そして、表面上は商社マンだが、その実体は「別班」。別班とは、自衛隊の影の組織で日本政府非公認の諜報機関だという。世界各国の民間人にまぎれ、日本を脅かす存在を排除する裏部隊。自衛隊の中から知力・体力・洞察力・判断力に優れた非凡なる人間だけが秘密裏に選ばれて配属されるっつうんだから、そりゃもう「乃木、無双」となるわけよね。

砂漠で死にかけた乃木を助けてくれたのは、バルカ共和国の少女・ジャミーン(ナンディン・エルデネ・ホンゴルズル)。ジャミーンは持病があるうえに、母を失ったショックから口がきけなくなった少女だが、善人か悪人かを見極めることができる特殊な能力があるという。ジャミーンの主治医で日本人の医師・柚木薫(二階堂ふみ)、テントを追っている警視庁公安部外事4課の野崎守(阿部寛)と生死を分ける極限下でつながり、物語は「国をまたいだ壮大な追跡劇」へと進む。

本当の孤独を知る男

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私の脳内イメージの諜報員に、堺はドンピシャの人材だ。穏和な凡人のフリをしているが、日本国を脅かす者を秘密裏に排除する別班。凡庸な善人ではなく、苛烈な半生を生き延びてきた男を見事に演じている。商社マン乃木の柔和さ、別人格Fの辛辣さ、別班乃木の賢さと鋭さ。観ている側も「今どっちの乃木!?」と人格統合が難しい状況に。すべてひとりなのだが、その複雑さに説得力をもたせているのが堺ならでは。「顔芸でドーン!」「決めゼリフ、バーン!」っつう日曜劇場定番の呪いを払拭したようにも見える。

瞬間的に見たものを記憶している特殊能力や、手に持っただけで正確に重量を言い当てる神業にも説得力があるが、一番好きなのは「孤独」の表現かな。異国の地で幼少期に両親と離れ、人身売買のマーケットに出され、幸運なことに救われたものの、ひとりで生きていかなければならない。想像を絶する孤独。そりゃイマジナリーフレンドも出ますって。さらに、別班に配属された後は、組織に属してはいるものの、基本は単独行動。人の信用を勝ち取るための「柔らかさ」もすべては任務のため。乃木は、誰にも心を許すことができない「本当の孤独を知る男」だ。堺の柔和な顔立ちが悲しき仮面のようにも見える。そこがすごくいい。

一瞬、薫と恋愛モードになったシーンでも、堺はものすごく複雑な顔で表現した。おそらく薫のことも信用していないわけだが、素性を誰にも明かせない孤独な42歳中年男が初めてキスをするシーンは、「そうね、戸惑うわな、こんな渋い顔になるわな」とひどく感心した。目玉焼きの美しい焼き方は知っていても、愛を知らない男・乃木。別れの決意、任務遂行の責任感、淡い初体験が苦みにかわる心の葛藤が、個人的にはぐっときた。あ、目玉焼きも卵を1回ザルに落としてから焼くようになりました。ホントに美しく焼けるので、ぜひ。

愛国心と罪悪感を抱える男

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で、公式な組織、公安のほうにもふれておかねば。辣腕・野崎を演じる阿部寛は改めて世界に通用するかっこよさがあると思った。国家権力でもある公安が別班にまんまとやられっぱなしの中、鶏群一鶴(凡人の中に非凡で目立つ人間がひとりいる)の存在が阿部というのも納得がいく。かっこよすぎて目立つのは、公安としてはよくないんじゃない?と思ったりもするが、歪んでいない愛国心をもっているところは実に公安向きである。

しかも、野崎は後輩を亡くした過去を抱えている。後輩は、ドラム(超カワイイ×2の富栄ドラム)のようなエージェント(下働きする協力者)だったが、度を超えた調査によって命を落としたという。野崎にとって唯一の失敗というも、乃木にその後輩の面影を映し出すあたり、罪悪感は一生消えないように見える。

ともあれ、乃木と野崎のふたりが騙し合い、出し抜き合い、それでいて心のどこかで通じ合いながらも、共通の敵であるテントに立ち向かう構図。テントのリーダーがノゴーン・ベキ(役所広司)、本名・乃木卓、つまり乃木の実の父親であることがわかり、テントが世界に名だたるテロリスト集団へと勢力を拡大していった背景も見えてきた。壮大なスケールで描いた国家の危機と父子の邂逅がどう決着するのか。最終回ですべての謎が解け、気持ちよく終われるとは到底思えない、というか、思いたくない。

『VIVANT』
TBS系 毎週日曜夜21時00分~
プロデューサー:飯田和孝、大形美佑葵、橋爪佳織 原作・演出:福澤克雄 演出:宮崎陽平、加藤亜季子 脚本:八津弘幸、李正美、宮本勇人、山本奈奈、音楽:千住 明
出演:堺雅人、阿部寛、二階堂ふみ、竜星涼、迫田孝也、飯沼愛、山中崇、河内大和、馬場徹、Barslkhagva Batbold、Tsaschikher Khatanzorig、Nandin-Erdene Khongorzul、渡辺邦斗、古屋呂敏、内野謙太、富栄ドラム、林原めぐみ(声の出演)、二宮和也、櫻井海音、Martin Starr、Erkhembayar Ganbold、真凛、水谷果穂、井上順、林遣都、高梨臨、林泰文、吉原光夫、内村遥、井上肇、市川猿弥、市川笑三郎、平山祐介、珠城りょう、西山潤、檀れい、濱田岳、坂東彌十郎、橋本さとし、小日向文世、キムラ緑子、松坂桃李、役所広司

吉田潮
吉田潮

イラストレーター、コラムニスト。1972年生まれ。B型。千葉県船橋市出身。
法政大学法学部政治学科卒業。編集プロダクションで健康雑誌、美容雑誌の編集を経て、
2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、『週刊新潮』『東京新聞』で連載中。
『週刊女性PRIME』、『プレジデントオンライン』などに不定期寄稿。
ドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』(NHK)の「読む72時間」(Twitter)、「聴く72時間」(Spotify)を担当。『週刊フジテレビ批評』(フジ)コメンテーターも務める。
著書『産まないことは「逃げ」ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメですか?』など。

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